数日前、「映画芸術」のベストテン・ワーストテンについてのこんなツイートを読んで開いた口がふさがらなくなりました。


『タクシードライバー』は私も好きですけど、だからといってあの映画が好きじゃない人が「センスがない」とは断定できません。好きな人がたくさんいる映画が好きじゃないとセンスがない? じゃ多数派は常に正しいってことですか? それは絶対におかしい。

ちょっと前に「生涯ベストワン映画」というハッシュタグが流行りました。そこで『ショーシャンクの空に』を挙げている人に「センスがない」みたいなことを言う人が結構いたそうで、それに関して私は以下のツイートに完全同意です。


だから、『タクシードライバー』が好きじゃない人がセンスがないわけでもないし、『万引き家族』『カメラを止めるな!』をワーストに挙げる人もセンスがないわけじゃない。逆もまた然り。ただ、好きな人と好きじゃない人とは価値観とか映画観が違うということにすぎません。

ここからが本当に言いたいことですが、当該ツイートで一番の問題は「その人の映画評は二度と読まない」という点です。

この人は自分と同じ考え方の人の文章しか読まないのでしょうか。

よく、知識の多寡や思考力の高低をもって「頭が良い/悪い」と言ったりしますが、私はまったくそうは思いません。いま現在知識が少ない、思考力が低いというのは頭が悪いとは言いません。

どれだけ博覧強記の人でもこの世のすべてを知っているわけじゃないし、どんな面においても思考力を発揮できるわけでもない。

問題は、自分の知識量の少なさ、思考力の低さをそのままにしておくということでしょう。頭をよくする志向をもたない人こそ「頭が悪い」。たとえ、いま現在ものすごい知識があり、思考力があったとしても、さらに頭をよくする志向をもたない人は頭が悪いと言っていいと思う。

「無知の知」という言葉がありますけど、自分は何についてわかっていないか、ということについて知っていれば自ずとそのことについて知ろうとするでしょう。そういう人は頭がいい。

問題ツイートをした人は、自分とまったく映画観の違う人の文章を読んで蒙を啓かれるという経験をしたことがないのでしょう。そういう経験をしようとも思わなかったのでしょう。自分とはまったく物の違う見方をする人を「センスがない」と断定し「その人の文章は二度と読まない」。読めば新しい発見があるかもしれないのに。

このような「自分で自分の可能性を閉じてしまっている人」を言葉の本当の意味で「頭が悪い」と私は思います。


蛇足
別の記事でも書いたことがありますが、「本当の勉強とは勉強すればするほど己の勉強不足を思い知らされる営み」であり、誰しも生きている以上「自分の頭は悪い」と認識していないと底なし沼に落ちてしまいます。
「人生は死ぬまで勉強」と言ういうのは簡単ですが、道のりは険しいですね。