鈴木京香と草刈正雄の素晴らしい演技が絶賛されまくっている『モンローが死んだ日』。
第3話のラストシーンにはビックリ仰天してしまい、最終回が楽しみでしょうがなかったんですが、残念な結果に終わってしまいました。


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夫に死なれ、猫と孤独に暮らす鈴木京香は淋しさから精神状態が不安定になり、精神科医・草刈正雄の診察を受け、彼に恋をする。しかし、彼は実はニセ医者だった、というのが第3話までの内容ですが、最終回では「なぜ彼はニセ医者を装ったのか」という説明ばかりで、納得はできるんですけど受け容れがたいものでした。


金のためにニセ医者をやっていた
草刈正雄にはモンローの物真似で一世を風靡した芸人の娘がいて、彼女は不幸にも子どもを亡くしたことから精神を病んでしまい、もともと総合病院で事務をしていた父親・草刈正雄は精神医学を独学で学ぶ。金銭的に行き詰まったとき、「お父さん、もう精神科医になれるよね」という娘の悪魔の囁きをきっかけに鈴木京香の住む小さな町の診療所にニセ医者として赴任する。

というのが草刈正雄の背景ですが、金のためにというのが決定的に面白くない。必要に迫られてしょうがなく、ということでしょう?

娘のために精神医学を勉強したとはいえ、もう開業してもいいぐらいの自信がある。精神科の患者は転移と呼ばれる現象で医師に恋をする傾向が強いから歳を食った俺でも行けるかも。娘の世話ばかりはもうごめんだ……という邪な動機のほうがよかったんじゃないでしょうか。

事あるごとにマリリン・モンローを引き合いに出して「彼と彼女は医師と患者を超えた関係だった」というのも転移を促すためだった。狙い通り美女と恋に落ちるが、彼女との逢瀬を優先するばかりに娘が自暴自棄になってしまい自殺する。彼は自分を責める。責めても娘は戻ってこない。だから姿を消す。「私はもうあなたに会ってはいけない」と自分を責める男と、彼をやさしく包む女のラストシーンであれば、涙と拍手でを迎えられたとのに、と。


娘の自殺
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『モンローが死んだ日』のモンローって佐津川愛美のことでしょ? やっぱり彼女の自殺が新聞記事で触れられるだけというのは致命的だと思う。第3話まで、主人公が知っている情報量と視聴者が知っている情報量を同じにしておくのは大事ですが、最終回は主人公の知らないところでいろんなことが起こってもよかったのではないでしょうか。ずっと鈴木京香に寄り添って語られるので、佐津川愛美の自殺が直截的に描かれず、草刈正雄がその事実に直面してどのような感情を表出させたのかが事後的にセリフで説明されるだけ。娘のためにニセ医者を装ったのに娘の自殺をどう受け止めているのかサラッと触れるだけというのにはイライラしました。

確かに、佐津川愛美が自殺して物語世界からすみやかに退場してくれたほうが鈴木京香とのドラマに決着をつけやすい。それはわかります。しかし、登場人物は生きた人間であり小道具ではないのだから、物が紛失したみたいに「死んだ」だけで済ませるのは、単純に登場人物と演じる役者さんに対して失礼だと思います。