久しぶりにデビッド・クローネンバーグ監督による名作『スキャナーズ』を見たんですが、初めて気づくことが多くて実に楽しい映画体験でした。映画は情報量が多いから何度も見ないとわかりませんね。

「映画とはまず見せ、そのうえで語るものである」とはアレクサンダー・マッケンドリックの教えですが、この『スキャナーズ』は見事な「見せ物映画」になっています。

しかし、今回わかったのは「ほとんど何も起こらない見せ物映画」ということです。


『スキャナーズ』(1981、カナダ)
scnnaers

脚本・監督:デビッド・クローネンバーグ
出演:スティーブン・ラック、ジェニファー・オニール、マイケル・アイアンサイド、パトリック・マクグーハン


脚本
まず、クローネンバーグは脚本家としても一流だと前々から思っていますが、どうもこの『スキャナーズ』の脚本はそれほどよくないですね。

シンプルな善悪二元論によるメロドラマというのは力強いものがありますが、やはり、主人公の父親が開発した妊婦用睡眠薬の副作用のためにスキャナーが生まれた、そして主人公は悪玉スキャナーの実弟だったという情報をクライマックス直前で出すのは遅すぎると思いました。兄弟という情報はクライマックス直前のほうがいいと思いますが、なぜスキャナーが生まれたのかという背景は中盤くらいで説明したほうがよかったのではないかと思います。

ただ結末はすごいですよね。あれで行けると踏んだ作者たちは偉いと思います。笑っていいのかどうなのかいまだに戸惑ってしまいますが。


芝居
b8e6072f

この画像は冒頭10分ぐらいで悪役スキャナーに頭を爆発させられる場面ですが、スキャナーが自分の能力を使うときってよく見るとほとんど何も起こってないんですね。念を送っているほうは目を大きく見開いて威嚇するような顔をするだけだし、被害を受けるほうはこのように苦悶したり鼻血を拭ったりするだけ。あとはハワード・ショアの効果音的な音楽があたかも「不吉なことが起こっている」という空気を作り上げる。

だから画面で起こっているのは念を送られた側の芝居だけということになります。

この無名の役者の芝居がやたらうまい。後半、主人公とジェニファー・オニールを捕まえに来た若い警官が念を送られてジェニファー・オニールが自分の母親に見え、泣き崩れるシーンがあります。このときも警官役の芝居がうまい。昨年のベストテンを選ぶときの基準に「監督の演技指導力と役者の想像力の有無」と言いましたが、クローネンバーグも演技指導の達人だとは今回再見するまで気づきませんでした。

演技指導にもいろいろ計算があったようで、頭爆発のおっさんは鼻血を出しませんでしたが、あとはみんな鼻血を出しますよね。あれが映画を豊かにしてくれています。鼻血を拭うために下を向く、流れないように上を向く、など鼻血に対処するために必然的に顔を上下する必要があり、役者は芝居がしやすかったと思われます。



ダウンロード

上述の警官が泣き崩れる場面。彼の他に映っているのは、ただ黙って立っている主役スティーブン・ラックとジェニファー・オニールと母親役の女優の「顔」だけ。

役者からそれらしい芝居を引き出し、あとは「特異な顔」に賭ける。クローネンバーグはそう考えたのでしょう。



623ced2de077037de614bb7d461da61c

ここまで来るともうディック・スミスの特殊メイキャップの力ですが、「顔」であることには違いありません。そして顔とはベラ・バラージュの言葉を借りれば「風景」であって「出来事」ではありません。やはりこの映画ではほとんど何も起こっていないのです。

何かが起こっているように見えるけれども、クライマックスは別にして実はほとんど何も起こっていない。

ほとんど何も起こっていないのに、世界が滅亡するかもという恐怖が生み出されていますが、その恐怖の源は実はセリフです。セリフで説明しているだけなんですが、やはり冒頭で頭爆発というすごい見せ物を見せられているうえに、鼻血を出す場面で特異な顔とうまい芝居が相俟ってちゃんと恐怖を感じられる。説明されている気がしない。

やはりクローネンバーグは脚本家としても一流だとの結論に至りました。こんな脚本をシナリオコンクールに応募しても絶対二次ぐらいで落ちると思いますが、商業映画としては上出来(しょせん大衆コンクールなんてその程度のものです)。頭で計算してるんじゃなくて「嗅覚」だと思いますが。

最近のクローネンバーグはつまらないというのが映画ファンのほぼ一致した見解ですが、クローネンバーグは「映画の嗅覚」を失ってしまったのでしょう。死ぬまでに取り戻してほしい!


関連記事
『クラッシュ』(変態じゃない奴こそ変態なのだ!)




このエントリーをはてなブックマークに追加