IMG_20180916_194928 (1)

うちのワンコは二代目です。初代もメスの柴犬、二代目も同じ。画像は二代目のものです。初代が生きていた頃はデジタル写真なんかなかったのでね。アルバムの中にしか存在しません。

俺より後に生まれて俺より先に死んでいった初代。
俺より後に生まれて俺より先に死んでいく二代目。

二代目ももう13歳であと2,3年じゃないかと思われるので、いまのうちに2匹まとめて備忘録的に綴っておこうと思い立った次第です。

初代はとにかくお転婆というか飼い主を飼い主とも思わない奴でした。両親も私も兄もみんな何度も噛まれました。叱るとやたら神妙にするんですね。というか噛んだ瞬間に「怒られる!」と思って謝ってました。お手をして。二代目も同じですが、お手をすれば何でも許してもらえると思っているらしい。

初代はかわいい奴でしたが、そんなふうに「自分がこの家で一番偉い」みたいな犬でしたから、とにかく自分のしたいことだけをするタイプでした。散歩に行っても少しでも前に行きたいから、あの頃はハーネスというものがなく首輪だったのに何度も咳き込むくらい前のめりになって歩いてましたし、そっちに行ってはいけないとか、そんな狭いところを通られたらこっちが通れない、こっちを回れといくら言っても自分がこのコースを行くと決めたら意地でもそれを貫こうとしました。

食事でもそうで、二代目はドッグフードばかりですが、初代の頃はその日その日に母親がいろいろ作ってやってました。が、おあずけのあと、クンクンと匂いを嗅いだら「こんなもん食えるか」と一口も食べずにあっちへ行ってしまったり。どうしたら食べてくれるだろう、と甘い父親が考えてマーガリンをたっぷり入れて作ると「こりゃうまい!」と全部平らげてましたが、そんなことするからつけあがるんだよといくら言っても「いいじゃないか、かわいいんだから」。そりゃそうだけど……。

そんなこんなで犬を中心に回っていた我が家でしたが、私は犬というものを飼ったことがなかったから、いくら忠犬ハチ公の話が事実と知っても、近隣の家のワンコはとてもいい子で飼い主の言うことをよく聞くと聞いても、「犬とはこういうものなんだ」「飼い主の言うことなど少しも聞かない王様のような存在なんだ」と思い込んでいました。

私は末っ子なので幼い頃から甘えてばかりの子でした。が、目の前にそんな甘えなど通用しない存在がいる。ということは少しは救いだったかもしれない、といまになって思います。あの王様のような犬がいなかったら、私はもっとわがままな人間になっていたかもしれない。この世にはどうあがいても自分の思い通りにならないものがあることを教えてくれました。

ですが、二代目を飼い始めると別のことが気になるようになりました。


IMG_20170722_170721 (1)

この犬は初代とは真逆で「飼い主の言うことを聞きすぎる」のです。しつけ係の私の言うことしか聞かないこともあるけれど、いつも甘やかしている両親ですら「それはダメ!」と声を荒げることがあって、二代目は人間の大声を聞くとピタッと行動を止めるんですね。柴犬特有の勝手気ままなところもあるにはありますが、どうも初代が少しも言うことを聞かない犬だったからか「二代目は聞きすぎる」という印象が強い。

よく聞くんならそれでいいじゃないか、という声が聞こえてきそうですが、それは確かに便利です。初代には右往左往させられていましたから、二代目は本当にいい子で手がかからない。

犬は人間が狼を飼い慣らして家畜化したものだから人間の言うことを聞いて当然というのもわかるのだけど、こちらが「こら!」と言った瞬間、ピタッと止まるとき、とても悲しい気がするのです。こいつは自分の意思で生きていないと思ってしまう。

もし初代の王様ぶりを知らずに二代目を飼っていたら「犬とはこういうものだ」と思って少しも気にならなかったでしょう。しかし、私にとって「犬」というのはどうしても初代のイメージが強い。どうしても二代目はいい子すぎると思うときがあって、自分の意思で生きていないと感じられること自体が悲しいのに、それに加えて「もうすぐ死ぬ」ということを意識せざるを得ないようになってくると、「自分の意思で生きていないのに、そのうえ俺より後に生まれて俺より先に死んでいくのか」と、よけい悲しくなるのであります。


IMG_20180804_063637 (3)

だから俺が死ぬまで死なないでおくれ。かなわぬ夢とはわかっていても、どうしてもそんなことを考えてしまう今日この頃なのです。