花田菜々子さんの『出会い系サイトで実際に70人と会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』で軽く触れられていた史群アル仙(しむれ・あるせん)の短編集『臆病の穴』第1巻を読みました。

つい先日、デビュー作の『今日の漫画』の感想を書きましたが(→こちら)この史群アル仙という人は引きこもりでコミュ障という自分の生活や性格を礎にした思想で勝負していて、とても面白い。

『今日の漫画』が読切1ページだったのに対し、この『臆病の穴』は10~20ページの普通の短編集です。愛を希求する者どものウロウロが描かれていてとても面白かった。なかでも特に気に入った3作品をご紹介しましょう。


「また夜がきたら……」
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これは、友人も多く、家族とも円満な中学生(高校生?)が主人公なんですが、円満なのは昼間だけで、夜は家族も友人も道行く人や警官までもが彼を殺そうと狙ってきます。
おそらく史群アル仙さんにとって、このマンガの夜が自分にとってのリアルな生活なのでしょう。昼間はそうありたいという願望なのかな?

でも、願望といえば、夜に現れる人で唯一彼を襲わないクラスメイトのケイコちゃんという子がいて、作者が好きな子だったんだろうと思われます。しかし、この子さえ主人公を襲ってくるほうが作品としては面白いのに……と思ったんですが、そうできなかった作者の気持ちもわかる気がします。


「さくら、愛してる……」
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これはちょっと『百万回泣いた猫』に似てるな、と思いました。(あの絵本は昔一回だけ読んだだけなのでうろ憶えですが)

主人公はさくらという名前の奥さんを愛していて、すぐ「さくら、愛してる」という言葉が口をついて出てくる。すると夢から覚めて、学生や園児の姿になっても「さくら、愛してる」と言っては目が覚め、ついには動物の姿になり宇宙人の姿になっても「さくら、愛してる」と言い続ける。愛してると言わなければいいと気づいたものの、やっぱり好きだから言わずにはおれない。この夢は永遠に続くのかと思われたとき……現実の主人公は死の床に就いていて、妻のさくらさんから初めて「愛してる」と言われます。そして安らかに死んでいく。

素晴らしい。愛されることを希求してウロウロする作者の心情がひしひしと伝わってきます。そしてそのための切符はこちらから愛することであると。


「怪物父さん」
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交通事故で妻を死なせてしまったお父さんが怪物になった。一人娘は怪物父さんのお守りをするのが大変で自分の運命を呪う。医者に見せると、

「愛を存分に与えると人間に戻りますよ。愛を失うと人は怪物になるのです。怪物を救えるのは生粋の愛のみです」

と言われる。理屈としてはわかっても娘は怪物父さんにつらく当たってしまい、ついには街中で捨ててしまう。警察からの電話で交番に駆けつけると、お父さんが花をプレゼントしてくれる。怪物になっていたのは娘のほうだったのですね。「怪物と戦うときに大切なことは、自分も怪物になってしまわないことだ」というニーチェの言葉が思い出されます。

この「怪物父さん」には続編があって、そちらでは娘が本当に怪物になってしまう。それを人間に戻ったお父さんが愛情をもって救おうとする結末で、ここでも愛されることを希求してやまない作者の心情がストレートに表現されていて好感がもてます。

早速、第2巻も堪能します。




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