いやぁ、ダメでした。4月から5月にかけて書いた、生まれて初めての小説が落選しました。

脚本ばかり書いていた私がなぜ小説を書くに至ったかの経緯については、小説を書き始めました←こちらの記事を参照してください。

で、酸欠状態になるなど苦しみぬいて書いた作品でしたが、見事に沈没でした。

自分としちゃかなりの手応えがあったので、もしダメなら「審査員がアホなんや」と開き直ろうと思っていたのですが、どうもそれはできそうにない。というか、そんな開き直りすら必要ないようです。

十人十色大賞の選評は→ こちら

選評を読んでもらえばおわかりいただけるかと思いますが、自分史の文芸賞といっても、私のように自分で自分を責めぬくような内容のものはもともと望まれておらず、波瀾万丈の人生を面白おかしく書いたものが好まれたようです。

誰の人生でも波瀾万丈ですけど、何というか、いろんなエピソードや登場人物が入り乱れるものが望まれていたようですね。「十人十色大賞」と銘打っているからには、そりゃまぁそうなのかもしれません。

「おぉ、こんな人生を送った人がいるのか」と驚愕するような内容を書けばよかったかな。なんてことは思いません。私の人生だって波瀾万丈だし、やたら濃いキャラクターが身内に二人ほどいます。彼らとのあれやこれやを書けば受賞に近づけたかもしれないけれど、書けばよかったなんて少しも思いません。上のリンク先の日記を読んでいただければわかりますが、今回の小説は書きたいというより「書かねばならなかった作品」だからです。

あの内容で、しかも二人称で自分自身を徹底して責め苛む小説、それが15年ぐらい前から「死ぬまでに一度は書きたかった小説」であり、それがシナリオコンクール受賞作を書き終えたときと同じかそれ以上の手応えを感じたのだから、もうそれで充分。そりゃ受賞できればそれに越したことはないけれど、本当に書けただけで良い。

そりゃ書いたことを糧にこれからの人生をよりよいものにできなければまったく無意味になってしまいますが、あれだけ自分を責め苛んだ意義はきっと出てくるはずです。

だから気落ちなんかしていません。脚本の結果だったら自分の名前がないだけで目の前が真っ暗になるし、そういうときほど燃えるんですが、何もない。気持ちに何の変化もありません。

燃えないということは「小説でやりたいことはやりつくした」ということでしょう。最初からたぶん最初で最後の小説になるだろうと思っていたし、もう書きません。ちょっと前から脚本のアイデアを膨らませているので(といっても最近は滞りがちですが)それをやります。


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ダメでした。でも悔いはない。ベストは尽くした。以上!

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