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今日で東日本大震災でちょうど7年とのことですが、私には何も言えません。阪神大震災のとき、というか震災から1年たった頃、震災をテーマにした脚本を書いたところ東京に住む友人から「阪神大震災ネタはもう古い」と言われたことを生涯呪ってやると思っているし、同じ頃、東京人と思しき人たちが仮設住宅を見て「まだ仮設ってあるんですね」と言ったことも一生忘れないつもり。
だから、「よその人間」が何かを言って当事者の神経を逆なでしてはいけないと思うから3.11については何も言いません。

とはいえ、阪神大震災についても何も言えないのです。あのとき私は朝まで寝ていたのでね。卒業制作の仕上げで忙しく、しかもダビング作業(最終的な音のミックス)の責任者だったので神経がすり減っていたのでした。

神戸の中心地が震度7だったのに対し、そのとき住んでいた京都は震度5だったとはいえ、泊まっていた友人が箪笥を押さえていてくれなかったら頭を強く打って死んでいたかもしれず、それでなくとも電車と代替バスを乗り継いで実家に帰るとき、まるで戦争ですべて燃えてしまったかのような故郷の街並みを見るとどうにも罪悪感がこみ上げてくるのでした。

よくサバイバーズ・ギルトっていいますよね。生き残った者の罪悪感。私の場合は、スリーパーズ・ギルトですね。あのものすごい揺れそのものを体感していないということが何というか、「乗るべき電車に乗り遅れた」と思わせるのです。

だから「震災」という言葉を聞くのがいやです。罪悪感に駆られるから。乗り遅れた電車がまた来てくれたらいいのだけど、もう永遠にやってこない。

だからなのか、それとも7年と23年という歳月の違いなのか、3月11日は憶えていても1月17日はほとんど忘れています。テレビなどを見て「あ」と思う程度。たぶん思い出したくないのでしょう。みんなが「あの揺れはすごかった」「もう死んだかと思った」と話しているのをただ黙って聞くしかなかったあの頃を思い出してしまうから。自分だけが蚊帳の外に置かれたような、かといって誰が悪いわけでもなく、ただ巡り合わせでそうなっただけなのに、周りは血ヘドを吐いているのに自分だけうまいものを食っているような、あの何とも言えない感じ。もう一回地震が起こって被害に遭えばこの罪悪感から逃れられるのではないか、とも思ったけれど、実際に起こるのはいやに決まっている。偽善者。

その昔、『戦争を知らない子供たち』という歌がはやったけれど、私はさしずめ「震災を知らない神戸っ子」です。

いまでも乗り遅れた電車の背中が見える。見えなくなればいいのにと思う。でも、おそらく一生見えたままなのでしょう。

永久に遠ざかっていく電車