賞レースを席巻している『シェイプ・オブ・ウォーター』を見てきましたが、これが心の底からつまらない映画でした。


112de515

「悪」の創出
昨日、たまたま『イングロリアス・バスターズ』を再見しまして、こんなツイートをしました。

「ナチスを『絶対悪』として利用するだけの作劇は作家的怠慢だと思う。『独創的な悪』の創出は作家的使命のはずなのにタランティーノはそこから逃げている」


db035786

『シェイプ・オブ・ウォーター』は悪を造形することから逃げてはいませんが失敗してますよね。マイケル・シャノン演じる極秘研究所のボスみたいな男(中間管理職?)は汚い言葉を吐き暴力を振るうだけで、少しも独創的でもなければ魅力的でもない役です。

まだしも『イングロリアス・バスターズ』のクリストフ・ヴァルツのほうが残忍さをエレガントな衣で隠していて面白いですが、彼にしたところで「総統の命令を粛々と遂行しているだけ」で本当のところ悪い奴なのかどうかは最後までわかりません。ブラピに頭の皮をはがれるときの子どもみたいな恐がり方から察するに「ただの小役人」だった可能性が高い。

ところで、『シェイプ・オブ・ウォーター』では結末が途中でわかりますよね。悪役が暴力しか振るわないんだからああなる他ありません。


わからない行動原理
それよりも、主人公サリー・ホーキンスが怪獣を家にこっそり連れ帰る動機がまったくわかりません。


32113d1a

喋れないために誰も理解してくれない。怪獣も喋れないからお互い理解しあえる。というのはわからないではありませんが、彼女にはリチャード・ジェンキンスという孤独を分かち合う隣人がいるし、職場にはオクタヴィア・スペンサーという彼女の面倒を見てくれる心やさしい同僚がいます。

少しも孤独じゃない。「私には怪獣しかいない」というところまで追いつめられていません。

男がほしかった? 確かにオナニーシーンがあるし、後半は怪獣とセックスしまくってました。しかしですね、主人公の周りにはまともな男が出てきません。リチャード・ジェンキンスはゲイだし、マイケル・シャノンは女を暴力的に扱うことしか考えていない。ソ連のスパイは諜報戦のことしか頭にない。

怪獣との恋愛を描く。
それはドラマ作りとして志が高い。ハードルが高すぎるほど高いですから。
しかし、それならば、前段としてまず「人間との恋愛」を描かないといけないのでは? 愛し合っているごく普通の男がいる。「私には彼しかいない」と思っている。でも何らかの問題のために二人の関係が破綻してしまう。だから怪獣しかいない! となればグッと乗れたと思うんですが、そうなっていません。だから、この映画は完全にご都合主義で作られていると思うわけです。


ご都合主義
ご都合主義といえば、クライマックス前のマイケル・シャノンもそうですよね。

同僚がソ連のスパイだとわかり、「あの掃除婦が……」というのを聞いて彼はオクタヴィア・スペンサーの家に行くんですが、なぜサリー・ホーキンスの家じゃないんでしょうか。

怪獣がいなくなったときはまだサリー・ホーキンスが怪しいとは思われていなかったようで全員のタイムカードを調べていましたが、あのとき、サリー・ホーキンスは指で「ファックユー」とやりますよね。マイケル・シャノンにははっきり意味がわからなかったようですが、サリー・ホーキンスが自分によからぬ思いを抱いているのはわかったはずで、「掃除婦」と聞いて真っ先にオクタヴィア・スペンサーを思い浮かべるのはどう考えても不自然です。サムソンとデリラの逸話を喋りたかったから? まさか!

もしあそこで真っ先にサリー・ホーキンスの家に急行していたらあの美しいラストシーンはなかったわけですから、完全なご都合主義です。登場人物が作者の操り人形にしかなっていない。

セットや衣装の色づかいが目に心地よく、照明もとても繊細でヴィジュアル的にはとても楽しめる映画でしたが、お話にまったく乗れなかったのでお金返してほしい。

これでアカデミー賞最有力候補??? 信じられません。昨日見た『ビッグ・シック』のほうがよっぽど面白かったですよ。