『ラ・ラ・ランド』のスタッフが結集したという謳い文句で大ヒット中の『グレイテスト・ショーマン』。なるほど、歌と踊りのシーンはノリノリで見れますが、この映画は非常に大きな問題を抱えており、私は決して許してはいけない映画だと思います。

過去の許せない映画はこちら。
①『ダーティハリー2』
②『L.A.コンフィデンシャル』

まず、ヒュー・ジャックマン演じる主人公は貧しいというただそれだけで好きな女の父親から蔑まれ「娘はきっと戻ってくる。おまえとの貧しい生活に耐えきれなくなって」というひどい言葉を浴びせられます。この富者が貧者を見下す世界で主人公がどのように「ヒーロー」として名を上げるか、というのがこの映画の眼目となります。


greatestshowman

主人公はまず小人やヒゲ女、巨漢にノッポ、シャム双生児などなど異形の者たち(フリークス)を集めた見世物小屋を作り、そこで歌を踊りを披露して人気を博します。

フリークスも異形であるというただそれだけで虐げられてきた者たちであり、貧しいというだけで差別されてきた主人公と同じ身の上です。の、はずが……

歌姫レベッカ・ファーガソンが仲間に加わってからはその歌があまりに素晴らしいために主人公はフリークスを迫害し、歌姫と二人だけでツアーに出ます。

「他者を手段としてのみならず、同時に目的として扱え」

というカント哲学の要諦がありますが、主人公はフリークスを手段としてしか見ていなかったことが明らかになります。彼はダースベイダーのように暗黒面に堕ち、アンチヒーローとなってしまったわけです。

ここまでがちょうど半分。いわゆるミッドポイントというやつですが、ここから主人公がどのようにフリークスと折り合いをつけヒーローとして甦るかが眼目となります。

ですが、歌姫に逆恨みされてスキャンダルを仕組まれ、しかもサーカス小屋に放火されてすべてを失った主人公は酒場でやけ酒を飲んでいると、フリークスが入ってきて、何と彼を許すのです。

え、何で???

彼らは怒らなければならないはず。確かに「あなたのおかげで舞台に立てた」という気持ちはわかります。劇評家の「あらゆる人を同じ舞台に立たせた」という言葉もわかりますが、それは結果論であって主人公はただ金儲けの手段として彼らを利用しただけです。

だから、彼はフリークスに謝らないといけないし、フリークスだって容易に許してはダメです。ここにこそこのドラマの要諦があるはずなのです。なのに主人公は彼らに簡単に許してもらい、さらに片腕のザック・エフロンがこっそり金を貯めていたとかで簡単に再起できます。

何じゃそりゃ。

主人公はヒーローとして復活しますが、それはフリークスが彼を甘やかしているからです。作者たちが主人公を甘やかしている。

そして大事なことは、主人公のみならず、作者たちもがフリークスを目的として扱わず手段としてのみ扱っているということです。まともな人間として相手にしていない。彼らを締め出し暗黒面に堕ちた主人公と作者たちは同類です。

というわけで、この『グレイテスト・ショーマン』は決して許してはいけない映画ということになります。派手な歌と踊りに騙される人もいるかもしれませんが、これは絶対に許してはいけない!


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