昨日、ある人のツイートで、

「教師はみんな『勉強ができるからって幸せにはなれないぞ』と言うけれど、それは何らかの才能に秀でた人たちにだけ有効な言葉であって、たいていの人間が幸せになるには学校の勉強をしまくるしかないと思ってる」

という意味のがあって、かなりの数のリツイートといいねを集めていました。


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うちの親父の話になりますが、私が映画の道に進むと言って専門学校に行ったり、現場に就職するも脚本家の道を行くと辞めてしまったりしていた頃だったかな、こんなことを言いました。

「いままで人生には一本道しかないと思っていた。平社員から係長。係長から課長。課長から営業部長。営業部長から事業部長。そして重役。あわよくば社長」

「でも、おまえみたいな生き方もあるんだと知った」

くだんのツイート主は、まさに親父の言っていた「人生には一本道しかない」と思っている人なんじゃないですかね?

勉強を頑張っていい学校に入り、いい会社に入ってそこで出世する。それだけが「人生」だと。それだけが「幸福」だと。

だとすれば非常に愚かとしか言いようがない。

だって、それって「カネ」が人の幸福度を決めるってことでしょ? 「肩書」がその人の価値を決めるってことでしょ?

んなアホな。

世の中にはいろんな人がいるし、いろんな価値観がある。

以前の職場でこんな人の話を聞きました。あるタクシーに乗ったら運転手が女性で、女性って珍しいなと思い「なぜこの仕事に就いたんですか?」と聞いたら、「映画が好きで、休みの日は映画館を何軒もハシゴするんです。この仕事は比較的好きなときに休みが取れるから私には好都合なんです」

たぶん給料は安いのでしょう。それでも好きな映画を見れるから幸せなわけですね。
別に映画じゃなくてマンガを読むのが何より好き、旅行が好き、登山が好き、スキューバダイビングが好き、だから趣味を楽しむために必要なお金を稼ぐために働く、という人生だってアリでしょう。

別に「何らかの才能」なんかなくたって、楽しむことができればいいわけです。そのためのお金があればいい。


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↑こういう顔になるためのお金を稼げればいいのであって、何も大金持ちになる必要なんかない。

そりゃ、難病で苦しむ人を助けたいという純粋な気持ちで「医者になるためには勉強を頑張らないと」と勉強しまくるならそれでいいと思います。

ただ、「自分がどういう人生を歩んでいきたいのか、何をしたいのか(「何になりたいか」は間違い)を少しも考えずに「学校の勉強をしまくっていい学校に入ることだけが幸せへのパスポートである」という考え方は愚かとしか言いようがありません。

ウォール街で大儲けしてる連中なんてみんな一流大学と言われる学校を出ていますが、そんな彼らは大勢の人を泣かせて私腹を肥やしている。

それが「幸せ」なんですか?