気がつけば、好きでも何でもなかったベッキーがテレビに出てると「頑張れ!」と声援を送っている自分に気づく。大嫌いだった海老蔵を見ると親近感が湧く自分に気づく。
つい先日は、不倫が原因で引退会見を開いた小室哲哉。この人も私はほとんど理由もなく嫌いでしたが、何だかあの会見を見ていて「負けるな!」とか「また数年後にヒット曲を作って復活してくれないものか」と応援している自分に気づくのでありました。


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『人はなぜ不倫をするのか』(学校化するニッポン)

の記事でも書いたことですが、なぜ不倫ぐらいのことでギャアギャア騒ぐのかさっぱりわからない。

小室氏は「男女の関係ではない」と言っていて、介護疲れのために介護士の女性に精神的に依存していたと言ってました。
私は嘘ではないと思いますね。詳しくは知りませんが、もう何年も仕事の傍らずっと介護をしていたわけでしょう? それでこのような報道が出て引退を決意したという会見で嘘を言うとは思えない。

もし20年ぐらい前の小室全盛期に不倫報道が出て「男女の関係はない」と言ったとしたら信用しなかったでしょう。やっぱりこの男は嫌いだ、と思ったはずです。

でも今回そうならなかったのは、彼が週刊文春という不倫ジャーナリズムで食いつないでいる下賤きわまりない雑誌にコテンパンにいじめられたからでしょう。

ビートたけしは「ファンがいるのに引退だなんて理解できない」と言ってましたが、それぐらいは小室哲哉もわかってるんじゃないですか。たぶん、文春砲に対する抗議として「引退」という言葉を出したのでしょう。引退宣言したあとに復活した芸能人はたくさんいるのだから、いったんは引退して同情を引こうと。

別にそれでいいと思います。それぐらいいまの週刊文春は調子に乗りすぎてます。

ほんとか嘘か知りませんが、週刊文春の新谷編集長という人は、安倍総理や菅官房長官とかなり仲が良く、国会開会前のこの時期に大物芸能人の不倫ネタで世間の耳目を逸らせて官邸をアシストする狙いがあるとか。
もちろん、安倍にしろ菅にしろ直接的に依頼することはないでしょうが、新谷編集長はそのへんを忖度してるんだろうなぁ、と。

不倫バッシングや芸能人の私生活を覗き見するジャーナリズムという風潮がなかったら、ベッキーに声援を送ることも、海老蔵に親近感を抱くことも、小室哲哉が好きになりかけることもなかったでしょう。嫌いなままだったはずです。

そのほうがずっとよかった。

そりゃ、小室哲哉が素晴らしい音楽を作ったから好きになったというのなら、それは喜ばしいことですが、ただ単なる一介の雑誌がゲスきわまりないから相対的に好きになるというのはぜんぜん喜ばしいことではありません。

ここに書いた情報はネット上には溢れていますが、テレビや新聞、雑誌では少しもメジャーではありません。というか、一言も書かれていないし誰もコメントしない。

いまだにネットってメジャーなメディアじゃないんだな、と思う今日この頃です。