シャーリーズ・セロン主演の『アトミック・ブロンド』が素晴らしかったです。以下ネタバレあります)


シャーリーズ・セロン


ベルリンの壁崩壊前夜。MI6のスパイ、シャーリーズ・セロンが、極秘リストの奪還と二重スパイを見つけ出して始末する命を受けてベルリンに降り立つところから物語は始まります。

ロンドンが舞台だとデビッド・ボウイやクラッシュがかかって、ベルリンに移るとニーナがかかったりする選曲が微笑ましいんですが、それはともかく、この映画では、シャーリーズ・セロンが敵の二重スパイを上回る三重スパイだった(実はCIAのスパイ)というオチが素晴らしく、結局、冷戦が終わって得をしたのはアメリカだけだった、というその後しばらく続くアメリカ一強時代が「パクス・アメリカーナ」だったと言いたいのか、それともその逆なのかは定かではありませんが、最後の最後まで面白く見せてくれるこの脚本は秀逸だと思いました。




アトミック・ブロンド


しかし、この『アトミック・ブロンド』で本当にスゴイのはドラマの内容ではなく、アクション・シークエンスなんですよね。

特に、画像のシーン。あるマンションで始まるアクションは、フロアでの激戦が終わると階段を下りながら下のフロアで激戦をし、さらに下のフロアまで戦闘が続くんですが、およそ1フロア1カットなんですね。

特に最後のカットが凄まじい!
ちょっとカメラを動かしすぎじゃないかというきらいもありますが、それでも、縦横無尽に動き回るシャーリーズ・セロンと敵の男たちの動きをきっちりワンカットに収めきってます。あれは役者もしんどいでしょうがスタッフもしんどい。監督はじめ演出部は芝居を見ないといけないし、撮影部はフォーカスを合わせるのが大変だろうし、よけいなものが写ってないかの確認も大変。録音部はマイクマンが大変でしょう。それとも、ああいう場面ではワイヤレスを使うんですかね?

かつて黒沢清監督がこんなことを言っていました。

「映画はまぎれもない肉体労働です。僕はスタッフと俳優の肉体労働の結果をフィルムに刻みたいと思っています」

と、なぜ長回しが多いかという理由でした。

この『アトミック・ブロンド』も「肉体労働としての映画」を画面に刻みつけてますよね。そこが素晴らしい。

また、「痛みを感じるアクション」という意味でも素晴らしい。
同じスパイ映画でもジェームズ・ボンドなんかはもっとスマートに殺したりするじゃないですか。

でも、この映画のシャーリーズ・セロンは絶叫しながら狂ったように殴ったり蹴ったりするんですよね。この女が活きるか死ぬかの瀬戸際で生きていることがジンジン伝わってきます。それに、人を殴るのも殴られるのも痛いんだということがよくわかるように撮られている。ゲーム感覚で人を殺すような映画が横行している現代においてこういうリアルなアクション映画はとても貴重ではないでしょうか。

「映画を見た」という斬られたような感覚。ごっつぁんです!