昨日から始まった『陸王』と『今からあなたを脅迫します』を見て、『仁義なき戦い』などの脚本家・笠原和夫の言葉を思い出しました。


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「枷は、状況ではなく、主人公の心のあり方にこそ求めるもの」




枷とは手枷足枷のことで、主人公を困らせるもののことです。通常、枷が起爆剤となって主人公の行動を導きます。


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さて、『陸王』は、100年以上続いてきた老舗の足袋工場を営む役所広司が、倒産の憂き目に遭ってマラソンシューズの開発に乗り出すものの何の実績もない弱小企業にはほとんど勝ち目がない。勝ち目はないけど、リストラを迫る銀行の融資課長に「開発を続けます!」と宣言するのが第1話のクライマックス。


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一方で、『今からあなたを脅迫します』は、脅迫屋ディーン・フジオカからかかってきた間違い電話がきっかけである殺人事件にかかわることになった女子大生が、生来の天然気質で周りを振り回しながら、事件の謎が解けたあと卑劣な殺人犯に刃を向ける場面がクライマックスでした。

いったいどういう人間なのかよくわからない武井咲に加え、ディーン・フジオカとその一味はあまりに軽いし、足袋作りという斜陽の伝統産業から脱皮せんと奮闘する人情深い社長の喜怒哀楽を描く『陸王』のほうが格調高い。ように誰の目にも見える。のかもしれません。





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しかし私にはそうは思えません。

確かに『陸王』は面白い。でも、それは、足袋作りの実態だとか、フット・ミッド走法などの「情報」としての面白さが随所にあるからでしょう。「劇」としての面白さがあるかどうかは大いに疑問です。

なぜなら、役所広司の行動はすべて外的状況に依拠しているからです。

ミシンが壊れて大きな損害が出る、新規事業の提案を促される、マラソンシューズの実態を教えてもらう、足袋シューズを履いてほしいランナーがいる、でも履いてもらえない、銀行の支店長と融資課長からリストラしろと迫られる、リストラは嫌だと従業員から迫られる。

結果、「リストラはしない。開発を続ける」との宣言に至るわけですが、問題は「先代が足袋シューズを開発しようとして失敗した試作品が発見される」というエピソードの存在です。


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役所広司は阿川佐和子との会話で、「昔、親父がリストラしたとき最低だと思ったけど、いま思えばあのとき一番つらかったのは親父だったんだろうな。俺はそんな気持ちは味わいたくない」と言います。それなら、なぜその気持ちのまま「リストラはしない」という融資課長への宣言へと至らないのでしょう。


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「俺は親父のような気持ちを味わいたくない」という心を彼はすでにもっています。その心のあり方が枷となればいい。融資課長への宣言は感動的ですが、だからといって前途多難であることに変わりはありません。主人公の心のあり方が枷となるためには、「親父のような気持を味わいたくない」という気持ちを、従業員を誰一人クビにしたくないという気持ちを融資課長にぶつけなければいけなかったはず。

なのに、融資課長がやってくる直前に先代の試作品が見つかります。役所広司はそれを見、それを出汁にして「開発を続けます」という宣言に至る。しかしながら、ここで大事なのは「リストラはしない」と「開発を続ける」は、銀行にとっては同じ意味でも、役所広司にとって、ひいては視聴者にとってはまるで違うということです。

主人公は、先代もやっていたから、この100年間そうだったからという外的状況から「開発を続ける」と宣言します。でも、それでは彼は外的状況にいつまでも依拠した「子ども」です。己の心と向き合っていない。

心とは記憶であり、その人の過去のことです。彼は「親父のような気持を味わいたくない」と己の心とせっかく向き合ったにもかかわらず、クライマックスでそれを忘れ、「親父だって同じことをやっていた」ことを拠り所にしています。だから子どもなのです。

「開発を続けます」ではなく、「リストラはできない。できない以上は開発を続ける」と言いながらも何も策はない。勝ち目0%というところで幕切れを迎えないと「志の高いドラマ」とは思えません。実際の作品では、勝ち目は薄いとはいえ融資課長との決闘には勝った。勝ったのは爽快だったけれど、はたしてそれでいいのかどうか。



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逆に、出会うはずのなかった二人が出会ったことで話が転がる『今からあなたを脅迫します』は、武井咲の心のあり方が枷となってドラマを駆動します。

ラストで明らかになるのは、彼女は亡き母からいまわの際に「正しいことをしなさい」と言われ、それを金科玉条にして生きてきた。友達が二人しかいないのはなぜなんだろうと思っていたら、おそらくその正義感が災いしているのでしょう。正論ばかり言う人間は嫌われますから。

それでも正義を貫くことしか武井咲にはできない。なぜなら、母親との記憶が彼女を縛っているからです。心のあり方が見事に枷となっています。



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ディーン・フジオカは事件解決後、「あいつは偽善者にすぎない」と切り捨てようとしますが、カタギの商売が嫌いな感じの彼の心にも「優等生」の血が残っていたのでしょう。もう二度と会わないはずだった武井咲に会いに行き、彼らの関係は続くことになります。

ディーン・フジオカにどういう過去があるのかはまだわかりません。でも、おそらく彼は彼の心のあり方に縛られ、武井咲と関わらざるをえない仕掛けになっている。

だから、パッと見は格調高そうな『陸王』よりも世間からは軽く見られそうな『今からあなたを脅迫します』のほうが志が高い作品だと私は思うのです。