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もう20年も前に世界中で大絶賛された『L.A.コンフィデンシャル』。
私はこの映画が許せないと言ってしまうとちょっと言いすぎかもしれませんが、かなり問題を孕んだ映画だと思っています。


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レストランでの殺人事件から本格的な物語が起動するこの映画は、抜群に面白い。前回の『ダーティハリー2』もあの名作『1』の続編ということを考慮しなければ傑作でしょう。

「許せない映画」とは、面白さがあるにもかかわらず、それを上回る残念なところがある映画のことです。

何といってもこの映画で最も残念だったのは、↓このシーンです。それまで上がりっぱなしだった私のボルテージが一気に下がりました。



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ケビン・スペイシーが有力な手掛かりを得る。それを深夜、上司のジェームズ・クロムウェルの自宅に報告に行くと、撃たれてしまう。

確かにこの展開には驚きました。ジェームズ・クロムウェルは悪辣な刑事然としていましたが、どうしても『ベイブ』での好々爺のイメージがあったので悪の本丸とは思いませんでした。このキャスティングは素晴らしい。

しかしながら、この映画で描かれる50年代ロサンゼルスの闇というのは、ジェームズ・クロムウェル一人を成敗すればすべて解決するものとしては設定されていなかったはずです。

複雑に絡み合う問題の諸相のすべてを「個人悪」に帰してしまった、というのは、世界を市場にせねばならないハリウッド映画の宿命と言えば言えますが、しかし、やはり作品のあり方からすると首をひねらざるをえません。

この映画は、巨悪を設定しておきながら、作者が自らその巨悪を矮小化してしまっているのです。それは、脚本づくりのハードルを高く設定しておきながら自分で低くしたということです。それだけはしてはならない。

そりゃ、誰か一人を成敗すれば問題が解決するような「普通の映画」も私は好きです。そういう映画は日々の鬱積を晴らすにはもってこいですから。でも、そういう普通の映画は最初から「誰か一人を成敗すれば解決する問題」を設定しているはずなんです。

私はそういう映画を期待して見に行ったのではなかった。全米の批評家絶賛というからには、普通の映画とは違う何かがあるのだろう、と。確かに前半はその期待に十二分に応えてくれるものでした。なのに終盤ですべてがぶち壊し・・・

問題の根源を「個人悪」にすり替えてしまったことが、私がこの『L.A.コンフィデンシャル』を「許せない映画」と断じる所以です。

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③『グレイテスト・ショーマン』
④『ゴースト・ドッグ』