私は自他ともに認める超面食いです。

だいぶ前のことですが、職場の人と喋っていて「俺は面食いだから」というと、「認めるの?」と驚愕の問いが返ってきたんですね。同じようなことはたびたびあります。

外国のことは知りませんが、どうも日本では「面食い=悪」と捉えられている気がしてなりません。

10年ほど前でしょうか。藤原紀香が陣内智則と付き合っていると噂がたったころ、職場の女性陣が「陣内と、というのはとてもいい」というんですね。誰と付き合ったっていいではないかと思いながら理由を問うと、「いままではイケメンばかりだったじゃないですか。でも今回は違うから」と。

イケメンばかりと付き合うのは女子としてよくないことなんですって。意味不明です。
ちょっと前の『5時に夢中!』でも、福原愛の結婚相手がイケメンで、以前噂のあった錦織圭もイケメンだからか中瀬ゆかり親方が「イケメンが好きなのね」と皮肉っぽく言ってました。

なぜだろう。なぜ顔で選んだらダメなんでしょうか? 

「人は見かけによらない」というのは本当です。だけれど、「見た目で判断してはいけない」というのは真っ赤なウソです。

失業していたときに痛感したのは、面接では何よりも第一印象が大切です。だから身だしなみや清潔感、靴がきれいかどうかとか見られてるんですよね。で、人間というのは第一印象に左右されますから、そこで「何だこいつ」と思われてしまったら、いくらその後の面接で話が弾んでも、いくら筆記試験で満点を取っても落第です。第一印象ですべてが決まってしまうし、第一印象ですべてを決めてしまうのが人間という生き物なのです。

それから、昔話。
昔話に出てくる王子様やお姫様はみな容姿端麗ということにされてますよね。というか容姿端麗という特徴しか与えられていないといっても過言ではありません。

ということは、「容姿端麗=第一級の長所」と捉えられていることがわかります。言葉だけで語られる物語において顔が美しいというのは、それだけで「結婚相手にふさわしい人」と聞く者に思わせる効果がある。

なぜ人が容姿端麗の異性を好むかというと、そういう人と結婚して子供を産んだほうが、その子がモテるようになるからです。モテればまたその子も容姿端麗な人と結婚して子を産める。そうやって自分のDNAを永く残すべく容姿端麗な人を求める。

だから、面食いであることは人間の「宿命」です。誰もが面食いのはずなんです。

なのに、現実の人生で顔が美しいという理由で伴侶に選んだら批判されてしまう。面食いでないことが素晴らしいことのように語られてしまう。



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沢尻エリカが好きだというと、みんな(特に女性)は「なぜ? え、何で何で???」と聞いてきます。かわいいから、と答えるとみんないっせいに引くのがわかります。

私には意味不明です。10年前の「別に」問題はまた別の話なので割愛しますが、なぜかわいいだけで好きになっちゃいけないのでしょうか。

先日、伊達マスクについての日記 を書きましたが、女性はみんなかわいく見られようとして化粧ばかりかマスクまでしている今日。なのに、かわいい女が選ばれると非難する。かっこいい男を選ぶと非難する。

わけがわかりません。