『機動戦士ガンダム』全43話の再放送がついに終わってしまいました。最終回で、またまた子どもの頃に見た記憶との相違に驚愕しました。

前回までの記事
①地球連邦軍の非情
②シャアを利用するキシリアの狙いとは 



シャアがザビ家への復讐に燃え、ジオン軍の兵士と戦っているけれどもそれは仮の姿。ザビ家の連中の寝首をかくためにそうしている、というのは知っていました。

が、最後の最後で唯一生き残ったキシリアをバズーカで仕留めて復讐を完遂させるからか、シャアは最後までザビ家への復讐に燃えていたと勘違いしていました。



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クライマックスの白兵戦で白黒はっきりつけようというシャアは、ララァの弔い合戦をしているのだとばかり思っていました。けれど、今回見てはっきりしたのは、ララァを殺したのはアムロだとシャアが激怒しているのではなく、ララァを戦争に巻き込んだシャアに対してアムロが激怒しているんですね。同じニュータイプとして。

ではシャアはなぜもう戦争が終わろうとしているのにキシリアを殺しに行かずにアムロと戦うのか。

二人の殺し合いを止めるのはシャアの妹セイラですが、そのときシャアは言います。アムロは危険だと。ニュータイプとして覚醒しすぎた。戦争が終わればニュータイプの時代になる。そうなればアムロの天下だ、いまのうちに殺しておかねば、と。
セイラはいまだにザビ家への復讐に囚われていますが、シャアは「もうそんなことはどうでもいい」と言いきります。驚きましたねぇ。まさかこんなセリフがあったなんて少しも憶えてなかったというか、そういう物語、そういう最終回だったとは…。


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第二次世界大戦ではアメリカとソ連は同じ連合国で味方同士でしたが、イタリアが負け、日本もドイツもジリ貧状態になったとき、ルーズベルトとスターリンは味方同士として笑顔で語り合いながら同時に腹の探り合いをしていたといいます。

「この戦争が終われば、アメリカとソ連の二大大国が敵国同士としていがみ合う時代になる」と。

そのときのことを考えながら原爆開発競争にアメリカは勝ち、そして日本に投下した。

とまぁ、何かちょっと話がそれましたが、シャアという男も名うての兵士だけに同じように「戦後」を見据えていたというわけですね。

しかし、ザビ家への復讐のためにジオン軍兵士として出世するというシャアのアクロバティカルな生き方に共感するファンのために、復讐などどうでもいいで終わってはいけないと作者たちは考えたのでしょう。

だから、キシリアを最後にバズーカで仕留めるわけですが、その理由というのが、キシリアが自分だけ部下を置き去りにするつもりで逃げようとしていることをシャアが知って「やはりザビ家の人間は許せん」と討ちに行くんですが、ここの動機づけはちょっと苦しいですね。まるでキシリアはシャアを来させるためにせこいことを言ってるみたい。

シャアの行動は理屈としては筋が通っていますし、そうでなければシャア・アズナブルではない! という思いもあるんですが、常に二手三手先を読んで動いていたシャアが爆死覚悟で…というのはちょっと…いや、だから面白いのか。

よくわかりませんが、やはりこの『機動戦士ガンダム』はシャアぬきには語れませんね。主人公じゃない人物がここまで魅力的になるとは、脚本家も夢にも思っていなかったことでしょう。


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