すぐれたドキュメンタリーを連発することで知られる東海テレビが製作した『ホームレス理事長 ~退学球児再生計画~』を日本映画専門チャンネルで見ました。

この作品は、三つの面から「きれいごと」という見えない圧力についての映画だと思いました。どういうことか。内容をおさらいするところから始めてみましょう。


『ホームレス理事長 ~退学球児再生計画~』(2013、日本)
監督:土方宏史

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内容
問題を起こして退学処分になった球児たちに再チャレンジの場を与えたいということで2010年に設立されたNPO法人に焦点が当てられます。

金策に走り回る理事長の物語と、甲子園にも行ったことがありながら2002年に体罰で野球界を追放された監督と子どもたちの触れ合いの物語の二本柱で構成されていますが、根本にあるのは「たった一度の過ちですべてが終わってしまういまの日本の社会への異議申し立てをしたい」という理事長の純粋な思いです。

NPO立ち上げ当初は安アパートで電気・ガス・水道全部止められてバナナを晩ご飯に食べていた理事長ですが、家賃滞納のために追い出され、ネットカフェでの生活を余儀なくされます。自分の生活を捨ててでも子どもたちのため、子どもたちのために働く職員たちのためにお金を使う。

そんな理事長の価値観がよく出ているのが、ファーストシーンをはじめ何度も出てくる、ネットカフェでのオセロゲーム。

理事長は独特の考え方でオセロをやります。普通なら角を取れば勝ちに近づくと考えますが、理事長はあえて角を取らせる。角を取られても総枚数が上なら勝ち。「肉を切らせて骨を断つ」に近いでしょうか。

世間への異議申し立てをする人は、オセロでも人とは真逆のやり方で遊ぶ。人間の考え方はそういう些細なところにも如実に滲み出る。

そんな理事長は監督から「愛すべきアホ」と評されるんですが、ここにすべてが集約されているというか、金策にばかり走り回る理事長を監督が批判したり、給料未払いが原因でコーチが辞めると言い出したり、挙句の果てには理事長自身のわがままのために監督がクビになったりするんですが、結局、みんな戻ってくる。純粋な理事長と理事長の理念の賜物である学校を守りたいんでしょうね。


ドキュメンタリーの「ルール」?
ただ、世の中、理想だけでは飯は食えないわけで、理事長が金策に走り回った末にとんでもない行動に出ます。


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何と番組ディレクターに向かって「お金貸してください」というんですね。

ここでディレクターは「貸してしまうと私たちの関係性が壊れるから。それがドキュメンタリーのルールなので」みたいなことを言って拒否するんですが、これに私は納得がいかない。

だって、東海テレビはこの理事長の活動に共鳴しているから取材しているんじゃないの? 共鳴しているんなら泣いて土下座する相手を拒否するというのは矛盾しています。これは倫理的な観点からの疑問。

仮に共鳴しておらず、ホームレスになってまで子どもたちのために走り回る理事長を少し突き放して見つめる番組を作りたかっただけで、体罰で追放処分を食らった人を雇っていることへ批判的に接したかったのかもしれませんが、それならそれで、お金を貸して関係性を壊してしまったほうがよっぽど作品が面白くなったと思うんですよ。これは純粋に作品づくりの観点からの疑問。そもそも作品づくりに「ルール」なんてないのでは?

とはいえ、「関係性を壊したくない」というのは方便というか、ほとんど世間からの見えない抑圧がそう言わせたと思うんですよね。

貸したら貸したでその場面は撮って見せないといけないわけで、そうなると世間からの批判があるだろう、でもそれはちょっと…しかし見せなかったらばれたときが大変、ということだと思うんですよ。

ここで貸したほうがよっぽどこのドキュメンタリーが面白い方向へ転がるんじゃないか、という色気は作者たちにもあったはずです。

でも、「きれいごと」が大好きな世間の目を考えると断らざるをえなかった。


フジテレビがカットした場面
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この監督さんが劇中でビンタを連発する場面があります。(キー局のフジテレビはこの場面をカットして放送したそうです)

体罰が原因で追放処分になったのにまた殴った。前夜に両親ともめて手首を切った子どもを殴ったんですが、私はこの監督が間違ってるなんて少しも思いません。監督も自殺を考えたことがあるそうですが、私も両親ともめて手首を切ったことがあります。

私自身はあのとき両親を試そうとかそんなつもりはなく、ただただ絶望して切っただけでしたが、あのときの両親の気持ちを考えると「殴られてもしょうがない」といまでは思います。

いまは「体罰があった」という、ただそれだけで非難が集中し、殴った教師が左遷されたり解雇されたりしますが、それでいいの? そりゃ殴ったほうが悪い場合もあろうけれど、殴られるほうが悪い場合だってある。どういう原因で体罰が行われたかを少しも考慮せず、ただ一方的に殴ったほうを断罪して終わり。それでは何の解決にもならないし、何より子どもたちに悪影響を及ぼすと思う。

だから、この監督さんが自殺を考えるほど世間から叩かれたことと、ビンタの場面がカットされたこと、番組ディレクターが金を無心する理事長を拒否したこと、この三つはすべて通底していると思うんです。

「きれいごと」という見えない圧力

この魔物とどう闘うか。
東海テレビさんには闘える力があると思うんですが、どうでしょうか。


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