先日、BSイレブンで始まった『機動戦士ガンダム』(俗にいう「ファーストガンダム」)の再放送。
まだ4話までしか再見してませんが、やはり面白すぎるほど面白いです。



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実は今回の再見はおそらく30年ぶりくらいでして、細かいところは忘れてました。

特にまったく憶えてなかったのは、ブライトやヤシマ・ミライ、セイラにカイ、リュウなどホワイトベースの乗組員たちが実はただの少年兵で、もともとホワイトベースの乗組員やガンダムのパイロットは別にいた、という設定。

アムロが偶発的にガンダムのパイロットになるのは何となく憶えてましたが、ブライトたちがもともと予定されていた乗組員でなく、サイドセブンが攻撃されて艦長や他の乗組員たちが死傷したから仕方なく地球連邦軍がブライトたちにホワイトベースに乗り込むように指令を出す、なんて設定はすっかり忘れてました。


それにしても、この『ガンダム』は戦争の物語ですが、「政治とは血を流さない戦争であり、戦争とは血を流す政治である」との毛沢東の言葉がありますから、政治の話でもあるんですね。政治学と戦争論を同時に学べる。

幼少の頃は難しいことなんか少しもわからず、ただアムロとシャアの死闘に手に汗握ったり、ジオン公国(ザビ家)を打倒するという同じ目的をもちながら敵味方にわかれて闘っているアムロとシャア、シャアとセイラの行く末にハラハラしただけでしたが、今回見直してみて、戦争とは何か、政治とは何か、という大命題と向き合わないわけにはいかなくなりました。(たぶん、子どものころも無意識に感じとっていたんじゃないでしょうか。もしかしたら私の政治というものへの考え方は『ガンダム』が培ってくれた可能性もあります)

同じロボットアニメでも『新世紀エヴァンゲリオン』とはぜんぜん違いますね。あちらには「政治」がないですもん。誤解の内容に言っておきますが、私は『エヴァンゲリオン』も大好きです。ただ両者が違うといっているだけでして。

やはり、政治の季節を生きた富野由悠季さんと、その季節が終わったあとの庵野秀明さんの「世代」の差なのかな、と。

あまり世代論というのは好きじゃないんですが、二つの偉大なアニメ作品を比較すると、どうしてもそこに行き着いてしまいます。

来週からの5話以降もとても楽しみです。これから半年以上、毎週「日曜日が待ち遠しい!」状態になりますね。