2016年01月29日

テレビ東京系で放送中の『マネーの天使』。昨日の第4話で約3分の1が終了したわけですが、いままで楽しんで見ていた反動なのか、何だか物足りないというか、詐欺という問題の奥の奥の恐ろしさを見る気がしました。

2016drama09

第1話では当ドラマの主役である小籔千豊がブラック企業の社長から未払い分の給料を奪還する話が描かれました。

第2話では、とんでもないヒモ男に騙されて貢ぎ続けた女が、第3話では婚活マンション詐欺、第4話でははっきり自分の意見を言えない気の弱い女が意地悪なママ友に借りた金を踏み倒される姿が描かれました。

そして同時に、片瀬那奈扮する弁護士志望の女ではなく、彼女が経営する料理店で働く葵わかな演じる女子高生の豊富な法律知識で問題を解決する様も描かれました。

確かに騙していたほうは悪い。断罪されてしかるべきでしょう。

しかしながら、騙されていたほうの「問題」はどうなるのでしょうか。

誤解のないように断っておきますが、私は「責任」とは言ってませんよ。責任は騙した側だけにある。でも「問題」は騙したほうと騙されたほうの双方にあると考えなければなりません。

ヒモ男に騙されていた女は、片瀬那奈たちに相談しながらも、ヒモ男の甘言に再度騙されます。意地悪ママ友に騙されていた女も、「分割で払うから」という言葉を信じたために、「毎月500円ずつの支払い。完済するまで33年4か月」という地獄に叩き落されます。それ以前に、再三再四金を無心されながら一言も抗弁しなかったのは大いなる問題です。

騙されて、相談し、また騙されて、相談してやっと相手が悪いと知る、というのは、物語を面白くするための仕掛けだけの問題ではないと思います。騙される人間は簡単に相手の言うことを信じてしまいがちなのです。ああ、またこの人は騙されてしまうんだな、そういう顔してるもの、と見てるこちらは呑気に思ってしまいますが、そのような騙される人物の行動原理が物語を展開させるためだけに利用されてしまっている、というところに詐欺問題の大いなる問題が潜んでいると私は思うのですよ。

つまり、詐欺は加害者を断罪すればそれでおしまい、被害者も金が返ってくればそれでよし、という能天気さ。この能天気さはテレビで1時間夢物語を見て憂さ晴らしをしたい人には効果があるのかもしれませんが、まさにそこにこそ詐欺問題の奥の奥の恐ろしさがある。

被害者にも問題があるのにそれらすべて閑却してしまうのは片手落ちもいいところでしょう。しかし、その片手落ちをおそらく作り手も受け手である視聴者も片手落ちと感じていないことが恐ろしいのです。

これまでの4話で騙された人物はおそらくラストシーンのあとも再び新しい悪人の甘言に騙されて金を取られるはずです。問題は何も解決していない。それ以前に、彼らの問題を「問題」とは作り手も受け手も少しも考えていない。

希望はあります。

第1話の被害者は他でもない主人公です。だから、小籔千豊演じる彼が再び騙されることによって、「なぜ詐欺の被害者は騙されるのか」という究極の問題に取り組んでほしいのです。

そこを描かなければドラマじゃない。






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