聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

第21節 バレンシア1-4レアル(まるで鵺のような)

何だかよくわかりません。

バレンシアのホーム、メスタージャの乗り込んだ昨日の試合。レアル・マドリードは快勝しましたが、どうにも妙です。


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私は惨敗してジダンが解任されるとばかり思ってたんですよ。

だって、直近の試合、国王杯の準々決勝レガネス戦で、ローテーションを採用するという愚を犯してホームで逆転負けを喫したじゃないですか。

当然のようにジダンの解任論も浮上しました。私はすぐにでもクビにすべきだと主張しましたが、フロレンティーノ・ペレスはもうちょっと我慢することにしたようですが、これだけ周囲の雑音がうるさい状況で相手がバレンシア、しかもアウェーということを考えると惨敗するんじゃなかろうか。これを機にペレスも解任ということを本気で考えるんじゃないかと。

それが蓋を開けてみると、開始早々から前から激しくプレッシングに行くなど完全にレアルが支配してしまいました。モドリッチとクロースの両インサイドハーフが絶好調で中盤を制していましたね。失点の前後15分くらいはバレンシアでしたが、それ以外は文句のつけようのない完勝。

レガネス戦はダイジェストしか見てないし、一番よくないと思ったのはジダンのローテーションだと思ったのでチームがどういう連係状態だったか知りませんが、メンバーがだいぶ入れ替わったとはいえ、また、パスの出し手と受け手の息が合ってない場面が多く見られるとはいえ、それでも見ていて楽しいサッカーを披露してくれました。

しかも、モドリッチなどが、

「ジダンの手腕を疑うなど笑止千万」

みたいなコメントを出していて、ジダンの采配に選手から非難の声が上がっているのかと思いきや、逆に解任論が浮上したために一枚岩になっている印象さえあり、ずっと応援しているチームなのにものすごく不思議な印象。これだけのサッカーを見せてくれたのならパリ・サンジェルマンも恐るるに足らず! と思えるのはいいじゃないかと思う一方で、何となく解せないというか、怒りを感じさせられたりスペクタクルに興奮したり、このチームはいったいどっちの顔が本当なんだろう、とまるで鵺を見るような気分なわけです。

確かなのは、ベンゼマがいないとクリスティアーノ・ロナウドはやはり生きてこないということと、BBCの復活によってイスコは完全に控えに回されるだろうな、ということですね。もしベイルが怪我したらアセンシオを右ウイングとして使えば問題なし。そしてケイロル・ナバスはやはり一流のキーパーだということ。

それにしても、国王杯ではローテーションを採用することはできても、リーガとCLの場合はなかなかできないでしょう。そのほうがいいのか?

あと残されたタイトルはCLのみ。ここでジダンの首が繋がったのは是か非か。答えは2月14日(日本時間の15日早朝)までわかりませんね。

ジダンを解任せよ!

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国王杯で、レガネス相手に1stレグを0-1で勝利しながら、今日のホーム戦を1-2で落とし、アウェーゴールの差で敗退の憂き目に遭ったレアル・マドリード。

もうジダンを即刻解任すべきと私は考えます。

まず、招集メンバーに疑問。

ローテーションをなぜ採用したのでしょうか。それもクロース、ベイルに代えてイスコ、アセンシオだけならわかりますよ。キーパーもケイロル・ナバスのほうが安心とはいえカシージャにもチャンスを与えたいのもわかる。

でも、もうリーガは4位以内に入ることが目標になってしまってるのだから、負けたら終わってしまう国王杯でなぜ昨季のような大胆なローテーションを採用したのかさっぱりわかりません。

昨季はチーム全体の調子がよかったからうまく行ったけれど、今季は最初から調子が上がらないからあまり控えの選手を使ってないじゃないですか。だからレギュラー組と控え組の力の差がありすぎるんですよね。フエンラブラダみたいな超格下相手なら何とかなるでしょうが(それでもホームでは引き分け)レガネスはいま1部のチームですよ。何が起こるかわからないのだからレギュラー組主体で招集メンバーを選ぶべきだったと思います。カンテラのテヘロを招集とか意味がわからない。

それからスタメン。

まず、アクラフ。

得点することより失点しないことのほうが重要な試合で、なぜ守備に不安のあるアクラフを起用したのか少しも理解できません。カルバハルを休ませたかった? それはわかるけれど、それならナチョを右サイドバック、バランとセルヒオ・ラモスのセンターバックでよかったんじゃないですか。正直に言えばナチョだって休ませたい。でも、そんなこと言ってられる状況じゃないでしょう。

マルコス・ジョレンテもいい選手なんでしょうけど、あまり使ってもらえてないためチームにフィットしていないようで、しかも失点しないことが重要な試合なのだから、普通にカゼミーロを使うべきでした。

ただ、ある程度のローテーションは必要だと思うので、クロースに代えてイスコ、ベイルに代えてアセンシオ、マルセロに代えてテオぐらいの変更はあっていいと思いました。

クリスティアーノ・ロナウドに関しては負傷の回復具合がまったくわかりませんが、ただの傷だったのなら先発させるべきだったと思います。

彼は先日のデポルティーボ戦で久しぶりにゴールを挙げたわけでしょう? 何度もシュートを失敗したあとの「ロナウド・コール」に応えての2ゴール。この調子を維持させるには、試合に出したほうが絶対よかった。しかも今日もホームじゃないですか。

だから、私の考える今日のスタメンはこうあるべきでした。

GK:カシージャ
DF:ナチョ、バラン、セルヒオ・ラモス、テオ
MF:モドリッチ、カゼミーロ、イスコ
FW:アセンシオ、ベンゼマ、クリスティアーノ・ロナウド

ベンチには、
GK:ケイロル・ナバス
DF:カルバハル、マルセロ
MF:マルコス・ジョレンテ、コバチッチ
FW:ルカス・バスケス、ベイル

これだと、勝ち越されたときのスーパーサブとしてベイル、ルカス・バスケス、マルセロが使える。

今日の控えにはどうしてもあと1点が必要なときのスーパーサブがいなかったですよね。イスコやアセンシオ、ルカス・バスケスを先発させる以上は、どうしてもベイルぐらいの控えがいないと。だって、何度も言いますが負けたら終わりなんですから休ませていられる状況ではない。しかもまだシーズンの中盤でしょう? そこまで躍起になって休ませる必要がどこにあったのか。

せっかくデポルティーボに7-1で勝ってチーム状態が上向きつつあったのに、そこへ水を差す大失態。

もう1月26日ですが、ジダンは相変わらず現有戦力で充分と考えているようで、それもどうかと。

ベンゼマが復帰したとはいえ、やっぱりモラタぐらいの控えCFが必要だし、右サイドバックも必要でしょう。アクラフではなくナチョを右サイドバックの控えと考えるなら、センターバックの補充も必要になってきます。ただでさえセルヒオ・ラモスは退場が多いし。

とにかく「負けたら終わり」という切羽詰まった状況で「ローテーション」などというぬるいことを考えた罪は重すぎるほど重い。

このままでは絶対にパリ・サンジェルマンには勝てません。
すぐに監督の首を替えたほうがいいと思います。

『フレンチ・コネクション』(スマートな自己言及映画)

泣く子も黙る名作中の名作『フレンチ・コネクション』。

私はユング心理学を援用した比較神話学で脚本の書き方を学んだ人間なので、映画を見るときもそういう観点から見ることがあるのですが、この『フレンチ・コネクション』はその意味でも類まれな面白さをもった映画といえると思います。

ユング心理学(そのものを学んだわけじゃないので頓珍漢なことを言っているかもしれませんが)では、「身体」「心理」「感情」、そしてもうひとつ「霊」というところから人間を考えるそうですが、私は「霊」に関してはそういう映画じゃないかぎりは無視しています。

「身体の物語」
「心理の物語」
「感情の物語」

この3つの側面からこの映画を眺めてみると・・・

①身体の物語
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何といってもこの映画はこのカーチェイスのシーンが有名です。麻薬密輸グループを逮捕しようと躍起になる主人公ジーン・ハックマンが相棒のロイ・シャイダーと協力して組織の頭目フェルナンド・レイを逮捕しようと奮闘するのが物語のあらましです。

カーチェイス以外にも、中盤に素晴らしい尾行のシーンがあったり、この映画は身体の物語、つまり「アクション映画」として出色の出来栄えです。



②心理の物語
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問題解決のための謎を解くのが「心理の物語」だそうで、俗っぽい言葉で言うと「サスペンス」とか「ミステリ」ということになります。
この映画では、密輸グループが車をやり取りしていることを突き止めたジーン・ハックマンがいったい車のどこに麻薬を隠しているのか、それを突き止めるのが「心理の物語」です。



③感情の物語
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だいたい映画における感情はほとんどが恋愛として描かれますが、同性同士の友情物語の場合もあります。
この映画における「感情の物語」はちょっと特殊で、ソニー・グロッソという役者が演じる財務省の役人とジーン・ハックマンとの確執がそれに当たります。ソニー・グロッソはかつて懇意だった刑事がジーン・ハックマンのせいで死に追いやられたと恨んでおり、二人は何かにつけて諍いを起こします。


④逆転!
この映画は、ジーン・ハックマンとロイ・シャイダーが自分たちで見つけたヤマを解決できるか否か、つまりフェルナンド・レイを逮捕できるかどうかの物語であり、そのために尾行やカーチェイスを経てラストの銃撃戦に至ります。

「心理の物語」はすでに解決されています。「感情の物語」は最初からほとんど味付け程度の意味しかもっていません。だから「身体の物語」にさえケリをつけてしまえばいい。

が、ここで驚くべきことが起こります。

ジーン・ハックマンが「フェルナンド・レイがいた!」とばかりに発砲したら、命中はしたもののその男は何とソニー・グロッソであり、即死していました。それに気づいたロイ・シャイダーは意気消沈してしまいます。でもジーン・ハックマンは少しも驚くことも慌てることもなくフェルナンド・レイを追い求めるところで物語は幕を閉じます。

フェルナンド・レイを射殺していれば「身体の物語」に首尾よく終止符を打てました。それがこの映画の眼目だったはずです。なのに、フェルナンド・レイは逃げ延びてしまうため「身体の物語」は終わりません。(だから「身体の物語」に終止符を打つべく続編が作られます)

しかし、なぜでしょうか?



⑤自己言及
フェルナンド・レイを射殺してしまえばすべて丸く収まったはずですが、しかしそれだと「目的のためには手段を選ばない刑事」に対する批判的な目がなくなってしまいます。

同年に作られた『ダーティハリー』も目的のためには手段を選ばない刑事を描いていましたが、『フレンチ・コネクション』の作者たちは、当時流行り出したそういう刑事ものへのアンチテーゼを打ち出した、というのが私の見立てです。おそらく無意識に。

「身体の物語」に終止符が打たれるはずが、アッと驚く逆転によって、味付け程度だったはずの「感情の物語」が一気に前面に出てきます。
はたして、ジーン・ハックマンは本当にソニー・グロッソとフェルナンド・レイを間違えたのか、それともソニー・グロッソだと確信してどさくさまぎれにわざと撃ち殺したのか。

真相は誰にもわかりません。しかし、それまでのジーン・ハックマンの言動から察するに「わざと」の可能性は大いにあります。ロイ・シャイダーの疑惑の目にも注目したい。(この疑惑の目も「感情の物語」ですね。一枚岩だった二人に初めて感情的な亀裂が入る)

この逆転は、「身体の物語=アクション映画」を楽しみに来た観客に対してほとんど喧嘩を売っているとさえ思えます。最後の最後で「この映画はアクション映画ではなかったんですよ~」と言っているんですから。

凶悪犯が急増した70年代初頭、「はたして目的のためには手段を選ばない刑事」は許される存在なのか、とこの映画は観客に問うてきます。おそらく、ソニー・グロッソが懇意だった刑事はジーン・ハックマンの「俺は法の執行者なのだ」という傲慢で身勝手な性格のせいで死んだのでしょう。

そして、ラストシーンに至って、ジーン・ハックマンはそれを責めたてるソニー・グロッソをももしかしたらわざと殺したかもしれない。いったい何が正義なのか。正義を標榜しすぎるから悪がより凶悪になるんじゃないのかというメッセージも読み取れます。

だから、この『フレンチ・コネクション』は「刑事映画を批評する刑事映画」なのです。ヌーヴェルヴァーグのように直截的なやり方ではなく、もっとスマートなやり方で作られた「自己言及映画」と言えるでしょう。


⑥伏線
最後に、ラストの疑惑の一発の銃弾には伏線がありますよね?


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フェルナンド・レイの手下に狙撃されそうになったジーン・ハックマンが彼を執念深く追いつめて射殺するシーン。あの有名なカーチェイスの直後です。

このエピソードは、ジーン・ハックマンと狙撃犯との「身体の物語」です。撃たれそうになった者が、逆に撃ち殺してこのエピソードは終わります。

が、このエピソードには「心理の物語」もあります。それは、列車に乗った狙撃犯をどうやって追うか、というサスペンスです。ジーン・ハックマンは迷うことなく一般市民の車を強奪して狙撃犯を追います。

「心理の物語」としての解決にはなっていますが、この「一般市民から車を強奪する」という主人公の行動=キャラクターが、映画全体の「感情の物語」を読み解くカギになっているところも素晴らしい。


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アーネスト・タイディマンの脚本、しびれます。

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