聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

UEFAチャンピオンズリーグ準々決勝以降を大予想!

我がレアル・マドリードが9季ぶりにベスト16敗退という憂き目にあったので、あまり真面目に考えるつもりもないんですが(ダゾーンも解約したし)とはいえ毎年の恒例なので予想してみました。

しかし、一番負けてほしかったバイエルンがリバプールに負けたというのは痛快無比。パリ・サンジェルマンも消えたし、これでバルサが優勝さえしなければマドリディスタとしては言うことなし。

何でも今年は準決勝の抽選がないとかで、それはちょっと面白味が薄くなった感は否めませんが、まぁよろしい。

では私メの予想を。


×アヤックスvsユベントス○
○リバプールvsポルト×
×トッテナムvsマンチェスター・シティ○
×マンチェスター・ユナイテッドvsバルセロナ○



これはもう衆目の一致するところのような気がします。番狂わせがあるといいんですが。シティが負けるとか、バルサが負けるとか。ないか。

では、この結果、準決勝はどうなるかというと、


×マンチェスター・シティvsユベントス○
×バルセロナvsリバプール○



やはり、ユベントスはゴールマシン、クリスティアーノ・ロナウドの加入が大きいようですね。おかげでレアルは弱くなっちゃった。今日、第2次ジダン政権の幕開けですがどうなるか。

それより、バルサとリバプールといえば、06-07シーズンにベスト16で当たり、今回と同じようにバルサのホームで1stレグを戦ったんですが、確か1-2で負けて敗退に追い込まれました。翌シーズンから必ずこのラウンドは勝ち上がり、今季で12シーズン連続のベスト8だそうで、それはともかく、またリバプールの前に敗退しそうな予感。これは決して願望にあらず。相手がどこでも1stレグをホームで戦わないといけないわけで、これでは2ndレグをホームで大逆転する最近のお家芸が披露できない。たぶんリバプールが勝つと思う。

というわけで、決勝カードはこうなる。


リバプールvsユベントス

 
お互い、「クリスティアーノのレアル」の前に準優勝で涙をのんだチーム同士。

私はリバプールに勝ってほしいですが、どうなりますか。

(そういえば来季からアウェーゴール・ルールがなくなるとか。となると延長、PK戦が増えますな。他の決着のつけ方を考えてもらいたい)





『グリーンブック』(いったい俺は何者なのか!)

今年のアカデミー作品賞受賞作『グリーンブック』を先週末に見ましたが、何とも味わいの深く、満腹で万福な感覚を映画で久しぶりに味わわせてもらいました。
以下の文章は感想ではなく、ただの「日記」です。


greenbook4

『グリーンブック』の絶妙な人物設定
マハーシャラ・アリが演じるドクター・シャーリーという実在の黒人ピアニストは、ヨーロッパで育ったというだけあってフライドチキンの食べ方も知らない高貴な人間で、ヴィゴ・モーテンセン演じる教養がなく粗野なトニー・リップという運転手兼用心棒とは好対照です。

白人相手にピアノを弾く彼は、招かれたレストランで食事をすることを許されない。ロバート・ケネディとも親交があり、日夜白人を喜ばせている彼は同胞であるはずの黒人から快く思われていない。それに加えて映画では軽く触れられるだけですが、ゲイであるがゆえに「男ではない」というふうにも思われている。

それはトニー・リップも同じで、「イタリア系は半分黒人だからな」という差別発言に対し思わず手が出て逮捕されますが、彼もまた「白人でありながら白人ではない」という微妙な立場にいます。


「私はいったい何人なのか!」
画像が見つからないのが残念ですが、この映画で一番の感動ポイントは、それまでトニーに「暴力はいけない」「常に毅然とした態度でいなくては」と説くドクター・シャーリーが、「白人の中では黒人扱いされる。黒人には白人のように爪はじきにされる。私はいったい何人なのか!」と迫害される者の正直な心情を吐露する場面です。これについて異論をはさむ人はほとんどいないでしょう。(ラスト近くで車を止めた警官がまったく差別意識のない人で、「あの時代のアメリカ南部にはああいう人もいたんだ」と胸が熱くなったりもしますが)

いまだ『グリーンブック』の余韻に浸る今日この頃ですが、この「私はいったい何人なのか!」という心の叫びが胸につっかえたままでした。単に映画に感動しただけではないこの感覚は何だろうと思っていたんですが、やっと気がつきました。私自身が同じようなセリフを書いたことがあるのです。


『非国民』
ちょうど10年前ですが、『非国民』というタイトルの脚本を書きました。一言で要約すると「サッカー日本代表の中心選手がワールドカップ開幕直前に代表を辞退したために日本中から非国民扱いされる話」でした。

バルバロイ那覇というクラブに所属する主人公佐藤不二雄が、沖縄とアイヌと在日の差別に直面し、「日本とは何ぞや」と考えざるをえなくなり代表を辞退するんですが、それが原因で殺されます。そしてさらなる悲劇が起こります。不二雄の代わりに代表入りした選手はブラジルから帰化したマリオという男なのですが、このマリオが2014年のFIFAワールドカップ・ブラジル大会の開幕戦で大活躍して日本はブラジルに勝つ。しかし、そのためにかつての同胞から「HIKOKUMIN!」と罵られ、試合の翌日に自殺します。

大混乱の中でも大会は進行し、ポルトガルが優勝するという筋書きでした。優勝チームの主将も元ブラジル人でインタビューで叫びます。

「私はインディオの血を引くブラジル人だったが、わけあってポルトガルの国籍を取得した。私はいったい何人なのか! マリオは自殺した。不二雄は殺された。いったい誰が殺したのか! 私たちだ。私たちが殺したのだ……」

ずっと忘れていたセリフを思い出しました。「私はいったい何人なのか!」

私自身が似たような感覚に襲われるときがあります。いったい「どちら側」の人間なのか、と。

私は人と違うことを好みますが、「それは普通の日本人っぽくない」とよく言われます。
年相応だと言われることもありますが、実年齢より老成していると言われたこともあるし、子どもっぽいと言われることもあります。
東京生まれの神戸育ちのため、東京弁も関西弁も喋れます。「出身地」はいったいどちらなのか、よくわかりません。
高卒なのに大卒にしか見えないと言われます。学歴を鼻にかける人からは高卒のくせにと蔑みの目で見られます。
「おまえのようにたくさん知識のある奴は知ったかぶりをするのが普通なのに、おまえはそうじゃない」と言われます。その一方で、親譲りの天然ボケのためか「頭がいいのか悪いのかぜんぜんわからない」と言われます。
映画作りを目指す友人からは「批評なんかするな」と言われます。批評家の知り合いからは「物語を作れるなんて驚異の一語」と言われます。
ホワイトカラーの人たちのブルーカラーを蔑む気質が好きになれません。なのにブルーカラーの人たちといると自分だけ異質な気がします。「あなたは私たちの仲間ではない」という視線を感じてしまう。


いったい俺は何者なのか!

あのマハーシャラ・アリの絶叫に多くの人が感動するのは、人間がみな「我々はどこから来てどこへ行くのか」を追究する存在だからでしょう。

差別とは人間をジャンル分けすることです。

性別
年齢
人種
国籍
学歴
出生地
現住所
家族構成
年収

などなど、差別する気などなくても、人は自分以外の人間をジャンル分けして暮らしています。

そして、どちら側でもある人間がおそらく一番苦しい。

そうか、『非国民』とはそういう物語だったのか。

自分で書いたくせにいま初めて知りました。


greenbook1


『スパイダーマン:スパイダーバース』(垂直ヴィジュアルの妙味)

アニー賞を獲ったとかアカデミー賞を獲ったとか、それだけの理由で見に行ったのでどんなお話なのかまったく知らず、そのためにあまり乗れなかった『スパイダーマン:スパイダーバース』。

話には乗れなかったけど、存分に楽しみました。

まず、ピーター・パーカーの語りから始まって、すぐマイルスという少年に話の焦点が移り、いったいどっちの話なのかと思っているとピーター・パーカーが死んでしまう。なるほど、『エグゼクティブ・デシジョン』みたいなのを狙ったのかな、と思っていたらば、何とピーター・B・パーカーというスパイダーマンが出てきて、このあたり乗れませんでした。中盤で、並行世界のスパイダーマンが集結しているというのがわかって、あ、なるほど、そういう世界観なのね、とは思ったものの、前半で乗れなかったツケで物語には最後まで乗れませんでした。というか、あまり大した話じゃなかったような……?

それよりも「垂直方向を意識したアクション」がとても気に入りました。

こんなのとか、
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こんなのとか、
spiderverse4


こんなのも。
spiderverse1

何か似たようなアングルばかりですが、ほしい画像が見つからなくて。

サム・ライミの『スパイダーマン』シリーズがどうだったか定かには憶えていないんですが(『アメイジング・スパイダーマン』にいたっては1本も見てません)この『スパイダーマン:スパイダーバース』はアクションも垂直方向なら、人物の配置もできるだけ垂直の関係になるように設計されています。

ある高名な脚本家から教わった大切なことのひとつに「垂直方向のアクションを意識せよ」というのがあって、この映画はまさにそれを実践しているとうれしくなりました。

壁に張り付いた状態で会話するシーンがたくさんありましたけど、絶対に人物を水平方向に並べず、垂直の関係においていました。だからカットバックするには、思いきり仰角か思いきり俯瞰か、ということになる。ビジュアルがとてもよかった。

先月公開された『アクアマン』。あれは水中ばかりだから仕方ないのかもしれないけれど、水平方向の人物配置やアクションになっていましたよね。

こんなのとか、
1015376_02


こんなの。
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話を『スパイダーマン:スパイダーバース』に戻すと、玉に傷なのが、大乱闘になると、いったい何が起こっているのかよくわからなくなること。私は70年代のアメリカ製アクション映画が大好きなんですが、あの頃の映画ってちゃんと何が起こっているかはっきり見せていたしいまの映画に比べたらゆっくりしたアクションだけれど、それで充分だった。いまのアクション映画は見せ方が派手すぎて好きになれません。

とはいえ、「垂直」を常に意識したこの『スパイダーマン:スパイダーバース』は超美味な映画でございましたことよ。


アート・オブ・スパイダーマン:スパイダーバース (SPACE SHOWER BOOKS)
ラミン・ザヘッド
スペースシャワーネットワーク
2019-03-01



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