2019年04月21日

見てきました。『マネー・ショート ~華麗なる大逆転~』のアダム・マッケイ監督・脚本によるアカデミー賞候補作『バイス』。(以下ネタバレあります)



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ソックリさん大会と爆笑場面
チェイニーのことは名前と子ブッシュ政権のときの副大統領だったことぐらいしか知りません。ラムズフェルドがフォード政権時に史上最年少の国防長官だったというのもこの映画で知ったくらいでして。

それにしてもソックリさん大会みたいなこの映画、ラムズフェルドだけは似てませんが、チェイニーも子ブッシュもパウエルもライスもみんな激似で笑いましたが、映画そのものに笑えたかというとそれほどではなかったかな。サム・ロックウェルによる子ブッシュはあまりに似てて素晴らしかったけど。

一元的執政府理論を弁護士から聞いてニヤける場面のストップモーションは爆笑でした。「法律の解釈次第で何でもできるぜ!」なんつーのはいまの日本にも通じるアクチュアルな問題ですね。ほんと、法律なんて悪い奴のためにある。


子煩悩な一面はカットすべき
政治か娘かの選択を迫られたときに娘を選択し、それが原因で政治から引退し、幸せに暮らしましたとさ。という架空のエンディングもよかった。突如クレジットが流れる場面はあの伝説の『シベ超』を想起したほど。

ただ、その「政治か娘か」という選択で娘を選び、子ブッシュが同性婚に反対しているけど自分はその政策には同意できないという子煩悩な一面を見せるチェイニーですが、娘に関連した「いい親父さん」のエピソードはすべてカットしたほうがよくないでしょうか。

それでは事実を歪曲したことになる? いや、でも、冒頭で「かなり忠実にしたつもり」みたいなふざけたテロップが出るから少々いいんじゃないですかね。『ビューティフル・マインド』だって主人公の同性愛とか奇行にはまったく触れてなかったし。(批判もありましたが)

viceという英単語には「副」という意味の他に「悪徳」「邪悪」という意味もあるらしいので、子煩悩な一面とか全面カットして、大統領独裁の礎を築いた「世紀の悪徳副大統領」という側面だけで押したほうがよかった気がします。


ナレーターの正体
冒頭からある人のナレーションで話が進みますが、最後のほうでナレーターの正体が明らかになります。心臓発作で倒れたチェイニーに心臓を提供したドナーだと。これ、ぜんぜん面白くないですよね。ドナーはあくまでも死後に関係性が生じるだけで逆に言えば生前は何の関係もない人。そんな人に大事なナレーションを任せるんですか? ありえない。

イラク戦争のせいで自殺した兵士にするとか、富裕層を優遇したせいで失業した貧困サラリーマンにするとか、「チェイニーのせいで不幸になった人」にするという手もありますが、それはシリアスドラマならの話。

ブラックコメディなんだから、チェイニーのおかげで大儲けした人・幸せになった人をもってくるのが最善手じゃないでしょうか。最後にハグしてジ・エンドとか。かなり笑えたと思う。


役者のアンサンブル
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『マネー・ショート』と同じく、役者のアンサンブルで魅せようという映画ですが、ちょっと散漫になってませんかね? クリスチャン・ベイルが主役なのはわかるんですが、やはりソックリさん大会の意識のほうが高いのか、芝居というより物真似になってる気がする。

一番人々が知らない奥さんをデフォルメするのがいいと思ったんですけどね。でも、マクベス夫人の出来損ないみたいな役柄で、しかもエイミー・アダムスにマクベス夫人は荷が重いのでは? ジェニファー・ローレンスならもっといろいろできたと思うんですが、それはそれでシナリオの書き直しとか大変そう。

アダム・マッケイ監督には、『俺たちニュースキャスター』『アザー・ガイズ!』みたいなハチャメチャコメディをまた撮ってほしいニャ。こういうのも悪くないけど、ちょっと肩に力が入りすぎな気がします。『マネー・ショート』はいい塩梅だったんですけどね。


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『マネー・ショート』(華麗なるアンサンブル!)





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2019年04月20日

中島貞夫監督の20年ぶりの新作『多十郎殉愛記』を見てきました。


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伊藤大輔という名前
まず最初の「伊藤大輔監督の霊に捧ぐ」との言葉にグッときましたね。といっても私は語れるほどには伊藤監督の作品を見ていませんが。(一番好きなのは『下郎の首』かな)

「移動大好き」と名前をもじっていじられていたくらい移動撮影が好きだったというのは知っていますが、この『多十郎殉愛記』でも移動撮影がとても多かった。横移動もありましたが、見ていて一番グッときたのは、人物をフルショットくらいで捉えて、そこからジワリと前進移動で寄っていく画をカットバックした場面ですかね。何回かありました。主に長屋で。


東映京都スタッフの底力
伊藤大輔がどうのこうのよりも、東映京都スタッフの底力に戦慄しました。
長屋の奥まったところに多十郎が帰ってくる場面。明らかに白昼に撮っているのに夕景に見せる撮影・照明スタッフの力!
録音もよかった。私は松竹京都に属していた人間ですが、応援で東映の人が来てくれたりしまして噂は聞いていました。ご一緒したことはありませんが、「松竹の録音部はダメ。東映のほうが段違いにすごい」と先輩が言ってました。映画録音の要諦は「芝居を録ること」に尽きますが、何でもない足音や衣擦れの音にも情感がこもっています。音楽と画のリズムが合いまくりなのは逆に違和感がありましたけど。合わせすぎな感じがちょっと、ね。


中島貞夫の演技指導力
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高良健吾も多部未華子もキャリア最高の芝居を見せてくれます。特に多部未華子の凛とした佇まいと柔らかな物腰が印象的。中島貞夫監督の類まれな演技指導力の賜物でしょう。


肝腎の物語は……
しかしながら、肝腎の物語はどうしたことでしょう。少しも感動させてくれません。

何よりも「主人公・多十郎が何をしたいのか」がまったくわかりません。

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最初はこうやって刀の柄を盾にしてばかりなので、暴力に嫌気が差した設定なのかと思いました。でも非暴力の思想をもった主人公で暴力にまみれた幕末を描くことが可能なのか、いや、でももし描き切ったらすごいことになるのでは!? もしかすると「夏みかん」はその象徴なのか! などと期待したんですが、結局、多十郎はちょうど半ばあたりで刀を抜きます。

その前に、多部未華子が刀を抜いたら竹光で「侍の魂はとっくに売ってしまった」みたいなことを言って多部は号泣してしまうのですが、実は本身を隠し持っていて手入れを欠かさない。で、抜刀隊に周りを囲まれたときに刀を抜くんですが、本身と竹光をすり替えるトリックがいったい何のためなのかさっぱりわかりません。多部未華子を欺くんじゃなくて抜刀隊や新選組を欺かないといけないのでは?

そもそもの問題として、多十郎は長州を脱藩した素浪人で、天下国家を論じるよりも夏みかんの絵を書いているほうがいいという男。そりゃ幕末にだってそういう侍はいたでしょうが、結局彼は何のために戦っているのでしょうか?

最後に駆け込んだボロ屋に僧侶とその女がいて、「天下国家のためか? 金か? 女か?」と訊かれ、すぐに多部未華子を思い浮かべるのですが、別に彼女のために戦っていたわけではないですよね? 結局、寺島進との決闘にも敗れ、自分がお縄になることで多部未華子と目をつぶされた弟は生き延びられるわけですが、別に最初からそういう目的で戦っていたわけではない。長州を脱藩したというだけで付け狙われていただけ。つまり、主人公は常に受け身で、主人公から積極的に起こすアクションがない。

多十郎はすごい剣士なのになぜあんなふうに落ちぶれたのかも結局答えが示されないし、何だかよくわからないままに終わってしまいました。

中島貞夫監督といえば、『沖縄やくざ戦争』という煮えたぎるような思想の詰まった傑作がありますが、この『多十郎殉愛記』には何もなかった。

すべての映画に思想がないといけないとは思いません。中島監督の作品にも『狂った野獣』『脱獄広島殺人囚』という思想とは縁のない傑作がありますし。

しかしながら、幕末というイデオロギーと暴力が結託した時代を扱うにあたって、無思想の人物を主人公に据えるというのはやはり無理があります。


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2019年04月15日

『5時に夢中!』エンタメ番付1月場所で中瀬親方が大絶賛していた松本剛さんの『ロッタレイン』をやっと読むことができました。(以下、ネタバレあります)

だいぶ想像と違う内容でいい意味で裏切られました。

だって、大人の男が血のつながってない13歳の妹と出逢って……と聞くと、『ロリータ』みたいなのを思い浮かべるじゃないですか。

しかもその少女の外見はこんなんだし。↓



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しかも我らが主人公はこんなちょっと風采の上がらない男だし。↓


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だから、30歳の男が13歳の少女に恋してしまうも、少女の魔性に振り回されてひどい目に遭う物語なのかな、と思ってました。私の好きなフィルムノワールってそういうお話が多いし。

でも、この『ロッタレイン』は大人の男と年端のいかない女の子との「純愛」を描くんですね。これは相当にハードルが高い。


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最初はこんな感じの出逢い方で、だから主人公がひどい目に遭う話かと予想したんですが、彼女(初穂という名前)にとって主人公は本妻の息子で、お妾さんの娘である初穂にとっては「正しい側の人間」なんですね。学校では「二号の子ども」と後ろ指さされてひどいいじめを受けているし、主人公が自分たちを恨んでいるに違いない。だからつっけんどんな態度を取る。

でも二人はある事件をきっかけに急接近します。


あやうい女心
初穂のクラスメイトでモテ男の奥野にいきなりキスされるんですね。最初は受け入れているのかと思いきや、現場を目撃した主人公が怒り狂って殴り飛ばす。ここは嫉妬もあるんでしょうが、主人公は過去にとんでもないパワハラ上司と自分の恋人が浮気している現場を目撃しており、そのことが脳裏をかすめてあのような暴虐に及んだのでしょう。嫉妬だけならあそこまで突発的な暴力は振るわないと思う。

もともと初穂が奥野のことをどう思っていたのかわからない。その後、「好きじゃない」とはっきり言いますが、いきなりキスするという一件がなければどうだったかはよくわかりません。ともかくも、そのような破廉恥な行為に及んだ奥野を殴り飛ばした主人公と自分のことを初穂は「私たち」と表現するようになる。

しかし、ここですでに二人が相思相愛なのかどうかはよくわかりません。どうしても外見がよくて色気もある少女が、主人公の指先をなめて「もうあんなことしないで」なんて場面を見ると、主人公を幻惑しているだけではないのか、という疑惑が消えてくれません。

最終的に二人は怪文書のせいで東京まで逃げ、そこで二人だけの生活をしようと誓い合うも、初穂だけ父親のもとへ帰る。しかしそれは戦略で、父親が転勤でオーストラリアのパースに行くことになり、それについていくだけ。6年後には帰ってこられる。その6年後のためにいまは離れるのだと。6年たてば正式なカップルとして誰に恥じることもなく堂々と付き合える。

ということに表面上はなっていますが、何か安心できません。

そう言っているだけで、初穂は主人公を裏切るのではないか。意図的ではなくとも、魅力的な子だからパースで知り合った男の子といい仲になって主人公のことなど忘れてしまうんじゃないか。というサスペンスが残ったままです。いわば、宙吊りのままこの物語は幕を閉じます。


憲法と法律
初穂の本心がどこにあるのかは作者にすらわかってないのかもしれませんから、以後はわかることだけ話題にしましょう。

この『ロッタレイン』で思い出したのは「憲法と法律」の違いですね。

「自白は証拠にならない」というのは憲法に書かれているんですが、なぜ刑事訴訟法とかじゃなく憲法かというと、憲法は軸足を国民のほうに置いているから。国民の権利を最大限保障し、権力者の暴走を防ぐのが憲法。逆に、権力側が国民を縛るためにあるのが法律。こういう罪を犯したら何年刑務所に入らねばならないとか。だから「自白が証拠にならない]というは憲法に書かれていないとおかしいことになります。


世間という名の権力
主人公が再就職する運送会社の社長さんはこう言います。

「人を好きになるのは理屈じゃないもんな! 世間とか周りの声とかそういうのはいーの!」

でも、この社長さんは、怪文書が回ってくると態度を変えます。従業員も「こんなの信じてないよ」などと言いながらもはや完全な敵です。

それもこれも、初穂が13歳だからです。主人公がやっていることは「淫行」であり、それは違法であると。

ピエール瀧の事件でも「違法な行為だから」処罰されて当然だという意見が多々見られますが、先述したように、法律というのは権力側に軸足を置いています。世間が権力と一体化して「人を好きになるのは理屈じゃない」という当たり前のことを許さない。世間という名の権力が主人公と初穂を追い詰め、そしてあのラスト。というのがこの『ロッタレイン』のあらましなのですが……


もう一度、初穂の気持ち
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この出逢いのとき、「初穂にとって主人公は正しい側の人間」と言いました。だから「来ないで」と言い、つっけんどんな態度を取る。

ということは、やはり初穂は主人公との6年後の再会を希求しているんじゃないか。

主人公は「間違った側の人間」ですもんね。自分と関係をもてば淫行罪に問われる。それでも彼は初穂と一緒に暮らそうという。そんな主人公に初穂は「自分の側の人間」という気持ちを抱いているはずです。だから「私たち」なのでしょう。

愛人を作り、本妻や主人公を苦しめてきたくせに正義の側の人間然としている父親についてパースに行くというのは、だから絶対ウソとか演技ではない。

と私は思うのですが、ここまで考えても、それでもやっぱり宙吊り感から解放されません。彼らの6年後を実際に見るまでは。

ということは永遠にわからないということ。これから読み返すたびに悶絶してしまいそうな稀有なマンガ体験でした。







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