2019年04月27日

何かツイッターで「平成最後の漢字一文字」というのがバズってるみたいなので私もたまには時流に乗ってみようかと。

平成というといまだに「新しい時代」というイメージがありますが、平成元年は1989年。その年は日本も世界も、そして私個人も激動の年でした。

手塚治虫が死に、美空ひばりが死に、松田優作が死んだ年。
天安門事件があり、ベルリンの壁が崩壊した年。
登校拒否をした年。

浮かんだ漢字を順に列挙すると、

「死」
やはり自殺未遂をしたのがいまだに大きいですね。登校拒否をしたのはいろいろ理由があるのでいまさら細かに言いませんが、自殺願望を抱いたのはあの年が最初。そしていまだに引きずっている。平成になってから「死」を考えなかった日は一日もないといっても過言ではありません。

「映」
そんな私が、映画を見始めたのが平成元年。それまで映画なんてジャッキー・チェン、スタローン、シュワルツェネッガーの映画をテレビの洋画劇場でしか見たことのなかった私が、登校拒否する直前に生まれて初めてレンタルビデオというものを利用し、進研ゼミの赤ペン先生が推薦していた『明日に向って撃て!』を借りてきてあまりの感動に金縛りに遭いました。それ以来、狂ったように映画を見てきました。平成という時代の流れは自分史的には「どういう映画を見てきたか」と完全に重なります。

もっと映画を見たい! 面白い映画を全部見なければ死ぬに死ねない! 
死にたいけれど死にたくないという矛盾を抱えながら映画を見ていました。そしていつしか作りたいと思うようになりました。
はじめの頃はヒッチコック映画ともう1本という2本組でレンタルして見ていました。親父がヒッチコキアンだったからその影響でしょう。生まれて初めて知った映画監督の名前もヒッチコックです。小学校の頃、「映画監督のアルフレッド・ヒッチコックさんが死亡しました」というニュースを見、映画監督とは何かと親父に問うと「俳優にもっとこういうふうに演技してほしいと注文をつける人だ」と答えが返ってきて、そういう人がいるとは知らなかったのでとても驚きました。それから本格的に映画を見るまでにずいぶん時間がかかりましたけど。

「夢」
ヒッチコックは「どう見せるか」に腐心する人だったうえに、映画を見始めたのが幼少ではなかったから、「どういうふうに撮られているか」に注目して見ていました。映画監督やカメラマンなど画面に映っていない人たちが「作っている」ことをすでに知っている年齢でしたから「作り方」に意識が行っていたのです。もしかすると、物語だけに夢中になって映画を見たのは『明日に向って撃て!』ただ1本だけかもしれません。
そんなこんなで京都の専門学校に行って映画作りのイロハを学んだのち、何だかんだで脚本家を目指すことになり「夢」をもちましたが、結局あきらめて都落ちしてきたのがもう3年半も前。平成は大志を抱きながら挫折せざるをえなくなった自分のふがいなさとほぼ一致します。

さて、ここまでつらつらと書いてきましたが、ここまでの文字数が1246文字。所要時間は18分。

というわけで、私の極私的「平成最後の漢字一文字」は……







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原稿用紙3枚ちょっとの文章を18分で書くなんて平成以前の私には絶対にできない芸当でした。本というものを読んだことがなく、新聞すらテレビ欄とスポーツ欄だけであとはマンガばかり。1年に1冊だけ読書感想文を書くために読んでましたが、普段読まないからよくわからないし、感想のもちようもない。もってもどう表現していいか皆目わからない。

そんな私がここまで書けるようになったのは、ひとえに中島らものおかげでしょう。たまたま、19のときに兄貴と本屋に行ったとき、「これ面白いらしい」と勧めてくれたのが中島らもの『しりとりえっせい』という本でした。これが無類に面白かった。物事を斜めから見るコツを教えてくれたのも中島らも。文章術を教えてくれたのも中島らもでした。中島らもの本ばかり読み、気に入ったフレーズは何度でも暗誦できるまで読み返しました。ただ読めばいいというのではありません。「書くように読む」のが大事なのです。ゴダールやトリュフォーたちヌーベルバーグの連中が評論家からすぐ監督に転身できたのは「撮るように見ていたからだ」と言っていました。曲がりなりにもシナリオコンクールで受賞できたのも、ヒッチコック作品を「撮るように見ていた」おかげかもしれません。

こういうことを言うと、中島らもを読めば文章を書くことができるようになるのか。ヒッチコックを見れば映画を撮ったり脚本を書いたりできるようになるのか。と問う人がいますが、そんなわけないでしょう。

文章というのは「文意」と「文体」から成っています。一人の人間が「肉体」と「精神」から成っていても両者を分けることなどできないように、文章から文体だけを取り出すことはできない。文意、つまり内容を面白いと思うことができなければそこから学ぶことはできません。映画も同じ。面白いと思う作品を読む/見ることが大事。何度でもすべて憶えてしまうほど見返す作品に出遭うまで、かなりの作品数を鑑賞しなければならないかもしれません。

だから、私は映画ではヒッチコックとすぐ出逢い、文章では中島らもといきなり出逢うことができたのは非常に幸運でした。
しかし、自惚れを承知で言えば、「面白いものに対する感受性が豊か」だっただけかもしれません。どんな作品と出逢っても学ぶことができたのかもしれない。

いずれにしても、映画の「映」や「夢」ではなく、私にとって平成とは「ひたすら書いてきた30年だった」。それが平成の総括です。今日を含めてあと4日。さて、令和はどういう時代になるでしょうか。


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2019年04月24日

最近、駅までの通勤路の交差点で、小学生相手に「信号を守りましょう」と声掛けをするボランティアの人たちが急に現れまして。新学期だからかな。

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こういう信号のないところでは必要でしょうが、信号のあるところで赤信号では絶対渡るなと言い、渡ろうとした人間に「信号守ってください」とがなり立てるのは、はっきり言って迷惑です。

調べてみると、道路交通法では歩行者も信号無視をすると刑事罰を問われる可能性ありとか。

しかし、実際にそんなケースはないでしょう。私は何度もパトカーや白バイの目の前で信号無視したことがありますが職質を受けたことすらありません。

ニューヨークに行ったとき一番驚いたのは「信号無視」でした。車はもちろん止まりますが、歩行者は青だろうと赤だろうと左右を見て車が来なければ容赦なく渡っていく。外国で赤信号を律儀に守っている東洋人がいたら間違いなくそれは日本人です。

子どもたちに「ルール」を教えることは大切でしょうが、ルールにさえ従えばいいとまで言ってしまっては「思考停止」の人間を産むだけです。

私は左右を見て車が来ていないから渡った。それでも「信号を守れ」というのは「思考停止していなさい」ということです。ボランティアの人たちは違うというかもしれませんが、そうなのです。

大事なのは、そのルールをいまは守るべきなのか、それとも破るべきときなのか、柔軟に考える頭を育てることのはず。

だいぶん前から「考える力」を重視するとか何とか言ってますが、「信号ファシズム」が横行しているようでは日本の未来は暗いですな。




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2019年04月22日

五輪真弓といえば大方の人は『恋人よ』を挙げると思うんですが、あれもまさしく昭和を代表する名曲だとは思います。

でも私はこの『煙草のけむり』をこそ称揚したい。

哀しい歌です。具体的に何を歌っているのかは聴く人の解釈にゆだねられていますが、とにかく旋律が哀しい。

なぜか五輪真弓単独で歌っている動画がないので(あることはあるんですけど、やたら変なふうにアレンジされていて好きになれない)河合奈保子と歌っているこの動画を。




歌詞:五輪真弓

煙草のけむりの中に
隠れて見えない
あなたはどんな顔で
私を見てるの
初めて会ったときも
あなたは煙草をくわえ
そして言った

火を貸してください
僕の暗い心に
火を灯してください
あなたの赤いマッチで

煙草のけむりの中で
あなたは笑って
どうして君はそんなに
いい人なんだと
何も話してはいない
何も見えやしないの
なぜわかるの

火を貸してくれたよ
僕の暗い心に
火を灯してくれたよ
あなたの赤いマッチで

でも私には見えない
あなたの顔が見たい
煙草を吸わないで

煙草のけむりは
いつか消えてしまって
あなたもいつの間にか
いなくなっていた
なぜだかわからない
あれから口癖に
なってしまった

火を貸してください
僕の暗い心に
火を灯してください
あなたの赤いマッチで

火を貸してください
僕の暗い心に
火を灯してください
あなたの赤いマッチで



うーん、切ない。心に沁みます。

煙草やマッチは何かのメタファーなんでしょうか。よくわからないけど、わかる気がする。

最近はメタファーのない歌詞が多いですね。それは「詩」ではなくただの散文。散文=小説が文学の代表として大きな顔をしているのは由々しきことです。

何か話が趣旨と違う方向へそれてきたので、このへんで。



煙草のけむり
Sony Music Direct(Japan)Inc.
2017-08-30




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