聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

小柳ルミ子『お久しぶりね』



いまやサッカー解説者と化してしまった小柳ルミ子。何しろ年間2000試合も見るというんですからね。オフの日は日がな一日見てるとか。睡眠時間を削って見てるとか。アホか。いくら私でも睡眠時間を削って映画を見たりしない。とはいえ、そこまで熱狂できるものがあるのは逆にうらやましい気もする。

さて、そんな小柳ルミ子が歌手であることを知らない若い世代も増えていることでしょう。

ということで、この代表作を。『お久しぶりね』

いい歌というより、なんか「不思議な歌」なんです。





作詞・作曲:杉本真人

お久しぶりね あなたに会うなんて
あれから何年たったのかしら
少しは私も大人になったでしょう
あなたはいい人できたでしょうね

お茶だけのつもりが
時のたつのも忘れさせ
別れづらくなりそうで
何だかこわい

それじゃあさよなら元気でと
冷たく背中を向けたけど
いまでもほんとは好きなのと
つぶやいてみる

もう一度 もう一度
生まれ変わって
もう一度 もう一度
巡り会いたいね

お久しぶりね こんな真夜中に
あなたから電話をくれるなんて
おかしいくらい真面目な声で
私に迫るから眠気もさめた

もしもいまでも一人なら
映画みたいな恋をして
愛を育ててみたいねと
笑ってみせる

それじゃあさよならこれきりと
冷たく受話器を置いたけど
涙が知らずに溢れ出す
どうかしてるね

もう一度 もう一度
生まれ変わって
もう一度 もう一度
巡り会いたいね

もう一度 もう一度
生まれ変わって
もう一度 もう一度
巡り会いたいね


不思議じゃないですか? いまでも好きな人と再会したにもかかわらず素直になれずにまたも別れる羽目になる。という切ない内容の歌なのに、曲調がめちゃノリノリですよね。

ふつうこういう曲ならもっと気分が高揚するような歌詞を作るはずだし、逆にこういう歌詞にするならもっとしっとりした曲にしますよね。不可解。

でも、こういう不可解さがこの歌の魅力だし「切ないけどなぜか気分が高揚する、高揚するけどやっぱり切ない」というドラマを書きたい。と改めて思った次第。「面白うて、やがて悲しき……」というやつでしょうか。


KoyanagiRumiko

あんまりサッカーばかり見すぎないようにね。


第3節 レアル4-1レガネス(まだまだ私は信用していない)

新シーズンに入ってもう3試合目。ヨーロッパ・スーパーカップを入れたら4試合目ですが、感想を書くのは今日が初めてです。何しろ暑さにやられていつもヘロヘロになりながら見ていたものでね。

クリスティアーノ・ロナウドがユベントスへ去るも、フロレンティーン・ペレスの政治力をもってしてもビッグネームの獲得は成功しませんでした。でもそれでよかったんじゃないですかね。


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今季のベスト布陣
ベイルも移籍していたらそんな悠長なことは言ってられなかったでしょうけど、ロナウドがいなくなれば黒子役に徹していたベンゼマがゴールを量産するのは誰の目にも明らかでしたし。今日も2ゴールの大活躍。

スタメンにモドリッチが戻ってきて、これでようやく現チームのベスト布陣となりました。

GK:クルトワ
DF:カルバハル、バラン、セルヒオ・ラモス、マルセロ
MF:モドリッチ、カゼミーロ、クロース
FW:ベイル、ベンゼマ、アセンシオ


何のことはない。ロナウドの代わりにアセンシオが入っただけ。というか、至宝アセンシオをレギュラーとして使えるのだからロナウド移籍はいいほうに作用すると思います。というか、もうしてるし。

モドリッチがやはりワールドカップの疲れが残っているようですが、イスコもいるし、ダニ・セバージョスもいる。セバージョスは開幕戦でスタメンとして活躍してましたから今季はもっと出番が増えそう。問題はマルコス・ジョレンテですね。今日なら3点差あったのだからカゼミーロに替えて試運転させてもよかったと思うんですが。


イスコの使い方
それから、今日はモドリッチに替えてイスコを入れても4-3-3だったと思いますが、先週の試合ではクロースとカゼミーロのダブルボランチでトップ下にイスコという4-2-3-1でしたよね。WOWOWの解説ではなぜか4-3-3と紹介されてましたが。

どうしてもあの布陣だとクロースの位置が下がり目になって、カゼミーロのほうが高い位置にいることも珍しくなく、ビルドアップに問題ありかな、と。カゼミーロ一人アンカーにしたほうが、彼が奪ってインサイドハーフの二人に預けてそこから前線の3人へ、という流れがスムーズだと思います。先週のイスコは半分以上消えてましたよね。トップ下にこだわらなくていい。今日の形でいい。ただ、カゼミーロが使えないときはモドリッチとクロースのダブルボランチのほうが安定すると思いますが。


ゴールキーパーの不安
キーパーはどうなんでしょう。最大の補強が過剰人員のポジションというのは理解できません。確かにアトレティコに負けた試合を見るとケイロル・ナバスでは不安というのもわかりますが、彼にはこれまで何度も助けてもらっているので干すような形になるのはかわいそう。

かといって一番高い買い物をしたペレス会長に反旗を翻すわけにもいかないだろうから、開幕2連勝といういい流れなのにキーパーを替えるという危険なことをせざるをえなかった。ロペテギにしてみればどちらかが大チョンボか大活躍してくれたらはっきり決められるんでしょうけど。

キーパーといえば……


ティキタカ・レアル?
先週までのナバスはどういうゴールキックを蹴っていたか忘れてしまいましたが、今日のクルトワはロングボールを一切蹴らずに短くつないでいました。しかも、巷では「バルサよりレアルのほうがパス本数も成功率も高い」というのが話題になっているようです。でもそれに何の意味があるのかよくわかりません。

ペップ時代のバルサは本当の意味でのティキタカだったと思うんですよね。短くパスをつないで相手の一瞬のずれを見逃さずに狭い中央の隙間を通すスルーパスでゴールゲット!

でも、今期のレアルは私が中学時代にやっていたような、サイドに散らしてセンタリング、あるいはそれが無理ならバックパスで戻して最終ラインで戻してサイドチェンジしてセンタリング、それが無理ならまた戻して……というもの。

確かにこれでも相手のマークはずれますから、1点目のようにカルバハルがフリーでヘディングでのアシストができたりする。でも、ティキタカとは言えないのでは? というか、オシムさんだって「ティキタカはもう古い」と言っていたし、もっと縦に速いサッカーでいいんじゃないのかな。今日の前半、ボール支配率86%と出ましたが、結局ハーフタイムの時点では1-1の同点。支配率がどうであろうと得点で上回らないと意味がないのに何を言ってるんだろうと。

そりゃ支配し続けたからレガネスの中盤以下みんな足に来て最終的に4-1までもっていけましたけど、前半の後半は解説者が言っていたように「回しているというより回さされて」ましたからね。

それに昨季のいまごろは「ボールがゴールに入りたがらない」とジダンがぼやいてましたが、いまは幸運にも入りたがってくれている。つまり運がいいだけ。と私の目には映ります。決してスコア通りの圧勝じゃない。


VARの功罪
最後にVARってどうなんでしょうね。今日は助かりましたが、逆のことだってあるし、いままでよりは判定への文句とかは少なくなるんでしょうけど、やっぱり最終的には人間の目で判断するしかないので変わらないのかな、と。試合がしばらく止まってしまう興ざめ感のほうが強いんですよね。


ロペテギ・レアルが本当に強いのかどうかまだまだ信用なりませんが、とにもかくにも開幕3連勝。いよいよチャンピオンズリーグも始まるし(いい組に入りましたな)括目して見守りたいと思いまする。



『ペンギン・ハイウェイ』(存在と運動のはざまで)

話題のアニメ『ペンギン・ハイウェイ』を見てきました。これが何だかよくわからない映画でした。(以下ネタバレあります

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小学4年生で「毎日が忙しい」という主人公は日夜勉学に励んでいて、突如現れたペンギンの謎を解こうとします。そこに、見事なおっぱいをもった歯科医院のお姉さんとのあれやこれやとか、クラスメイトとのあれやこれやとか、森の向こうの「海」と名付けられた液状の球体とか、ジャバウォックという邪悪な生き物とか、台風が来て町が騒然となったり、最後はペンギンと当たった「海」が消滅し、「海」と連動していたお姉さんも消えてしまう。

いったい、お姉さんは何者だったのか。
ペンギンは何だったのか。
結局、この映画は何を言いたいのか。

私にはさっぱりわかりませんでした。以下は理解できなかった者の戯言です。


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動かない雲
この森の向こうの草原のシーンで顕著なのが「雲が動かない」ということなんですよね。動いてるカットもありましたがほとんど動いていませんでした。ほんの少しだけ映っている川の流れは常に描かれているのに、雲の動きや風にそよいでいるはずの草の動きもほとんどない。人間の髪が風になびくとかもない。

なんか変だな、と思っていると、クライマックスの台風とか、そのあとお姉さんと一緒に疾走する場面なんかではちゃんと髪がなびいているんですよね。逆に「海」という謎の球体は登場から消滅まで常に動いていました。

予算の問題で、終盤以外は手間暇をかけられないということかな? と思ったのですが、それだと、クラスメイトのお父さんがお姉さんに協力してくれと頭を下げに来る何でもないカットを、わざわざウォーターサーバー越しに描くという手間のかかる演出をしていた説明がつきません。


お姉さんのおっぱい
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このお姉さんのおっぱいに主人公は興味津々なのですが、このおっぱい、実は最後の失踪シーンで揺れていたかどうか見落としてしまいました。しかしながら、それ以外では見事に動かないんですよね。最後、主人公を抱きしめるシーンで彼の頭が胸にうずまって微妙に上下していましたが、しかし、あそこまでおっぱいに執着していた主人公がおっぱいに顔をうずめたというのに何のときめきも示さないのはなぜなのでしょう?


宇宙の本質は「運動」
一昔前、福岡伸一という分子生物学者の表した『生物と無生物のあいだ』という本が話題になりました。生物とは何かを考察した本で、結論は「生物を生物たらしめているのは『時間』だ」というものでした。(←うろ憶え)

最近読んだ業田良家先生の『機械仕掛けの愛』には「この宇宙の本質は『存在』ではなく『運動』なんだ」というセリフがあります。

「時間」と「運動」……前者はともかく後者に関して。

雲が動かない、草木が動かない、おっぱいが動かない。というのは何か意味がありそうな……?

『方丈記』の冒頭、「ゆく川の流れは絶えずして」を思い出させるかのように、この映画の川は絶えず流れています。

「海」はこの宇宙の穴ではないか、と主人公は仮説を立てます。父親から宇宙の果てがどうのこうのというレクチャーを受けたりします。

主人公はペンギンという「存在」、お姉さんという「存在」、そのおっぱいという「存在」を研究対象にします。「存在」というのは「動かない雲」や「そよがない草」「なびかない髪」と同義なのでしょうか。そして、終盤に至って急に髪がなびき草木がゆれ、そして見落としたけどおっぱいもゆれるということであれば、それは作者たちが「この宇宙の本質は『存在』じゃなくて『運動』だよ」と言っている、ということなのでしょうか? 

動かない雲と常に動いている「海」は明らかに対照的ですが、「海」の消滅とともに雲が動き髪がなびくというのは示唆的です。しかしながら何を示唆しているのかはまったくわかりません。

描かれない「勃起という運動」
しかし、この映画は執拗におっぱいにこだわりますが、主人公が興味をもつのは当然としても、あそこまで「おっぱい、おっぱい」とこだわりながら、ついに主人公の「勃起」という「運動」が描かれないのはなぜなんでしょうか?

お姉さんとは何者で、ペンギンや「海」が何を象徴しているのかがわかれば、上記の疑問も解けるのでしょうか。

どなたか教えてください。



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