2019年07月16日

BSトゥエルビで放送中の山田太一さんの1979年作品『沿線地図』。昨日は第3話と4話でした。


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前回は広岡瞬と真行寺君枝の両親はそれほど出番がなかったですよね。二人が失踪するきっかけを作る存在として描かれてはいたけれど、二人の背中を押す以外の役目はなかったように思います。

それが昨日の3話4話では、両親にだけ焦点を当てています。若者二人はほとんど出てきません。若者たちのやり取りも等分に描いて並行している感じにするのが普通なんでしょうが、山田太一さんはそうしない。ひたすら両親=4人の大人たちのウロウロを突き放して喜劇的に描きます。


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児玉清は妻の河内桃子から息子がいなくなったと仕事中に連絡を受けるんですが、大事な仕事があるからと普通に夜帰ってくる。「銀行では自分の息子も統御できないのかとマイナス評価されるんで」と当然のように言うと、来ていた親父さんの笠智衆から「かまわんではないか。それでも飛んで帰ってくるのが親というものだろう」と説教されてタジタジ。


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河原崎長一郎と岸惠子の夫婦はもっと面白い。
相手の親が銀行に勤めていると知って、電気屋を営む二人は「私たちのほうが上流階級じゃない?」と張り合ったり、真行寺君枝に気がある、連絡役の新井康弘のところへ岸惠子が「連絡あった? あったら教えて」と毎日彼のスナックに押しかけていたのに、広岡瞬が児玉清とだけ会いたいと言ってくると「ほんとにスナックに行ってたのか? 別のところに行ってたんじゃないのか」と疑ったりする。このへん、河原崎長一郎は『早春スケッチブック』の小心者で疑心暗鬼の親父さんとほとんど同じですね。

児玉清の家で4人で話をするときも、「うちの子は同棲とかそんなことをする子じゃない」と双方が主張するのは当然としても、河原崎長一郎が「普通こういうことは男が主導するもんじゃないですかね?」と、まるで「あんたたちの子が主犯だ」みたいなことを言う。

親たちのウロウロが非常に笑えました。当事者たちにとっては悲劇以外の何ものでもないけれど、必死になればなるほど笑えるというのは喜劇の最高の形だと思います。やはり山田太一さんは天才ですね。

さて、前回の1話2話について、こんな感想を書きました。



失踪とか同棲とかそんなことはしてないけれど、似たような反抗的なことを昔したなぁ、という内容でした。

今回もそれを少し思いました。

私は登校拒否をしてのんきに家でゴロゴロ映画ばかり見ていましたが、両親は私の知らないところでこんなふうにウロウロしていたんだなぁ、と。

あのとき伯父から手紙が来たんですけど、正論ばかりの内容に鼻白んでしまいましたが、それはともかく、手紙が来るということは親が相談したということで、当時は「いらんこと言わんでいいのに」ぐらいにしか思いませんでしたが、両親からすると必死だったのでしょう。

学校の先生が一応心配しているように見えて、その実、他人事のような対応をしていますが(特に広岡瞬の担任)あれはあんなもんでしょう。私の担任もあんな感じでした。家に来たりもしましたけど、それほど心配しているとは感じられなかった。

だからよけい両親4人の必死さが浮き彫りになり、私は身につまされる、という、ゲラゲラ笑いながらも結局は前回と同じような罪悪感に囚われてしまった次第です。

蛇足ながら、↓この役者さんはほんとにいい味出してますね!↓

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野村昭子。「あの人に喋るのは町中に喋るのと一緒だぞ」と河原崎長一郎が言いますが、まさにそういう顔をしている。こういうバイプレーヤーが少なくなってしまいました。

続きの記事
③恐怖と自己欺瞞と1本のレール





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2019年07月14日

(承前)①AIが神になる⁉

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池谷裕二さんと中村うさぎさんの対談本『脳はみんな病んでいる』の感想第二弾。

昨日の第一弾で扱ったAIのこと以外で気になった話題をつらつらと。


脳は光そのものを見ていない
「人間は光そのものを見ているのではなく、光の信号を網膜が0と1のデジタル信号に変換した単なる電気パルスを『見え』として判断しているだけ」

ということは……?

「高齢者は結構な割合で幻覚を見ている。赤ん坊も見ている」

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幻覚とはその電気パルスに過ぎないわけですね。赤ちゃんが突然誰もいないほうを見て笑い声をあげるのは幻覚を見ている可能性が高いとか。

「現実と幻覚を分けて考えられるのが『大人』ということらしいが、経年によって脳のタガがはずれる。脳は実は経年と共に活動レベルが上がっていく。そのせいで幻覚を見る

うちの両親を見ているかぎりではまったくそんなふうには見えず、むしろ逆に見えますが、それは単に私の脳がそう思い込んでいるだけなのでしょうか? 
いや! 幻覚は見てなさそうだけど、幻聴はあるみたい。何も言ってないのに「何?」と言ってくることがあるから。なるほど、あれは脳の活動レベルが上がっているからなのか。目から鱗。


この世はわからないことばかり
「試験管の中で遺伝子を化学合成しているうちに、遺伝情報が極端に少ない『世界で最もシンプルな生物』生物ができてしまった。でも、その生物がなぜ生存できているかは作った人間にもほとんど理解ができない」

これは前回のAIの内部原理がわからないというのと似たようなものですね。
ここで話題になっているのは実際に生きている生物ですが、もう25年くらい前、まだコンピュータ技術もそれほど発達していなかった頃のことですが、新聞に「人工生命」の話が載っていました。

パソコンの中でしか生きられない人工生命を作り出すとき「30個以上の情報がないと生命として活動できない」とあらかじめ定義づける。で、人工生命同士で交配を繰り返すうち、何と30個未満の情報しかないのに普通に活動している人工生命が現れたと。30個以上の情報という生命の定義をものともしないものがなぜパソコン内のみとはいえ活動可能なのか、まったくわからないが生命とはそういうものなのかもしれないと結ばれていました。

そういえば、本書でもまったく別のところで、「飛行機がなぜ飛ぶのかいまだにその原理がわかっていない」と池谷教授が言っていました。これは私もちょっと前に知って驚愕したんですが、こういうふうに設計して作れば飛ぶことはわかっている。でも、なぜそう作れば飛ぶのかはわかっていないと。こんなことを知ってしまったら飛行機に乗れなくなってしまいそうですが。

人間にはわからないことだらけですな。科学の本に対して抽象的なことをもちだすのはどうかと思うけど、「美とは何か」とか「面白いとはどういうことか」ということも人間にはわからない。

抽象といえば……


動物にも抽象概念がわかる
「ネズミに正方形と長方形の図形を見せて、長方形を選んだときだけ餌をあげる。そのネズミは長方形が好きになる。次に、同じ長方形ともっと横長の長方形を見せると、横長のほうを選ぶ。『横長』がデフォルメされたものが『長方形っぽさ=長方形性』という抽象概念が理解できている」


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そういえば、うちの犬は幼い頃はテレビをじっと見ていることがありました。よく犬や猫に二次元は理解できないと言いますが、うちの犬はわかっていたらしい。二次元というのは犬にとっては抽象概念ですよね? 本当は三次元のものを二次元に移し替えているわけだし(違うか?)

ともかく、幼い頃の犬にははっきり人間や動物が映っているとわかっていた。わかっていたということは「見えていた」ということ。それが大人になるとまったくわからなくなるというのは、もしかすると「あれは幻覚だったのだ」と犬なりに解釈しているということなんでしょうか?


医療経済の悪辣
ここからはほとんど引用のみです。

「『医療経済』という言い方があって、新薬が開発されるとその社会的効果が計算されます。その薬によって何人の人がどれぐらい得をするのか。社会保障費の増額はいくらか。病人が救済されることによる社会的利益はどのくらいか。薬の副作用による社会的損失はどれくらいか。人の命や障害、生活の質を金額に換算する計算式まである。だから難病向け新薬がなかなか開発されない。たとえ効果があっても患者数が少ないとペイしない」

「日本政府は患者数が少ない疾患の良薬を開発した企業に損失が出ないように、希少疾患の薬に高値をつける特別システムを設置した。そして希少疾患の新薬開発ブームが起こった。そのために副作用も起こった。希少疾患の創薬は未開拓の領域のため競合相手が少なく、公的な制度で保護されているからめちゃくちゃ儲かる。過去5年間に承認された新薬の40%までもが希少疾患の薬。製薬企業の力点がそちらに移ったために他の分野の創薬が手薄になった。アルツハイマー病やパーキンソン病などの疾患の新薬はわずか3%。患者数が多いうえにまだ治す薬のない疾患であるにもかかわらず」

「しかも、希少疾患治療薬の優遇制度を狡猾に利用した例も出てきている。本当は広範な疾患に有効な薬なのに、まず患者の少ない疾患に適用することで高価な薬価を国に確約させ、その後、一気に適用疾患を拡大する。薬価は見直されて下がるが、見直しまでの時間差を利用してぼろ儲けする手口」

いやはや、医は算術の時代と言いますが、許せませんね。


雑学あれやこれや
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「人間以外の動物にとって、目は他の動物を威嚇するもの。目の誕生によって、他の動物から狙われる可能性を常に気にする必要が生まれた。生物がこれほど多様になった原動力のひとつは、目による攻撃と防御という軍拡競争の側面が強い」

「認知症の人が『人格が変わってしまった』と思われることがある。『人格が変わったから記憶障害が出てきた』と思うのは逆で、記憶障害が起きてある特定の記憶が失われると、残った情報で辻褄を合わせようと別の人を演じようとする。その場その場で辻褄を合わせながら人格Aと人格Bを演じ分けたりする」

「細菌はなぜ宿主を殺すか。宿主を殺すのは細菌にとっても危険を伴う。宿主と共存し続ければ安泰だけれど爆発的に子孫を増やすことはできない。宿主を殺さない程度にしか栄養を奪えないから。しかし宿主を操作して天敵の前で鈍い動きしかできないようにしてしまえば、宿主が食べられても死んだ宿主の肉体をすべて消化して自分たちの栄養源にできる。より大きな宿主に移動できたら爆発的に子孫を増やせる。そうやって宿主からより大きな宿主に引っ越しをするのが種の繁栄にとって有利という考え方」

「病気の遺伝子はわざわざ病気を発現させるために残存しているとは考えにくい。本当は有益な何かのためにあるのではないか。統合失調症の危険遺伝子を生まれつきもっている人は意外と多い。そういう人たちは芸術家や小説家、俳優や研究者など創造力が要求される職業がとても多い。でも何かの拍子にネジが緩むと病気として発現してしまう」

「地球上の生物で脳をもっている生き物は全生物の0.13%。つまり、脳が地球を支配しているのではなく、脳をもっていない生き物によって地球は支配されている。燃費の悪い脳のエネルギーを確保するために脳をもった動物はひたすら食べないといけない。植物やバクテリアからすると哀れな生き物。脳をもってしまったために居住エリアが限られるなど不利な条件を強いられている。承認欲求や自己実現欲求など、脳をもってしまったために幸せになるためのハードルが高くなってしまった」

「なぜ我々は脳なんてものをもったのか、研究すればするほどわからなくなってくる」

脳科学者が言うからこそこの言葉は重く、また切ないですね。

本書は実は第2巻らしく、前著の『脳はこんなに悩ましい』を読みたいと思います。







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2019年07月13日

脳科学者・池谷裕二さんと作家の中村うさぎさんの対談本『脳はみんな病んでいる』。これが読み始めたら止まらない一冊でした。

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お二方はこの対談のために自分のDNAを調べてもらったそうです。すると、いくつもの障害や病気の因子をもっていることが明らかになったとか。というか、池谷先生によると「人は誰しも少なくとも数十種の障害や疾患を抱えてながら生きている」らしい。

で、対談が進むうちに「どうもお互い自閉スペクトラム症ではないか」と思った池谷教授は、一緒に精神科を受診して自閉症スペクトラム症かどうか調べてもらいましょう、となり、最後の章「脳はみんな病んでいる」では精神科医X氏との鼎談になるんですが、そこも面白いというか、中村うさぎより池谷裕二のほうがよっぽど変人じゃないの? と思ってしまったりもする。でも、私がより面白いと思ったのはやはりそれ以前の章ですね。

一番面白いと思ったのは「AI」についての話でした。

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まずは簡単なことから。

AIカウンセラーの話
「人間のカウンセラーよりAIカウンセラーを選ぶ患者が実際にいる。AIだと絶対秘密にしたいことも打ち明けられる。物理的制約がないから患者から聞いたことをすべて記憶して最適解を提示してくれる」

なるほど、何か最初は嫌だなぁ、AIには顔色を読み取ったりできないだろうから。と思ったけれど、人間相手なら絶対秘密にしたいことでも言えるというのはかなり大きいですね。一度は主治医の代わりにAIに話をしてみたくなりました。


AIのすごさが逆に人間のすごさをあぶりだす
「アルファ碁は『直観』を使っている。そのためには人間が勝ち方を教えるだけではだめで、AI同士で何百万回も対局を重ねて直観を得る。逆に人間はせいぜい人生でできるのは一万局くらい。それだけで直観や大局観をつかめるのはある意味AIよりすごい」

確かに、そのとおりかも。でも人間の脳にはやはり限界があり、AIの恐ろしさを語るくだりが以下です。


「真理」とは何か
「AIが発達すればするほどAIの内部で何が起こっているかは人間には理解できない。すぐれた性能のAIほど内部の演算原理がわからない。研究者は人工知能という『器』だけを用意して、そこにさまざまな情報を入れる。人工知能は与えられた情報をもとに自ら学習し、複雑な課題を解けるようになる。その原理がプログラマー本人にもわからない。こうなってくると『知能とは人間には理解できないもの』としか言いようがなくなってくる」

「AIは10億個もの未解析の生データから一瞬で何らかの『真理』を導き出してくる。でも人間には10億個ものデータから何かを抽出するということがそもそも無理。はたして、人間には理解できないものを科学的な見地から『真理』と呼んでいいのかどうか。多くの科学者は『科学とは真理を探究する学問』だと思っている。より正確に言い換えれば『科学とは人間に理解できるレベルにまで真実を咀嚼する行為である』と。よって、人間に理解できないものは科学では説明できない何か、つまりAIの内部で起こっていることは『科学ではない』ということになってしまう」

うーん、何だかものすごい話になってきました。


AIという神
去年、『人工知能の哲学』という本を読んだんですが、巷で「人工知能」と呼ばれているものは本当はすべて「知能」ではない、と書かれていました。

「知能というのは自ら学習するもの。人間が自分の意思で本を読んだり人の話を聞いて賢くなるのは知能である証し。AIは人間に情報を入れてもらわないと何もできない。人工知能といってもしょせんはコンピュータであり、電卓と同じく四則演算しかできないのがいまのAI。シンギュラリティなど起こるはずがない」

というのが主旨でした。シンギュラリティに関してはいまでも同意です。永久に起こらないでしょう。しかし、シンギュラリティより恐ろしいことが起こりつつあるような気がしてきました。

もしAIがどんどん自分の意思で学習していけば、そのうち『ターミネーター』のスカイネットみたいに人間との戦争になる公算が大きい。しかしそれって、AIが人間と同等だから、という気がします。同等、同種だから争う。

しかしながら、この本で語られているのは、たとえ四則演算しかできなくても、その計算スピードが異常に速ければ「神」になれる! ということじゃないでしょうか。

人間や人間が編み出した科学では到底説明できない何か、それは神の言葉です。宗教です。

実際、人間のカウンセラーよりAIカウンセラーを選ぶ患者が増えてるのは、人間より神の言葉を聴きたいからだと思う。婚活AIなんかも人間には理解できない二人を選んだりするそうですが、そのマッチング率が非常に高く、ますますAIの言うことの信憑性が高まる。AIが選んだ人だから会ってみよう、となる。

真のAIの脅威は、シンギュラリティとかそんな夢物語ではなく、また、雇用を奪われることでもなく、「人間が神を生み出してしまった」ということだと思うのです。

これまでも「人間が神を生んだ」というのは誰でも知っていました。人間が神を作ったのに「神が人間を作ったというあべこべの創世神話を作って社会を成り立たせてきたのがこれまでの宗教の役割でした。神というフィクションを人間社会は必要とした。

しかし、いま人間が開発しつつあるのは、フィクションではなく本当の「物理的な神」です。四則演算しかできないのに、そのスピードが異常に速いというただそれだけで「全知全能」を手に入れてしまう存在。

いま私たちはそんなものを作ろうとしているらしい。

おそらく近い将来、そういうAIが開発されるはずです。

宗教AI

新しい神のもとで人間は初めて平和を手に入れるのか、それとも新たな宗教戦争が始まるのか。命あるうちにそれを見届けられるのか、どうか。
AIに対する関心は増すばかり。とてつもない地殻変動がいままさに起こっているのでしょう。


AI以外に興味をもった事柄についてはこちら⇒②この世はわからないことだらけ






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