2015年09月02日

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あの「映画芸術」が休刊するかもしれないとのニュースを見て、えっ!? という驚きと、やっぱり、という思いが交錯しました。

荒井晴彦編集長による映芸は、良くも悪くも「偏り」があって私は好きなんですがね。

『おくりびと』がワーストワンに選ばれたとき、「よくぞ!」と大賛意を示したもんですが、ネットでは「アカデミー賞を受賞した作品をワーストに選ぶなんて国辱雑誌だ」とかえらく非難されてました。アメリカ人はアホだからあの映画が駄作だってことがわからないんですよ。といくら言ってもその人たちには届かない。

映芸に携わっている方々も、そういう隔靴掻痒な思いを抱いてらっしゃるんじゃないでしょうか。

確かに、なぜベストテンもワーストテンも日本映画だけに限ってるのかよくわかりませんけどね。日本映画とか外国映画とかじゃなくて、ただ「映画」があるだけなのに。

あとは、編集長が批判したい映画の特集では、ほめそうな人には執筆を依頼しないのもどうかと。

しかしながら、やっぱり映芸の休刊は淋しいニュースです。(ほんとに休刊するかどうかはわかりませんが前々から財政難と聞いていたので十中八九休刊、そして廃刊なのでしょう)

そりゃ、映画秘宝なんかも楽しいけど、やっぱり両方ないとね。キネ旬は業界誌だから御用記事ばかりですし。

そういえば、いま話題沸騰の五輪エンブレム問題と『おくりびと』のときの国辱扱いされた問題は根っこが一緒のような気がしますね。

あれって、ベルギーの劇場が本気で訴えてるのがかなり大きいんじゃないでしょうか。「特に問題はない」とかって言ってたら、そして、この問題に関してベルギー以外の国(特にアメリカ)から「別にいいんじゃない?」という声があったなら、こんなにネットで叩きまくる輩も出てこなかったんじゃないでしょうか?

外国人が言うことを鵜呑みにするのが日本人の一番悪い癖。

そういえば、「ツイッターは思想濃縮装置だ」と言ってる人がいて、自分と同じ考えをもってる人ばかりをフォローしてると偏りが固まってしまって柔軟な視点を見失ってしまうそうです。

映芸も「政治的な偏りはあって当然」という考え方自体は正しいと思うのだけれど、もしかしたら、そういう「正論」に自らの足元をすくわれてしまい、読者を失っていったのかなぁ、という気もします。

ま、私もツイッターで似た考えの人しかフォローしてないから偉そうなことは言えませんが。(だって、反対側の意見を読んでると気分が荒んでくるんですよ。それでも読まなきゃいけない? うーむ。。。)





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2015年09月01日

①私情で動くスパイたち
②ポーラ・ワグナーとの訣別

に続く第3弾。

第4作『ゴースト・プロトコル』でポーラ・ワグナーと袂を分ったトム・クルーズが再びJ・J・エイブラムスと組んで製作した最新作にして最高傑作『ローグ・ネイション』にはいったいどのような狙いがあったのでしょうか。そして、前作ではクレジットされなかったヴィング・レイムスは登場するのか、するならどういう形で…?


第5作 2015年『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』
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これまで、前作と新作の間にどれだけの時間が経過しているのかまったく示されていませんでしたが、今回だけ違います。
アレック・ボールドウィン演じるCIA長官が「イーサン・ハントのせいでクレムリンが爆破された」と激昂すること、また、新しい長官が決まっていないことなどから、この『ローグ・ネイション』は『ゴースト・プロトコル』の直後の物語であることがわかります。
これまでは一話完結の物語だったのに対し、今回は完全に連続もの。はたしてトムはこの2本で何をやりたかったのでしょうか。

まず、話の前段として、ゴースト・プロトコルが発令され事実上解体したIMFに対し、CIA長官が「CIAとIMFを統合すべきだ」と主張します。IMFはならず者集団だみたいなことも言っていました。そして、国外で1年前から〝シンジケート″という名の組織を追っているイーサンをCIAが追跡中だと息巻く。なるほど、当局は一切関知しないどころか、よけいなことをすると消されてしまうのか。

いや、そんなことより、また主人公が身内から追われるのか。また今回もミッションを忠実に遂行するプロフェッショナルは描かれないのか…いや、でも、前作ではその前に比べて私情の温度を下げていました。今回こそ『スパイ大作戦』のような「プロフェッショナル」がとうとう描かれるのでしょうか?

答えはノーです。そして同時にイエスです。

順を追って見ていきましょう。

イーサンがいきなりシンジケートに捕らえられてしまうのですが、なぜかそのシンジケートの一員である美女イルサ(このレベッカ・ファーガソンという女優さんがあらゆる意味において素晴らしい!)に救われます。はたしてイルサは何者なのか。

アメリカ国内ではCIA長官がイーサンの仲間であるサイモン・ペッグ演じるベンジーを嘘発見器にかけて居所をはかせようとしたり、長官代理的立場のジェレミー・レナー演じるブラントにイーサンたちを裏切れ、みたいなことを言ったりします。

しかし、ブラントは逆にヴィング・レイムス演じるルーサーを呼び、一緒にイーサンを助けようともちかけます。ようやく、シリーズ5本すべてに出演しているヴィング・レイムスの名前が出てきました。

ルーサーはブラントにこう答えます。「イーサンはダチだがおまえは違う」つまり、ブラントの命令だからやるのではなく、イーサンは仲間だからやるのだと。やはり彼も私情で動く人物です。
ベンジーもイーサンのことを友だちだと言っていました。友だちだから俺はお前と一緒に仕事をしたいと言います。どこまでもこのシリーズのスパイたちは『スパイ大作戦』のスパイとは根本から違うのです。

しかし、この「仲間」とか「友だち」という言葉がこのシリーズを貫く重要なキーワードだったのです。

イルサは実は英国MI6のスパイだったことがわかります。そして、シンジケートの親玉ソロモン・レーンもかつてはどこかの国のスパイだったと。手下たちもみな元スパイ。シンジケートとは、祖国に捨てられた用済みスパイの巣窟なのでした。

イルサは、あることがきっかけで自分がMI6長官から使い捨てにされたことを知ります。
イーサンたちもゴースト・プロトコル発令によって祖国政府から捨てられました。いまは身内から追われています。
悪の親玉ソロモン・レーンも祖国に裏切られた元スパイです。

国の都合でスパイとして養成され、用済みになったら簡単に捨てられるスパイという存在の哀しみが浮き彫りになります。

しかし、イーサンはいたって能天気です。捨てられたイルサが嘆くのとは対照的に、IMF再生のために身を粉にして働きます。とっくに祖国から捨てられたのになぜでしょうか? 仮にIMFが復活しても、また「当局は一切関知しない」という過酷なミッションが下るだけなのに。イーサンは自分を使い捨てにする組織を復活させようと目論んでいます。いったいなぜ?

クライマックスは、ソロモン・レーンを防弾ガラスで囲い込んで捕らえる場面ですが、あそこでの「俺たちはIMFだ」というイーサンのセリフに、トム・クルーズがこのシリーズにこめた想い、『スパイ大作戦』を映画化した本当の狙いを知った気がするのです。

思えば、このシリーズは『スパイ大作戦』の主役フェルプス君が組織を裏切ることから始まりました。そのフェルプス君を葬り去り、私情で動くイーサン・ハントとその仲間たちを描いてきました。

1作目では、かつてトムが所属したブラットパックという集団でリーダーだったのに不遇をかこっているエミリオ・エステベスをキャスティングし、彼の死によって物語を起動しました。

2作目では、愛する女のために体を張るイーサンが描かれました。

3作目では、教え子リンジーのためにいつになく取り乱すイーサンが、そして最愛の妻ジュリアのために奔走する彼が描かれました。

4作目では、超高層ビルから落ちそうになったイーサンを、ブラントはじめ仲間たちが必死で助ける場面が描かれました。

5作目では、自分たちを使い捨てにする組織を復活させようと目論むイーサン・ハントが描かれています。仲間たちと一致団結して。

結局のところ、『スパイ大作戦』のようなプロフェッショナルが描かれていない、のではなかった。この『ミッション:インポッシブル』シリーズは、ほぼ20年の歳月をかけた『スパイ大作戦』に対する絶妙にして壮大な「批評」だったのです。

テレビシリーズでは、「当局は一切関知しない」と決め込む組織にまったく不平不満を言わないスパイたちの活躍が描かれました。それがプロフェッショナルとしてのあるべき姿だと多くの人は思いました。

しかし、トム・クルーズはそれは違うと思った。スパイも人間である以上、感情を捨て去ることなどできない。人間味のあるスパイを描こうじゃないか。でもプロフェッショナル魂だけは消してはなるまい。

だから今回、イーサン・ハントが自分に課したミッションが「IMF復活」だったのでしょう。自分たちを使い捨てにする組織をあえて復活させること、それは組織の命令に唯々諾々と従うテレビ版のスパイたちより、もっとプロフェッショナル魂にあふれた行為ではないでしょうか。

『スパイ大作戦』にはなかったスパイたちの人間味を色濃く打ち出しながら、より大きく高潔なプロフェッショナル魂を描く。

それがトム・クルーズの真の狙いだったのだと思います。

次はいかなるミッションが下るのか、はたまたこのシリーズは終わりになるのか、J・J・エイブラムスとタッグを解消して新しいプロデューサーと組み、『ミッション:インポッシブル』はさらなる転回をしていくのでしょうか。

トム・クルーズの次なる狙いはまだまだまったくわかりません。


続きの記事
『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』(この新作は必要だったのか)






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2015年08月31日

①私情で動くスパイたちに続く第2弾です。

第4作 2011年『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』C111121064831_m
美しくも恐ろしい女暗殺者サビーヌ・モローの登場で幕を開けるこの映画で、イーサン・ハントはまず、なぜか服役していたロシアの刑務所を仲間の手引きによって脱獄し、さらにこのシリーズで最も『スパイ大作戦』らしいミッションを受けます。「クレムリンへ潜入して核ミサイルの発射コードを盗め」と。
クレムリンという、第1作のCIA本部に勝るとも劣らない要塞への潜入。そして核ミサイルの発射コードというハイ・コンセプト。

ここには何の私怨も私情もありません。その象徴が「なぜ俺を脱獄させたのか」とイーサンに問われたポーラ・パットン演じる同僚ジェーンが「そういうミッションだったから」と答える場面です。

おおおお! 
ミッションが発令されたからミッションを遂行する。まさしくテレビ版『スパイ大作戦』がそういう物語でした。仮に失敗しても当局は一切関知しない、そんな無慈悲な組織であってもミッションが発令された以上プロフェッショナルとして職務を忠実に遂行する。これこれ、これですよ!!

と思ったら、事情がちょっと変わってくるんですね。

クレムリン潜入にまんまと成功するイーサンたちでしたが、肝心の核ミサイル発射コードはヘンドリクスという男に奪われ、しかもヘンドリクスが逃亡のためにクレムリンを爆破。イーサンはその犯人として捕らえられます。すぐ逃げるイーサンにIMF長官が来て、「ゴースト・プロトコル」が発令されたと説明します。

ゴースト・プロトコルとは、政府とIMFを切り離す、つまりIMF消滅と同義。つまり本当に「当局は一切関知しない」という非情なものでした。長官は「ここで私を襲って逃げ、勝手にヘンドリクスから発射コードを奪い返すかどうかは君の自由だ」と温情を示してくれますが、その長官も無残に撃たれてしまいます。

当然イーサンは仲間たちとともに発射コード奪還に向かいます。しかし、これって自分が汚名を着せられたことへの意趣返しであって、やはり私怨なのですね。このシリーズは「私情ぬきの純粋なミッション」がないなぁ、とちょっとがっかりするんです。

しかしながら、これまでは愛する人を救うためとか、仲間が殺されたからとか、裏切り者は許せない、といった他者のための行動だったのに対し、今回は自分が着せられた汚名を返上するためというのがちょっと違います。それに第3作のようにイーサンはいっさい取り乱しません。だから私情で動くスパイという匂いが薄まっているのも事実。

さらに、この物語のパターンは、ヒッチコックがよくやっていた巻き込まれ型サスペンスですね。警察に追われながら真犯人を追うという。前作でラビット・フットというマクガフィンを使い、今回は物語の枠組みがヒッチコック。ヒッチコックは何よりも登場人物のエモーションを持続させることを大事にしたフィルムメイカーでした。トム・クルーズもそれに倣ってミッションに私情を絡めることで映画を盛り上げようとしているのでしょうか。

しかし、ひとつ気になることがあります。イーサンの婚約者ジュリアの身に不幸が起こったらしい。でもそのことは今回のミッションとは関係ない。

1作目から、私情=主人公のエモーションをどんどん激しくしてきたこのシリーズですが、ここにきて、なぜか私情の度合いが前作に比べてかなり下がるのです。

それはなぜかと考えて、ある仮説にたどり着きました。

1作目から共通する固有名詞でこの4作目にない名前は? もちろんトム・クルーズ以外で。

そう、トムとタッグを組んでいたプロデューサーのポーラ・ワグナーです。そして、イーサンのよき仲間ルーサーを演じるヴィング・レイムスです。

ポーラ・ワグナーは本作のあとでも『アウトロー』で組んでますから別に仲違いしたわけではなさそうです。しかし、本作と現在公開中の『ローグ・ネイション』と続けて組んでないこと、また第3作の監督J・J・エイブラムスとプロデューサーとして最新作まで組んでいることから考えると、トムがポーラ・ワグナーよりJ・J・エイブラムスのほうがこのシリーズに適した相方だと判断したんじゃないか、と思われます。

ただ、3作目までと4作目を比べると、ミッションに絡む私情が極端に減ってるんですよね。
それは、最愛の妻ジュリアの登場をラストシーンだけに限定したことにも顕著です。イーサンは映画が始まる前、ジュリアは死んだと偽装するために何人かの人間を死に至らしめ、そのために刑務所に入っていたことが明らかになります。ジュリアへの愛のためにイーサンは遠くから見つめるだけの関係を選びます。それは激情ともいえる私情なのですが、ミッションとはまったく関係ないところでの激情なのだから『スパイ大作戦』の「私情をはさまないプロフェッショナル」とも相反するわけじゃないし、逆に『スパイ大作戦』にエモーショナルなサブプロットが加わることによって『スパイ大作戦』以上の『スパイ大作戦』が展開されていました。

トム・クルーズがポーラ・ワグナーとのコンビを解消したのは、ここにあると私は見ます。3作目までは激情型スパイを描くことで意見の一致を見ていた二人が、4作目を作るにあたり、さらなる主人公の激情を描くことで盛り上げようと考えたポーラ・ワグナーに対して、トムは内に秘めた「ある狙い」があって、コンビを解消したんじゃないでしょうか。そして、J・J・エイブラムスはその狙いに共鳴したんじゃないか。

さて、もう一人、この4作目で初めてクレジットから外されたヴィング・レイムスについては次回の記事で。

続き
③最新作『ローグ・ネイション』でわかったトム・クルーズ真の狙い
『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』







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