2015年09月14日

『悪意の手記』『最後の命』に続く中村文則さんの三部作最終作『悪と仮面のルール』を読みました。



出だしを読むとぐいぐい引き込まれて、終盤近くまでかなり一気に読んだんですが、結果的に、うーん、これもちょっとどうなんだろう、という小説でした。

「邪」の家系に生まれた主人公がその血ゆえに苦しみ、父を殺し、顔を変えて幼馴染の女を探し、JLという名のテロ組織を作って…という内容なんですが、まず「邪の家系」とか冒頭で父に言われる「おまえに地獄を見せてやる」の「地獄」とかの言葉が、ことごとく観念的で具体性がないのが致命傷ではないかと。

フィクションは観念の産物にすぎないと言ってしまえばそれまでですが、しかし、あまりにひとつひとつの言葉が硬く、腹にストンと落ちてこないんですよね。

湾岸戦争やイラク戦争の裏で何があったか、という説明がものすごく長台詞で述べられていますが、「説明するな、描写せよ」といった筒井康隆さんがこの小説を読んだら一笑に付すんじゃないでしょうか。

筒井さんは小説で説明なんかまったくしないですもんね。登場人物の性格や来歴、物語の背景など、すべて展開とともにわかるようになっています。

中村さんの『掏摸』や『銃』だって説明的だとか表現が生硬だとかの感想は少しもなかったんですけど、この三部作はすべて読み終わって徒労感だけが残りました。

何か「頭」だけで書いてる感じがするんですよね。具体がない。

それと、自分で解説を書くのはよくないと思うのですが、いかがでしょうか?





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2015年09月13日

ちょっと前までなら1日に2試合も見る時間はなかったんですけど、もう時間を気にする必要はなくなったので、レアルの試合だけでなく、アトレティコvsバルサの試合も続けて見ました。


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レアルは「得点力不足」と批判されたのがはるか昔であるかのようなゴールラッシュ。
エース、クリスティアーノ・ロナウドが5ゴール1アシストの大車輪の活躍でだったし、ベイルのトップ下がようやく機能し始めてきたし、ベンゼマのポストプレーはやっぱり素晴らしいし、クロースがいなくても、カゼミーロ、モドリッチ、コバチッチのセンターハーフに少しも危なげがなく、6-0の圧勝。

しかし、後味が悪いのも事実。

後半、5-0で勝っていたとき、エスパニョールのクロスがマルセロの手に当たったんですよね。主審は充分見える位置にいたにもかかわらず、PKの笛を吹きませんでした。どう見てもあれはPKでしょう。

同じことがアトレティコvsバルサの試合でもありました。

ネイマールのシュートがアトレティコの選手の手に当たったのに主審はハンドの笛を吹かなかった。バルサの猛抗議にも「脇を締めてただろ」というようなジェスチャー。でもスローで見るとぜんぜん脇を締めてない。あれは明らかにハンド、PKでしょう。

この2試合、1試合は愛するレアル・マドリードの試合であり、もう1試合は強豪同士の対決ということで見たんですが、奇しくも、多民族国家スペイン王国の首都マドリードのチームvsカタルーニャ州の州都バルセロナのチームの対決だったんですね。

カタルーニャといえば、独立運動が盛んであることがよく報道されてますが、どうも今日の主審はカタルーニャ独立に反対の立場で、それがジャッジに影響を及ぼした感があります。というか絶対そうでしょう。マドリード中央政府に反旗を翻すとこうなるぞ、みたいな。

レアルが大勝したけど、あまり気分がよくないし、逆にバルサが勝ってよかったと思います。そりゃマドリディスタの私からすれば、引き分けかアトレティコが勝ってバルサが勝ち点0で終わってくれるほうが都合がよかったんですが、審判に試合を壊されるくらいなら実力通りバルサが勝つほうがずっといい。

ロナウドの圧巻5ゴールやフェルナンド・トーレスの先制弾にも燃えたし、ネイマールの劇的同点フリーキックもすごかったけど、主審の不可解な判定のあとのメッシの意地の勝ち越しゴールが今日の2試合通して一番感動した場面でした。

人間は政治的な動物だから、それぞれ政治的主張はあってかまいません。特に選手がそういう思いを胸に戦うのは相乗効果を生むと思いますが、審判が政治的立場から不公平な判定をするのは絶対に許してはなりません。

政治的主張をしたいなら試合中でなく、別のところでやってもらいたい。

と切に思います。





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2015年09月05日

今日の「週刊リテラシー」ゲストは「炎上王」として知られる百田尚樹氏でした。

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いままで写真でしか見たことがなく、喋ってるところを初めて見ましたが、なかなか面白いおっさんですね。

しかし、いくら面白いといってもその思想は容認できないというか、論理的にかなりおかしいことを言っていました。

最初の半蔵門世論調査「18歳で成人に賛成ですか、反対ですか?」という問いに対しては、選挙、酒・たばこ、少年法とさまざまな事柄を全部一緒くたに論じるのはおかしい、それぞれ別個の問題として考えるべきではないか、との答えで、これには私も大賛成。上杉隆氏の「人それぞれ大人になる年齢は違う」というのにはもっと大賛成。

しかし、話が安保法制に移ると百田氏は馬脚を現すのでした。

①安保法制に反対する大がかりなデモが先週末あったことに対して「主催者発表の12万人を信用したとしても日本人全員のほんの0.1%。たったそれだけの人の意見で法案が覆るなんておかしい」との発言。

そりゃ確かにデモに集まった人の数は0.1%なんでしょうけど、デモに行った人間だけが安保法制に反対でそれ以外は全員賛成みたいに言うのは論理的におかしいです。私みたいに反対だけどデモに行かなかった、そもそも行きたくない人間だっているんですから。(私がデモに参加したくない理由は過去に書いてるので興味のある方は読んでみてください)

デモに行った人は、「何が何でも反対!」の人たちなんですよね。だから「そこまでじゃないけど猛反対」から「猛反対じゃないけど結構強く反対」とか「普通に反対」「どちらかといえば反対」までを入れると結構なパーセンテージになると思うんですが。

安保法制に反対してる人は一部のバカだけみたいなことは橋下徹も言ってましたけど、ああいうのを我田引水というんだろうな、と。

あと、何が何でも反対!の人たちのネット上での盛り上がりに乗ろうと「ファッション」としてデモに参加してる人もいたはずなんですよ。「デモに参加してる俺ってかっこいいでしょ」みたいな。そういう人たちは思想的には百田氏たちの考えるようなバカかもしれませんが、しかし、政治現象としてファッションになるまで反対意見が高まっているというのは、やはりかなりの人の数があの法案はおかしいと感じてる何よりの証左だと思うわけです。


②安倍総理が参議院での安保法制論議そっちのけで大阪まで「ミヤネ屋」に出演しに行ったことについて、参院特別委員会の委員長から「いかがなものか」と批判され、参議院の委員会での採決ができなくなるのではないか、そこまでしてミヤネ屋に出るべきだったのか、ミヤネ屋よりリテラシーに出てよ安倍総理!!と司会の田村淳が大声で叫ぶと、百田氏は「視聴率が違うから」と言っていました。

言っていることは正しいでしょう。でも、見てる人の層がぜんぜん違うじゃないですか。ミヤネ屋を見てるアホな主婦と、週刊リテラシーを見てる政治に興味津々の老若男女とはまったく違う。

視聴率が違うから、じゃなくて、ちゃんとリテラシーをもった人たちに向けて言葉を発したら危ないと直感してるんでしょ。アホな主婦向けならいくらでも喋れるし騙せるという計算もあったのでしょう。

だから「視聴率が違うから」という発言は間違いというよりそういう計算を含んだものだった、というところですかね。


最後のは一番ひどいです。


③安保法制について、解釈改憲をするぐらいなら堂々と憲法を改正すればいい、との発言。

これはこれで正論でしょう。

しかし、この発言の直前には「この法案ははっきり九条に違反してるから」と言ってました。違憲なのだから憲法を改正して合憲法案として堂々と国会を通せばいいと。

違憲?

確か番組の最初のほうでは、「安保法制は戦争をしないための法案」と言ってませんでしたっけ?

本当に戦争をしないための法案なら九条に違反しません。それを違憲とは、ついに本音がポロッと出てしまったようですね。やはり安保法制は「戦争法案」なのですよ。

ならば百田氏の言うとおりはっきり違憲なのだから、何が何でも成立させてはいけません!!!!!





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