2016年08月08日

毎週楽しみな『HOPE ~期待ゼロの新入社員~』第4話。今回は、勝つか負けるかどちらかの世界で生きてきた主人公が初めて「勝者のいない世界」で生きていることを実感する素晴らしい物語でした。

前回までの記事
第1話(初回からボロ泣き!)
第2話(岡目八目がとりもつ自信喪失と自信過剰)
第3話(「善と善」の対立がドラマを豊かにする)


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2週間だけのOJTで営業3課を離れ、資源1課で山崎樹範演じる入社10年目の大平という社員に付いて瀬戸康史と一緒に実地研修。

この大平という男が何ともさえない男で、取引先との関係を大事にするあまりなめられてしまい、そろそろ納品をと商談に行っても体よく追い返されて期限を守ってもらえず、社に戻ると課長から怒鳴られる。そんな大平を見て、「こんな男からは何も学べない」と思った瀬戸康史は「帰っていいよ」と言われて素直に帰っちゃうんですが、我らが主人公・中島裕翔だけは大平に付いていくんですね。

中島裕翔は別に大平から何かを学べると思ったわけではないでしょう。ただ、にっちもさっちもいかなくなった大平を見捨てて帰れなかっただけ。情けは人のためならず。それが結局、自分のためになるのだから、計算高い瀬戸康史がこんな顔になるのも無理はありません。


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彼は勝とう勝とうと意識するあまり蟻地獄にはまってしまってますね。飲み会で「合わなきゃ辞めればいい」と言ってましたけど、あれは「ここで勝てないなら他へ行こう」ということで、それではどこへ行っても負け続けるだけでは?

中島裕翔も囲碁で得た教訓から「勝負手」を考えて下手な小芝居を打ったりするんですが、確かに彼は勝ちを意識しているけれど、瀬戸康史の考える「勝ち」とはぜんぜん違うんですね。中島裕翔が「いまここでなすべきことは何か」と考えているのに対し、瀬戸康史は「周りより高い評価を得ること」ばかり考えています。エリートの落とし穴。だから人見くんが中島裕翔が同期で一番出世するかも、というセリフに対し、上の画像のようなひどい顔になってしまう。

中島裕翔が打った勝負手も、二転三転のうちに取引先の社長が謝罪に来る騒動に発展するんですが、何だかんだで上からの命令「うちに有利な契約を結べ」との一言ですべて丸く収まる。

大平も「10年も同じ仕事をしていて何もわかってない」と叱られるし、中島裕翔は遠藤憲一課長から説教され、取引先との関係もこれまで通り。勝者もいなければ敗者もいない。すべてが玉虫色。黒と白だけの囲碁の世界で生きてきた主人公が「世の中はすべてグレーゾーン」であることを思い知るいいお話でした。

ただ惜しむらくは、人見くんの先輩マギーの芝居ですかね。いや別にマギーが悪いんじゃなくて、前回第3話の感想でも書きましたが、どうしてもあのような悪い人を出すと「善と悪」の対立になってしまって「作為」を感じてしまうんです。

やはり、「善と善」の対立が見たい。


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今回の第4話では中島裕翔と大平、そして取引先とのメインプロットが「善と善」の対立になってましたし(善人と善人という意味ではありませんよ)前回に引き続いて資源2課の山本美月のパートもそうでした。資源2課の先輩たちは悪い奴らだけど彼らなりの論理で動いているし、それに対して山本美月がくじけることなく「女のくせに愛想笑いもできないのか」というセクハラに対し最終的に愛想笑いで反撃に出るという痛快きわまりないエンディングには快哉を叫びました。

前回も今回も、先輩たちに冷たく当たられている山本美月を見て瀬戸康史が「だから言ったんだ。自分とは関係ないことに首つっこむなって」と言いますが、首を突っ込んだ山本美月と中島裕翔が会社の中で自分の居場所を確保しつつあるなかで、瀬戸康史はどんどん居場所を失ってもう転職を考えている。作者の言いたいことがよく伝わってきます。

その瀬戸康史の嫌味な先輩は前回ではマギーみたいな「作為のある悪役」にすぎませんでしたが、今回は独りだけ帰ってきた瀬戸康史を咎め、「そのトラブルに最後まで付き合ってどうなるか見届けるのもOJTなんじゃないのか?」という、それまでになかった先輩らしい一言を放ちます。何年もその会社で働いてきた先輩ならではの正論で、説得力がありました。「善と悪の対立」しかなかった鉄鋼1課にも「善と善の対立」が芽生えてきました。

さて、これからの瀬戸康史に注目。
逆に、いまだマギーとの「善と悪の対立」から抜け出せない人見くんはどうなるんでしょうか。

中村ゆり食品2課長の家庭話が今後どういうふうにメインプロットに関わってくるのかにも興味津々。

とはいえ、鬼の遠藤憲一が見られなくなったのは少し残念。仏の顔ばかりで。ただ最後の中島裕翔への説教はいい芝居でした。遠藤憲一さんでなければできない芝居ですね。あの顔、あの声。本当に素晴らしい!

続き
第5話(瀬戸康史の切ないウソ)
第6話(「資格」をめぐる物語だった!)
第7話(「しっかりやれよ」いこめられた様々な想い)
第8話(結局「善と悪」の対立で終わるのか)
最終話(この物わかりのよさを断固拒否する!)





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2016年08月05日

昨シーズンのヨーロッパ最優秀選手賞の最終候補3人が発表されたらしいです。

クリスティアーノ・ロナウド
アントワーヌ・グリーズマン
ギャレス・ベイル

の3人。メッシが落ちたことがえらく大きく取り上げられてますが、ルイス・スアレスが落ちたことのほうがよっぽど意外だと思うんですけど。

といいますか、UEFA最優秀選手にしろ、FIFAバロンドールにしろ、ワールドカップのMVPとかでも同じですけど、サッカーはチームプレーなのになぜ個人を表彰するんですかね?

今年のバロンドールはロナウドが獲るんじゃないかともっぱらの噂で、チャンピオンズリーグを獲ったし、ユーロも勝ち取った、ということらしいですが、それもよくわからんのですよ。

メッシはペレやマラドーナを超えたか否かという議論で誰もが口にするのが、

「メッシはまだワールドカップのタイトルを獲っていない」

というもの。

個人を表彰するんだったらチームタイトルなんて必要ないのでは?

というか、チーム全員でタイトルを獲るために戦っているわけだから、チーム全体を表彰すべきだと思いますがね。

チームスポーツなのに個人を表彰すること自体がおかしいのに、個人を表彰するときにチームとしてのタイトルが必要で、チームタイトルとは別に個人を表彰、その個人の評価にはチームタイトルが必要、、、って、何だかウロボロスみたいにぐるぐる回ってませんか?

去年の最優秀チームを選ぶとなると、やはりレスターでしょうか。

選手と監督、その他コーチングスタッフやメディカルスタッフすべてをひっくるめて表彰したらいいのに、とずっと思ってるんですが、なぜ人は「個人」にこだわるのかな。

バロンドールは廃止すべき! 他の個人賞もすべて。ベストイレブンは残してほしいけど。





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2016年08月02日

見てきました、大賛辞でネット上が溢れ返っている『シン・ゴジラ』。

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ほんとにもう大絶賛の嵐で、それもむべなるかな。ここまで「政治」「戦後日本」ときちんと向き合った映画はかなり久しぶりではないでしょうか。

原発とか、日本はアメリカの属国であり、かの国のお墨付きなしには何もできない国だとか、はたしていまのままの憲法でいいのかとか、そのような政治的側面に関しては多くの人が語ってますから私は何も言いません。その通り! と諸手を挙げて賛同するのみです。

新ゴジラの造形も素晴らしく、長いしっぽをどう見せるかにかなり腐心しているところにもしびれました。というようなことも多くの人が語っていることなので、これ以上何も言いません。

私が言いたいのは、「石原さとみのミスキャスト」についてです。


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おいおい、それこそ誰もが語っていることじゃないか。って声が聞こえてきそうですが、「英語がまずい」とか「気負いすぎて空回りしている」とかそういうことじゃありません。もっと「映画の本質」に関わることです。

彼女はアメリカ合衆国特使ということで日本にやってきた人間で、内閣官房副長官を演じる長谷川博己と対等に渡り合う役どころです。

先述したように、大作での大役ということで気負いすぎて空回りしてるし、アメリカ人ということで日本語の合間合間に挟まれる英語をそれらしく発音しようとしすぎててプッと来ちゃうんですよね。

だけど、そういうことははっきり言って些末なこと。

クロースアップやバストショットではただ気負いすぎてるだけで別にガッカリはしない石原さとみでしたが、これがフルショットになった途端ガッカリしちゃうんですね。

それは「身長が低い」から。

どうしても背の高い長谷川博己や他の男たちと並ぶと背が低いので見た目でかなり劣った印象を与えてしまうんです。

これはもう「演技力」などではカバーできません。映画は映っているものがすべて。何人もの男たちと対等に渡り合うという役柄なのに、体格的にどうしても「対等」に見えないんです。いや、対等ではありません。彼女は日本の宗主国アメリカの特使なんですから他のすべての人物より立場が上。なのに、そういうふうに見えないんです。

これはどう見てもミスキャストでしょう。

同じ年頃の女優なら、綾瀬はるかとか長澤まさみならもっと背が高いし、年増でもいいなら、米倉涼子とか藤原紀香とか水野美紀でもよかったのではないでしょうか。歳は違うけど真木よう子も背が高かったはず。長谷川博己の背も高すぎますよね。もっと背が低い男優をキャスティングして、アメリカと日本の力関係を役者の体格差で表現してほしかった。

ゴジラの造形にはあそこまで心血注いでるのに、アメリカの代表という要所のキャスティングになぜ神経を配らなかったのか。

画竜点睛を欠く。

残念でなりません。


シン・ゴジラ
長谷川博己
2017-03-22





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