2016年03月20日

今シーズン、プレミアリーグで快進撃を続けている岡崎慎治が在籍するレスター・シティ。

前節は岡崎の劇的オーバーヘッドで勝ちました。ダイジェストで見ましたが素晴らしかったですねぇ。
レスターにまつわる夢物語がヨーロッパ全土、いや世界中で話題になっているのを見ると、「下剋上」とか「判官贔屓」って日本人だけの特性じゃないんだな、と思います。
ただ試合そのものを見れなかったので、今日は見ましたよ。

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面白かったなぁ。

岡崎とアデバヨール以外ぜんぜん知らない選手ばかりだったからか、純粋にサッカーというスポーツを久しぶりに堪能しました。いつもブログに感想書くという前提で見てるもんだから小賢しい目で見てると反省しました。

岡崎と2トップを組むバーディというセンターフォワードが素晴らしかったですね。彼のエリア内での縦への勝負から素早いクロス、走りこんできたマフレズは合わせるだけ。半分以上バーディが獲った点ですね。岡崎も相手を引きつけてディフェンスラインを押し下げる役目をしていて素晴らしかった。

全体的に岡崎は体を張って相手にボールを渡さない泥臭さがよかったですね。ゴール前で守備をしてるかと思ったらもう相手ゴール前でクロスを待ってたり、運動量も半端じゃない。でもやっぱり解説者が言ってたとおり得点を見たかったなぁ。

レアルが狙ってるというボランチのカンテという選手もよかったですよ。全体のバランスを考えたポジショニングと読みが素晴らしい。インターセプト回数がプレミア最高というのもうなずけます。守備だけじゃなくて行くときは最前線まで顔を出すし。当たり前だけど。

クリスタルパレスも鋭い攻撃を何度も繰り出してましたね。特に名前忘れたけど左サイドの黒人選手が最高。何度も抜け出してはクロスorシュート。その奮闘は報われなかったけど、そのうちビッグクラブから誘いがあるような気がします。

でも最大のハイライトは、レスターの前半18分のカウンターでしたね。奪って、ワンタッチでスルーパス。キーパーと一対一になる絶好のゴールチャンスでしたが好セーブに阻まれました。しかしあの場面はまさに胸のすくようなカウンター攻撃で思い出しただけでお腹いっぱい。

これであと7試合を残して2位トッテナムと勝ち点差8。トッテナムは明日試合があるから実際は5か。でもあと7試合ですよ。これはほんとにほんとに夢が実現しますよ。今日の戦いぶりを見るかぎり、簡単に落ちることはなさそうです。

レスターに優勝させろ!!!





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2016年03月18日

前回の日記は『サウルの息子』の 演出上の問題について でした。

問題といっても、読んでくださった方はおわかりと思いますが、明確な問題があってそれを批判しているわけではありません。「問題らしきもの」があるんだけど、本当にそれは問題なの? という、まぁ私にもよくわからないことなのです。

で、今回の「脚本上の問題」というのも同様です。何しろ私はこの『サウルの息子』を飽きることなく楽しんで見た人間なわけで、基本的にこの映画が好きなのです。が、何か引っかかてしまうことがあるんですね。間違ってるかもしれないけど、その引っかかったことを正直に言うと…


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この「ゾンダーコマンド」という役目のユダヤ人を主役にしたのは素晴らしいと思います。少なくとも私はアウシュビッツでそういう任務に就いていたユダヤ人がいたなんて知らなかったですから。同胞をガス室に送り、そして自らも数か月後に処刑される。何という悲惨な…。

主人公をゾンダーコマンドにしただけで『サウルの息子』という映画の存在価値は高いと言って過言じゃないとさえ思うんですが、問題は主人公じゃなくて彼の敵、すなわちナチスのほうにあるような気がするんです。

これまでナチスを極悪人として設定した映画は数限りなくあります。そもそも歴史的事実として世界中の人たちが知っています。

別に『眼下の敵』みたいに、ナチス将校にもまともな神経をもっていた人がいただろうからそういう人物を描くべきだとか、ナチスだって同じ人間だなんていうつもりは毛頭ありません。

ただ、この『サウルの息子』は「ナチス=極悪組織」という世界中の人が知っている歴史的事実に依拠しすぎではないか、と思うのです。

ヒトラー総統の号令のもと、ヨーロッパ各地からユダヤ人を連行してアウシュビッツ強制収容所に監禁したうえ、数百万人もの無辜の人々を毒ガスで死に至らしめた。だから極悪組織なのですが、それに依拠しすぎというのは、ナチスを「問答無用で悪い奴ら」という「記号」として扱っている、ということなのです。

『サウルの息子』で描かれるナチスに人間味など皆無です。『将軍たちの夜』のピーター・オトゥールや『シンドラーのリスト』のレイフ・ファインズみたいな「ユニークな悪人」は一人も出てきません。

これは演出の問題ともかかわってくることなのですが、徹頭徹尾カメラが主人公に張りついているため、ユニークなナチス将校を描きたくても描けない、ということもあるにはあったんでしょう。あの地獄絵図を主人公と一緒に観客に追体験してもらうためには、ナチスは記号でかまわない、という潔い決断をしたのかもしれません。

しかし、いずれにしても、それは「魅力的な悪の創出」という脚本家の大きな役目を自ら放棄していることになります。

とはいえ、わからないのです。

放棄したから、というか、カメラはずっと主人公だけを追い続ける、だからナチスは記号でいい、と判断したからこそ、あのような迫真性の高い映画が生まれ、没入して見れたのかもしれません。ナチスを記号として処理したのは英断だったのかも。

でも、どうも腑に落ちないのです。本当にこれでいいのか、という思いを拭いきれないのです。

確かに、ゾンダーコマンドという「アウシュビッツものにおける新しい主人公」の創出はありました。でも、あの悲劇を生み出したナチスという極悪組織を記号として扱ってしまったら、「いまなぜアウシュビッツなのか」という映画製作のモチーフが薄まる結果になっているのではないか。

もっと深読みするなら、全編長回しで主人公だけを追いかける前例のない映画を撮りたい、だから周りで起こっていることとその原因については誰もが知っていることを記号として扱えばいいと考えたのだとしたら、この『サウルの息子』を作った作者たちを私は決して許しません。それはあの惨劇で亡くなった人たちへの冒瀆以外の何物でもありませんから。

しかし、作者がどう考えてこの脚本、この演出に至ったのかわからないので何とも言えません。ただひとつ確かなことは、『サウルの息子』という映画を私は確かに楽しんだけれど、『将軍たちの夜』や『シンドラーのリスト』のほうがずっと好きだ、ということです。


サウルの息子(字幕版)
ルーリグ・ゲーザ
2016-08-01





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先日のアカデミー賞で見事最優秀外国語映画賞に輝いた『サウルの息子』を見てきました。

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「早くも今年のベストワン」という人もいれば、激しい嫌悪感を示す人もいたり、賛否両論みたいで、楽しめるのか途中退出したくなるのかどっちだろうとドキドキした状態で見始めましたが、すんなりと映画の世界に入り込め、最後まで没入して見ることができました。

ただ、この映画には大いなる問題があると思うんですよね。見ているときに感じたのはひとつだけでしたが、見終えてから二つに増えました。

というのも、この映画はずっと主人公サウルに密着して撮影されてるんですね。全編主人公だけを追い続けている。私はそこに何かちょっと奇をてらった感じを受けて「もうちょっと普通に撮っても良かったんじゃないか」みたいなことを友人に言ったところ、その友人は絶賛派で、

「普通、映画は主人公の言動を俯瞰的に見るけど、『サウルの息子』では主人公だけを追うことでその俯瞰的観賞をしにくい状況を生み出し、同時に主人公の体験を観客が追体験できる仕掛けになっている。しかも周りで起こることがアウシュビッツでの地獄絵図なのでまさに強烈な映画体験ができた」

みたいなことを言ってきたんですね。

うん、確かにそれはその通りでしょう。私も最初見ていて、ダルデンヌ兄弟の『息子のまなざし』みたいだな、ぐらいに思っていたのが、次々に迫真性の高い出来事が起こるのでサウルの体験を疑似体験することができました。サウルだけを追うことでそれが可能になったことを否定はしません。

しかし、私はその友人にこう反論しました。

「例えば、ヒッチコックが多用した、主人公の主観ショットとその主人公を捉えた客観ショットをカットバックしたほうが観客が主人公に同化しやすくなったんじゃないか」

つまり、「主人公を」撮るんじゃなくて、「主人公が」見たものを撮ったほうがいいんじゃないか、ということです。もちろん、「主人公を」撮ったショットとカットバックさせるわけですけど、主人公の目と観客の目を同一化させたほうがもっとその効果が出たんじゃないか。

ただ、ラストに出てきた少年(あれが一体誰なのかいまだによくわかりません。サウルが息子の幻影を見ているのかと思ったらどうも違うみたいだし)とのカットバックを印象づけるためにそれまでの100分近くをカットバックなしでやってきたのかな、という気もします。

結局、「よくわからん」のです。

私が古典的ハリウッド映画作法の信奉者だからそう思うだけかもしれないし、そうなると「好みの問題」ということになってしまう。でも芸術って結局好みの問題じゃないの、という気もします。

いったいどっちがいいんでしょうか。映画作りとは本当に難しい。

もうひとつの問題は脚本上のものですが、これについてはまた後ほど。

続きの記事
②脚本上の問題について

サウルの息子(字幕版)
ルーリグ・ゲーザ
2016-08-01





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