2019年10月10日

8月に中止に追い込まれた「表現の不自由展」が再開されました。この件で名古屋市長の河村たかしが抗議の座り込みをしていると話題になっています。あらかじめ言っておきますが、私は表現の不自由展をこの目で見ておりません。見ていないから8月の時点では「何も言えないなぁ」と思ったんですが、何だか事態がおかしなことになってきたので筆を執りました。実際に見てない人間の戯れ言でよければ聞いてください。


河村たかしの言い分にも一理あり
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この人は慰安婦像もけしからんと言っていて、私はあれは展示すべきと思うし、過去の反省をすることが反日的行為だというなら、映画『靖国』への検閲に対して「もっと反日映画を!」と訴えた松江哲明監督と同じように「もっと反日芸術を!」と考えます。

が、問題はこれ↓でしょう。



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立川志らくが新番組で言及していたという「昭和天皇御真影焼却足蹴動画」の展示。

これはよくない。河村たかしも「慰安婦のことばかり報道されてるけど、天皇の肖像を焼いて足で踏むなんてのは暴力でしょう」と言っていて、まさしく! と思いました。表現の自由は最大限保障されるべきですが、特定の人間の肖像を燃やして踏んづけるなんてのは表現じゃないし、言葉で誹謗中傷するよりもっとひどい。だから「暴力」という主張はよくわかります。

数年前のシャルリー・エブド事件でも同じことを思いました。ムハンマドの「風刺画」といっていたけれど、完全に嘲弄する内容で、よその教祖を馬鹿にする自由など認めてはいかんでしょう。あれは決して「表現」ではない。

しかしながら……


なぜ標的が「表現の不自由展」「あいちトリエンナーレ」なのか
河村たかしはなぜ表現の不自由展再開に反対しているんでしょうか。あいちトリエンナーレの開催費として名古屋市が負担すると決まっているお金も出すのを拒否しているらしいですが、これにはまったく同意できません。

河村たかしや志らくが反対しているのは「昭和天皇御真影焼却足蹴動画」だけでしょう? 表現の不自由展は、これまで何らかの理由で表現が規制された作品ばかりの展示だから他にもいろいろ微妙なものもあるんでしょうが、河村たかしが「暴力」と訴えているのはどうも焼却足蹴動画のことだけみたいです。

焼却足蹴動画とその他の展示物を一緒くたにして「再開反対!」というのはまったく同意できません。焼却足蹴動画だけ「そんなものは表現じゃないから展示してはならん!」というなら筋が通ってますが。


リベラルVSネトウヨ
ツイッターの意見なんかを見ていると、リベラルな人はネトウヨを批判し、ネトウヨはリベラルを批判する。そりゃ私も慰安婦像がけしからんと言う意見には批判的です。でも昭和天皇御真影焼却足蹴動画についてはネトウヨたちと同じく「暴力」だと思う。

ひとつひとつの作品に対して「これはいい」「これはダメ」というのが本当であって、ひとつが容認できないからすべて中止にしろとか、すべてを守るためにそのうちのひとつの暴力を容認するのはどちらも筋が通っていません。

内田樹のようなリベラルな人は河村たかしのような右翼的な人の言い分に「一理あり」とは思っていても言えないんでしょうか。右翼的な思想の持ち主はリベラル派の言い分の一部に賛意を感じても「あいつらは敵だから」と隠すんでしょうか。

それでは、「作品」について議論しているんではなく、自分の思想を守ってるだけじゃないですか。「対話」になっていない。相手の非を責めて勝ち誇っているだけ。


撮影禁止は何のため?
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私はこの人の言っていることもよくわからない。

抽選に通った人のみ30人ずつしか入場できないとか、金属探知機で身体検査をするとかいうのは、暴力行為や殺到した人が将棋倒しになることを未然に防ぐためには仕方のないことだと思います。

それから、アーティスト自身が応対する特別のコールセンターを立ち上げたのもなかなか面白い試みではないかと。電凸と言われる電話も多いみたいですが、通常のオペレーターではなく作家自身が出るからトーンが低めだそうで、早速成果が出てる感じでいいですね。

でも、「SNSで拡散するのを防止するために展示室内で動画を撮影することを禁じる」というのにはまったく賛成できません。

SNSで拡散されるのを防ぐっていったい何のため? 拡散されたら困るということは「展示してはいけないもの」があるということではないんですかね? つまりは昭和天皇御真影焼却足蹴動画のこと。


右も左も……


ここまで書いてこの歌がすぐ浮かびました。「右も左も真っ暗闇じゃございませんか」。この「右」や「左」に政治的な意味があるのかどうかは知りませんけど。





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2019年10月03日

文章の書き方教室なのに涙があふれて止まりませんでした。

高橋源一郎さんの『答えより問いを探して 17歳の特別教室』(講談社)


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遺書を書くために文字を勉強した人がいた
学生に「私」というお題で書かせた文章を読んでもらっていろんな感想を言いあったあと、著者は「木村セン」という名前すら聞いたことのない人の文章を読みます。

名前を知らないのも当然です。木村センさんという人は作家でも何でもなく、ただの百姓だからです。しかも生涯に書いた文章は「遺書のみ」。貧しい農家で育ったのでろくに学校に行かせてもらえなかった。明治24年生まれの女性なら当時としては当たり前だったと。

そして昭和30年ごろ、大腿骨を骨折して寝たきりになり、働くことができなくなって、家族に迷惑はかけられないと自死を選びました。

しかし、学校に行ってないので文字を知らない。自分の気持ちを書き遺したくてもできない。木村センさんは「遺書を書くためだけに」文字を勉強したそうです。

そうして書かれた遺書の全文が以下です。


四十五ねんのあいだわがままお
ゆてすミませんでした
みんなにだいじにしてもらて
きのどくになりました
じぶんのあしがすこしも いご
かないので よくよく やに
なりました ゆるして下さい
おはかのあおきが やだ
大きくなれば はたけの
コサになり あたまにかぶサて
うるさくてヤたから きてくれ
一人できて
一人でかいる
しでのたび
ハナのじょどに
まいる
うれしさ
ミナサン あとわ
 よろしくたのみます
 二月二日 二ジ



以上です。この100文字にも満たない文章に木村センさんという人のいろんな想いがつまっているじゃないですか。

誤字脱字だらけ。間違いだらけ。意味不明の箇所もいくつかある。こんな下手糞な文章が人の心を打つ。言葉とは、文章とは、とても不思議なものです。

たまに「どうしたらうまく書けるようになるんですか?」と訊かれます。そういう問いには、

「うまく書こうとしないこと」

といつも答えています。

木村センさんだって「うまく書こう」とは思っていなかったはずなんですよね。ただ、自分の思いを伝えたい。あなたたちに私はこういうことを伝えたいのだという思いだけがあった。

うまい文章が伝わるのではない。
伝わる文章を「うまい」という。


本の中の先生
著者は、誰にも文章の書き方なんて習わなかったといいます。でも先生はいたはずだと。それはやはりたくさん読んだ本から学んだんだろうという、考えてみれば当たり前の話ですが、じゃあ、私にとって本の中の先生って誰なんだろう? 

以前は「中島らも」って答えてたんですよ。らもさんの本を浴びるように読んでいた10代後半から20代にかけて私の文章力は見違えるほどになりましたから。こんなこと言っても誰にも信じてもらえませんけど、中高生の頃は作文や読書感想文が一番苦手だったんです。それが中島らもを読むことで鍛えられた。

でも……

中島らもは作家・エッセイストとして尊敬してはいるけれど、やはり今日の私の文章力(というものがあればの話ですが)の礎を作ってくれたのは小学校の先生だろうと。

その先生は担任ではなかったし何の接点もなかったけれど、卒業文集にとても印象的な文章を書いていました。ここで紹介するのは控えますが、いま久しぶりに読んで涙があふれてきました。

はっきり言って下手糞です。うちの親父などは「教師たるものがこんな駄文を書くなどけしからん」と怒っていました。でも私は感動した。少なくとも通り一遍のことをもっともらしく書いて体裁だけ整えた他の教師の文章より、とても熱い「何か」を感じました。


モヤモヤ
高橋源一郎さんは「モヤモヤした思いを大切に」と言います。

我々が文学に感動するのは、その「モヤモヤした何か」なのではないか。言葉では言えないことを言葉で表現するという矛盾に文学者はおそらくずっと引き裂かれてきた。

だから、契約書やマニュアルなどの実用文と、詩や小説などの芸術文とを分けて教えるなどという愚策を誰が考えたのかと声を大にして言いたい。

契約書やマニュアルは明晰な文章で竹を割るようにスパッと書けばいいし、その通りに読めばいい。

問題は、モヤモヤした何か、言葉では言えない思いをどう表現するかでしょう? 他人のそういう言葉をどう聞くかでしょう? 他人のモヤモヤした想いを汲み取れない人間を育てるのが「教育」なんですか?

政治家や文科省の役人には木村センさんの遺書を何度でも読み直すことを強くお薦めします。

私は、この遺書が載っている朝倉喬司という作家の『老人の美しい死について』を読みます。







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2019年10月02日

以前、↓こんな遊びをしました。↓
80年代アメリカ映画ベストテン!

『映像のカリスマ』で黒沢清監督がやっていたマニアックな「70年代アメリカ映画ベストテン」をまねてみたんですが、今度は90年代でやってみようと。

何かつい最近、キネ旬誌上で90年代日本映画・外国映画ベストテンというのがあったらしいですが、まだそんなことやってるの、と。

毎年のベストテンもそうですが、いつまで「日本」と「外国」に分けるつもりなのでしょう。映画において国籍が意味をもつとすれば「アメリカ」と「非アメリカ」だけでしょうに。

私が通っていた専門学校の校長は日本の老舗メジャー映画会社の社長さんでしたが「アメリカ映画こそ映画のスタンダード」と言っていました。黒沢さんも「すべての映画はアメリカ映画を目指して作られている」と言っていました。

だからアメリカ映画だけのベストテン。

80年代では広く人気の高い作品も何本か選んでしまったので、今回はそのような愚だけは犯すまいと自分を戒めながら選びました。

以下に当てはまる作品は最初から除外しています。

①いま現在も人気の高い監督、すなわち、イーストウッド、ウディ・アレン、バーホーベン、ジョン・カーペンター、デ・パルマ、スコセッシ、スピルバーグ、キャメロン、ゼメキス、リンチ、クローネンバーグ、アルトマン、タランティーノ、ティム・バートン、ファレリー兄弟などの全作品。

②アカデミー賞や大きな映画祭の賞に絡んだもの、または批評家からの評価が高かったもの、すなわち、『羊たちの沈黙』『JFK』『恋におちたシェイクスピア』『アウト・オブ・サイト』『ブギーナイツ』など。

③公開当時の評価や人気は高くなかったけど、いま現在は高い人気を誇っているもの、すなわち、『シリアル・ママ』『ダークマン』『ブレイド』など。

「もう誰も語らなくなった哀しいアメリカ映画たち」がコンセプトです。

だから逆に、①②に該当するけど、いまではすっかり忘れられた作品は対象にしています。まぁどこまでが対象かはかなり恣意的です。


では、10位から行きましょう。


第10位 『メン・アット・ワーク』(1990、エミリオ・エステベス監督)
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エミリオ・エステベスという忘れられた名前を称揚したかったという思いはもちろんありますが、これはとにかく劇場で見てゲラゲラはらわたよじれるほど笑って実に楽しかったので。もうほとんど憶えてませんが、キース・デビッドという名前をこの映画で憶えた記憶があります。まだ映画を見始めたばかりで『ゼイリブ』すら見てませんでしたからね。実に楽しいアメリカ映画らしいアメリカ映画。



第9位 エビータ(1996、アラン・パーカー監督)
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やはり90年代を代表するミュージカルはこれでは? 淀川長治さんが最期のベストテンで1位に推していた『世界中がアイ・ラヴ・ユー』なんかもありますけど、こっちのほうが本格派。やはりアラン・パーカーは音楽映画の人だなと。マドンナが出ているというそれだけで、アントニオ・バンデラスがチェ・ゲバラを演じているというそれだけで不当に低く評価されたのには腹が立ちました。



第8位 デーヴ(1993、アイバン・ライトマン監督)
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政治家には無垢で誠実な人こそふさわしいという青臭いメッセージ。でも青臭くない人間が本当は政治なんかに携わっちゃいけないし、青臭くなければ「作品」とは言えない。ニセモノ大統領に補佐官が言う「君のためなら死ねる」という言葉が胸に沁みる現代のファンタジー。
アイバン・ライトマンへの不当に低い評価への異議申し立ての意味もこめて。息子のジェイソンより私は父親アイバン派。ボーイ・ミーツ・ガール映画としても出色の出来映え。



第7位 ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ(1997、バリー・レビンソン監督)
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バリー・レビンソンも不当に低く評価されているように思います。『わが心のボルチモア』もよかった。でも、デビッド・マメット&ヒラリー・蜘蛛女・ヘンキンによるブラックな味わいのこちらを。いまや普通のこととなった国家権力によるフェイクニュースを扱っています。「直進する光」というありえない証明設計をした撮影監督ロバート・リチャードソンは私のお気に入り。ダスティン・ホフマンがめちゃ可笑しい。



第6位 ゲット・オン・ザ・バス(1996、スパイク・リー監督)
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やっぱりスパイク・リーの最高傑作はこれでしょう。最新作の『ブラック・クランズマン』もよかったけど。『ジャンゴ 繋がれざる者』にも出てきた「黒人を差別する黒人」をバスから追い出す場面は痛快の一語。
黒人だけでなく、ユダヤ人やゲイなど被差別民たちも多数乗り込んでいて、その人間模様がとても豊か。共和党を支持する黒人なんておかしいとか、ぜんぜん知らなかったアメリカの裏事情の勉強にもなりました。



第5位 いとこのビニー(1992、ジョナサン・リン監督)
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これはマリサ・トメイがブレイクした作品として。いや、1本の映画としても傑作ですよ。節度のある作劇と古典的な演出が実に好もしい。
でも、やっぱりマリサ・トメイ! 彼女がいなければ90年代のアメリカ映画はとても淋しいものになっていたでしょう。ジョナサン・リンなら『ナンズ・オン・ザ・ラン/走れ! 尼さん』も楽しかった。



第4位 救命士(1999、マーティン・スコセッシ監督)
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これが例外の1本。スコセッシなのになぜか忘れられてる。もう誰も語る人がいない。脚本はポール・シュレイダー。監督もした『白い刻印』もよかったですが、やはり彼自身の演出によるものよりスコセシッシが撮ったもののほうが好き。
「地獄めぐりの話に新味はないが腹の据わりが違う」と週刊文春シネマチャートで芝山幹郎氏が絶賛していましたがまことにもって同感。このまま忘れさせてなるものか。これまたロバート・リチャードソンによる変テコなライティングが楽しい。(『JFK』はもっとすごいけど)


さて、ここからがベスト3!







第3位 カナディアン・エクスプレス(1990、ピーター・ハイアムズ監督)
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ジーン・ハックマンの演技力に尽きる。2003年を最後に映画に出ていません。闘病生活をしていると聞いたこともあります。もうスクリーンでは見られないのか。そんな思いとともに選びました。
監督がピーター・ハイアムズで主演がジーン・ハックマンなのに忘れられてる。めちゃんこ面白いのにヒットしなかった。批評家からも無視された。これは何者かによる陰謀なんじゃないかとさえ思います。



第2位 PNDC/エル・パトレイロ(1991、アレックス・コックス監督)
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これは正確にはメキシコ映画なんでしょうが、日本・メキシコ・アメリカの合作なので強引に入れてみました。完全に映画界から抹殺されたアレックス・コックスという名前を称揚したかったという思いとともに。
でも、あの長回し、長回し、長回し。もう内容は憶えてませんが、足を怪我した主人公が必死で走る姿を長回しでどこまでも引っ張るあの映像がいまでも鮮烈に瞳の奥に焼きついています。


そして栄えある第1位は……










第1位 ミュート・ウィットネス(1995、アンソニー・ウォラー監督)
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これ、めちゃくちゃ面白いんですけどね。もはや完全に忘れられてしまっています。殺人現場を目撃するも警察には信じてもらえないうえに死体も消えているという古典的な設定ですが、細かい趣向が凝らされていてエンドマークまで息つく暇がない。先日再見しましたがまったく色あせていません。
アンソニー・ウォラーはヒッチコックの再来と言われたみたいですが、あのケレン味たっぷりの演出は正確には「デ・パルマの再来」ですね。この映画のあとジュリー・デルピー主演『ファングルフ 月と心臓』という傑作を撮った以外は鳴かず飛ばず。特に今世紀に入ってからは日本未公開の作品が1本だけ。。。

90年代アメリカ映画から忘れられた最も哀しい名前はアンソニー・ウォラーだ!!!


以上極私的偏愛する90年代の10本でした。

次点として、『壁の中に誰かがいる』『L.A.ストーリー/恋が降る街』『ブレーキ・ダウン』『ディック・トレイシー』『インディアン・ランナー』などを挙げておきます。忘れられた哀しいアメリカ映画はもっと他にもあるような気がするので「これは」と思うものがある方はぜひ教えてください。


また気が向いたときに2000年代のベストテンをやりたいですね。もちろんアメリカ映画だけの。







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