2019年11月23日

いまコールセンターで働いています。

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え、おまえ、3年前に吃音が原因でコールセンター辞めたんじゃんなかったの? と思う人もいるかもしれませんが、半年前までデータ入力の仕事をやっていた会社に雇ってもらったんです。当然データ入力の仕事で。

ただ、会社の方針が変わり、受電対応ができるベースがあって初めてデータ入力の作業ができるとなったらしく、以前は入社していきなりデータ入力の仕事だったけれど、今回はまず受電から。年内いっぱいが目途らしい。

さて、私が3年前に働いていたのはA社のコールセンターで、今回のB社のコールセンターどちらもZ社という会社が請け負っています。そこで、以下、A社におけるZ社をAZ、B社におけるZ社をBZとします。

同じZ社なのにAZとBZはあまりに違います。違う会社なら「同じコールセンターといっても会社が違えばいろいろ違うんだな」の一言ですませられますが、同じ会社なのに違いが多すぎてイライラします。

まだ受電し始めたばかりだから業務に関することはあまりわかりませんが、大きく二つの事柄、すなわち、

①研修
②休憩

について書きます。


違いすぎる研修制度
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以前のAZに比べて現在のBZは研修制度が確立されていません。

最初に座学研修があるのは同じですが、BZの座学は短すぎます。確かにA社のほうが憶えることが多いので座学研修が10日間というのはうなずけますが、B社だってそれなりに憶えることが多いのに座学はたったの二日だけ。

だから、ロープレ(ロールプレイング)をたくさんやって実践的なトレーニングをたくさんするのかと思ったらそれも違う。AZのほうがロープレの回数は断然多い。

BZでもロープレの時間そのものはたくさん取りますが、SV(スーパーバイザー)がお客さん役、私たちがオペレーター役になってトークスクリプト(台本)を読んでいくトレーニングがあまりに少ない。一回の会話が終わると、後処理、つまり入力ですね、そちらのほうにたっぷり時間をかける。だから朝から2時間でロープレ2回だけなんてザラです。

AZでは、座学10日間のあと、ロープレが5日ほどあります。後処理については座学期間中にしっかり学んでいるし、実際に受電するときはマニュアルを見ながらやればいいという考え方。それはBZでもそうです。研修SVは「話中はお客さんを待たせることになるからどんどん手上げして訊いてほしい。でも後処理はいくら時間を取ってもいいからマニュアルを見返して正確に入力してください」という。

その言葉は至極まっとうだけれども、それならロープレをもっとしっかりやるべきだと思う。いくらでも質問してほしいといっても、2回以上保留すると「またか」みたいなため息をつく人がいるので、できるだけSVに訊かないほうがいいのも事実。だから後処理の研修に時間を割かず、ロープレをもっとやるべき。

後処理は文字通り「後でやること」です。じゃあ「前」は? お客さんとの会話ですよね。前がしっかりしてないのに後をしっかりさせても意味がない。土台は電話での会話であり、その上に後処理があるのに、土台固めをしないまま研修が終わってしまった。

AZのロープレは、責任者がお客さん役を務めることが多かったですが、そのときオペレーター役をやる研修生以外は他の研修生同士でペアを組み、客とオペレーター役を交互に務めながらロープレをやるんです。この「客の役をやる」というのがAZの研修の勘所だったといまになって思います。

オペレーター役をやるのは当たり前ですが、客の役もやるというのが勉強になる。オペレーター役がスクリプトの正しい部分を読んでいるかどうかをお客さん役の研修生が判断してダメ出しをしないといけない。

だから、BZではSVだけがやっているお客さん役をAZでは研修生がやるんですよ。つまり研修生がSVみたいな感じ。オペレーター役をやるよりお客さん役をやったほうが勉強になるんです。それをBZではまったくやらない。Z社という同じ会社なんですよ。

AZではロープレをガンガンやったあとに、OJTとなります。実際に電話に出るんですが、平のオペレーターとSVの間に「リーダー」という役職があって、たいていはリーダーが同じ音を聞いて助け舟を出してくれます。それはBZでも同じ。リーダーという役職はないみたいですが、ベテランのオペレーターが横についてくれて助け舟を出してくれます。

しかし、やり方がぜんぜん違う。AZのリーダーは研修トレーナー専門みたいな感じで、その手の研修を受けてるみたいだから、客と私の声を聞いてはいるけど、聞いてない体で手上げして質問するように、と言う。聞いてもらっている前提で半端な質問をしたら叱責されました。

そういう厳しさがBZにはない。確かに、横にベテランさんがついてくれたとき、SVが「横の人が聞いてない体で手上げして質問するように」とAZと同じことを言われました。でも、ベテランとはいえリーダーではない彼女たちはトレーナーとしての研修を受けていないので、こちらが質問する前にどんどん答えを言ってくるんです。助かることは助かるけれど、あれでは勉強にならない。

そんな何の厳しさもないOJTがたった二日で終わり、すぐ一人受電ってちょっと急ぎすぎじゃないですか? AZでは10日間の座学、5日間のロープレ、そしてOJTも2週間半ほどありました。一人受電デビューまで1か月半かかりました。

AZで一人受電のデビュー直前、責任者は研修生一人一人がどれぐらいできるかを担当リーダーに確認していました。人によって「じゃあ明日から取らせよう」「あ、じゃまだ無理ね」と、一人一人の頃合いを見計らってデビューさせる。それがAZのやり方。頃合いを見計らうとは「数値に換算できない何ものかで判断する」ということです。

BZでもデビューする日がまちまちですが、おそらく「研修+OJTの日数(=数値)」で決めている。だっていまデビューしているのは毎日出勤のシフトの人間だけ。週に三日だけの人はまだ受電すらしていない。能力ではなく研修を受けた日数で決めている。

BZの責任者が言っていました。

「OJTの期間をもっと長くとってほしいとみなさん言うんですけど、正直な話、長くとってもあまり意味がありません。実際、特別に一か月くらいOJTさせてあげた人がいましたが、結局デビューできないまま辞めていきました。実際に一人で受けて憶えていくしかないんです」

「実際に一人で受けて憶えていくしかない」……これに異を唱えるつもりはありませんが、荒野に放り出すときにもたせる水と食糧の質と量がAZとBZではぜんぜん違うのです。

充実した研修制度が確立されているAZでも離職率は高かった。BZはもっと高い。私が復帰する前に時給を120円上げたそうですが、応募する人は増えてもあの研修のやり方では離職率を低めることはできません。AZですら辞めていくんだから、BZで人が定着しないのは理の当然かと。


「休憩一覧」がない!?
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休憩に関してもぜんぜん違います。

BZではホワイトボードに昼休憩の時間が書いてあって、その時間に取っていいんですが、AZではパソコンの受付システムの中に「休憩一覧」というのがありました。その日出勤する人間の名前がズラッとあり、誰それは10時15分から10分休憩、11時45分から昼休憩、2時半から2回目の10分休憩、というふうに一人一人書いてあるわけです。その休憩一覧のとおりに休憩に行くと一番受電率が高くなるように計算されているらしい。

だから、繁忙期の最も忙しい日は、10時すぎから責任者が「いくら待ち呼(←まちこ。待っているお客さんのこと)がいても休憩一覧の通りに休憩行ってよ!」とずっと叫んでいました。

繁忙期でなくとも、もし休憩に行ってなかったらSVが来て「休憩行ってきて」と行かされます。それがBZでが昼休憩は当然ながら誰もが取りますが、10分休憩についてはほとんどの人が行っていない。「取れるときに取って」というスタンスだから行きにくいんでしょう。休憩一覧があったら行きやすいと思うんですが。

私は「日本で一番労働者の権利を主張する人間」と自負していますから、待ち呼がいても堂々と休憩に行っています。わはは。トイレも合法的な休憩だからどんどん積極的に行っています。だって休憩しないと集中力も能率も落ちますよ。お客さんに迷惑がかかりますよ!

でも日本人は基本的にクソ真面目で自己犠牲を重んじる民族だからか、ほとんどの人が10分休憩に行っていない。それを会社は良しとしている。何で同じZ社なのにここまで違うの?

「休憩をもっとちゃんと取ろう」と同期の人に布教して回ってるんですが、効果が薄い。こんなことではいつまでたっても過労死はなくならないだろうな。やっぱり会社が休憩に行かせてあげないと。


SVとステータス
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SVに関してはBZのほうがましでしょう。同期の人は「Yさんが恐い」とみんな言っていますが、確かにYさんはいい死に方をしないだろうなとは思うものの、AZのSVに比べればましですよ。AZと同じようなタチの悪いSVが支配していたらBZはとっくに崩壊でしょうね。逆に、研修制度などが充実したAZで離職率が高いのはSVが原因でしょう。

それはともかく、BZでも当然ながら「処理が間違っている」とSVが来ることがあるんですが、いきなり来てしゃべり始めるんですよ。あれは問題。そのときにお客さんから電話が入ったらどうするんですか。後回しにするの? それじゃ言い忘れる可能性があるし、何よりオペレーターが混乱してしまう。

だから他の人がどうしているか知らないけれど、私はSVが来て話を始めたら、勝手にステータスを「後処理」に変えています。こうしておけば電話は入らない。

そこらへんはAZでは徹底していて、SVはオペレーターの席に来たら、必ず「○○さん、後処理にして」と言って、ステータスを変えたのを確認してから話を始めます。これなら混乱が起きない。

BZでは、そういうときの対応が制度として確立されていない。だから、そういうときに「後処理」にしていない新人さんに電話が入り、慌てふためいて出たためにしどろもどろになって客に怒鳴られる、あるいは案内漏れがあってクレームにつながる、そして辞めるというシチュエーションが出来することは容易に想像がつきます。


ゆっくり急げ
それから朝礼の「受電率」。昨日の受電率は何%でしたとBZでは毎日聞かされるんですが、AZではまったくなかった。そりゃA社もB社もZ社に対して「受電率○○%以上を!」と口うるさく言っているはずです。でもAZではそれは責任者やSVしか知らないこと。変に「数値」を言ってもっと急げ、なんて言ったらミスが多くなると考えているんだと思います。

BZではとにかく受電率を上げることが至上命題。だからみんなめちゃくちゃ急いでいる。でもあれではミスが多発するだけ。ベテランさんの横についてどういう案内をしてどう処理しているかを見せてもらったとき、あまりに急いでタイピングするので間違ってバックスペースやデリートで消去してよけい時間かかっていました。(←これ、ほんとに多かった。みんな落ち着いてやれば正確に速く打てるはずなのに心に余裕がないんでしょう)

「ゆっくり急げ」というラテン語で伝わる格言があります。日本語でも「急がば回れ」という。ほんとに急ぐなら歩みを遅くしたほうがいいんです。それを無理に急かせるからミスが増えて客からのクレームが発生したり、B社から文句を言われたりするんだと思う。

急ぐとよけいに時間がなくなるんです。電車や洗濯機がなかった昔の人より現代人のほうが「時間がない時間がない」と言っているのが何よりの証左でしょう。

そりゃAZでも電話の時間と後処理の時間というのは厳密に管理されていて、その月一か月の受電時間と後処理時間の平均タイムを渡され「もっと速くしてください」と言われたことはあります。でも月に一度だけ言われるのと、毎朝「もっと速く、もっとたくさん」と言われるのとでは精神的余裕にかなりの違いが出ます。

受電率もスピードも「数値」です。BZは数値にこだわりすぎだと思う。

先日、クローズアップ現代で「もしもし革命」というのを見ました。AIが将来人間の仕事を奪うと言われているなかでコールセンターのオペレーターだけは機械が代替できないだろうと。数値を上げるだけならAIでも可能だが、数値に換算できない何か、そこに人間が対応する意味があるという主旨でした。

というわけで、なぜ同じZ社なのにここまで差があるのか理解に苦しむ今日この頃です。あのままではいくら給料を上げても人は定着しませんぜ。


督促OL 修行日記 (文春文庫)
榎本 まみ
文藝春秋
2015-03-10




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2019年11月21日

前回の記事
この世界観に異議あり! 『ターミネーター:ニュー・フェイト』感想①


前回は脚本というか「企画」についての話でしたが、今回は「演出」についてです。


主人公の登場のさせ方
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何よりもまず主人公サラ・コナーの登場のさせ方がよくないと思いませんか?

サイボーグ兵士のグレースが登場して救世主の母ダニーを守ろうと橋の上で銃撃戦になります。そこで突如、別の車がターミネーターを弾き飛ばして登場します。その車から降りる足。

いったい誰だ? T-800か? と思ったらサラ・コナー。

足から登場するのは抜群にいいと思うんですが、そのあとカットを割っていきなりリンダ・ハミルトンの顔を見せるでしょう? あれがよくない。

以前通っていたシナリオ学校で「主人公は暖簾を分けてサッと出る」というふうに登場させなさいと教えられました。

暖簾の奥に誰かがいる、誰だろう、という期待をタメてタメてサッと出るのがいいと。

でも、『ニュー・フェイト』のサラ・コナーの登場は、足が映ったと思ったらすぐに顔を見せる。タメがないんですよ。

だから、足からゆっくりパンアップして顔を見せなきゃいけなかったと思います。

山田宏一さんの名著『新編 美女と犯罪』で「フィルムノワールにおけるファム・ファタールは足から登場する」というのがあって、『深夜の告白』のバーバラ・スタンウィックなどが紹介されるんですが、だからこそサラ・コナーの登場を足からというのはすごくいいと思うんです。ファム・ファタールじゃないし美女でもないけど。

だからこそ、なぜ足から顔へゆっくりパンアップしなかったのか。非常に残念です。


アクション演出
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もう20年近く前に『シュリ』という韓国映画がありました。

あの映画を「アクションがすごい」と褒めてた人がいましたが、私にはまったく理解できなかった。

銃撃戦のシーンで、マシンガンを連射するカットがあっても、その人物が誰を狙っているのかがわからない。全体的な、敵と味方の配置がどうなっているのか、というのもわからないし、距離感もまったくわからない。ただ「激しい撃ち合いが行われている」ことしかわからない。あれはダメでしょう。

この『ニュー・フェイト』は『シュリ』ほどひどいとは思いませんでしたが、画面上で何が起こっているのかよくわからないカットがたくさんありました。アメリカ映画ですらこんな事態になっているのかと愕然となりましたね。

最近はやりのマーベル映画にも感じることではあるんですが、編集でごまかしているとしか思えないアクション映画がとても多くなった。12年前の『ボーン・アルティメイタム』なんか目まぐるしくカットが割られて何が起こっているのか少しもわからない。15分で途中退出しました。スコセッシじゃないけど、あれは「映画」じゃないね。

「映画とはまず見せ、そのうえで語るものである」とは、かのアレクサンダー・マッケンドリックの至言ですが、アメリカ映画ほど「見せたうえで語る」という古典的作法に忠実だと思っていましたが、最近ちょいと認識が変わってきました。アメリカ映画好きには残念な事態です。


サラ・コナーとT-800
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ここからは前回の「企画」の話に戻りますけど、このシリーズはあくまでもサラ・コナーが主人公だし『2』の正統的続編と謳っているわけだからリンダ・ハミルトンの再登場は当然と思います。でもシュワルツェネッガー=T-800を再登場させたのはどうだったのかな、と思いますね。

新たなサラ・コナーたるダニーを登場させるのだから、元救世主の母サラ・コナーの登場は必須。でもT-800はもう必要ないですよね。アンドロイドなのになぜか歳食ってるし。

シュワルツェネッガーにこだわりすぎたのもこの映画の敗因のような気がします。


関連記事
『ターミネーター』第1作(アクション映画の古典!)
『ターミネーター2』(ラストがいまだにわからない!)

マッケンドリックが教える映画の本当の作り方
アレクサンダー・マッケンドリック
フィルムアート社
2009-09-28





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2019年11月17日

さっき東京の友人(といってももうすぐ70歳になる人)から電話がかかってきて、挨拶もそこそこに沢尻エリカの話になった。

前々から私が「沢尻エリカが好き」と言っていたから電話してきたらしく、「何で彼女は麻薬なんかやったのかね」と訊いてきた。

「別に麻薬くらいいいんじゃないですか?」と私は答えた。

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だって殺人や強盗はいつの時代、どの国でも重罪だけれど、薬物は時代や国によって違う。戦中の日本では覚醒剤が合法的に作られていた。戦艦や戦闘機を毎日徹夜で作らせるために軍部が覚醒剤を量産して労働者に打ちまくっていた。敗戦して大量の在庫を一掃するために、「この薬物はヤバい」という認識がありながら「ヒロポン」と称して合法的に売り続けた。在庫がなくなると途端に違法化した。

国の都合で変わるようなものは「悪」でも「罪」でもないと思う。そりゃ、ま、大麻やヘロイン、コカインなどの植物由来の薬物と違って覚醒剤は合成薬物なので精神錯乱して誰かを殺す可能性があるからダメだという意見には反対しません。が、別に麻薬くらいいいじゃないか、というのが私のスタンス。

その人も同じ考えをもってるはずだし、そうじゃなかったら友だち付き合いなんかしないのにおかしいなと思ったら、

「いや、そうじゃないんだ。そういう倫理的なことはどうでもいい。いまの時代、麻薬やってるのがばれたら女優業は完全アウトでしょ。それがわかっていながらなぜ渋谷のクラブなんてすぐ目のつくところで買ってたんだろう」

なるほど、そういうことか。それは私も同感。『パッチギ!』の井筒和幸監督も「アホンダラ!」と言ってましたが、あの人も同じでしょう。別に倫理的にダメだと言ってるんじゃなくて、女優としてありあまる才がありながらなぜばれたら即アウトの麻薬に手を染めたのか、と。しかもすぐばれるやり方で。

私も「もう沢尻エリカを映画やテレビで見ることはできないのか」と暗澹たる気持ちになったし。

でも、友人は別にファンではないので残念という気持ちから言っているのではなく、「なぜ女優が続けられなくなるようなことをやっていたのか」という素朴な疑問とのことだった。


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友人は言った。

「沢尻エリカは女優を辞めたかったんじゃないか。そのためのきっかけがほしかったんじゃないか」

「それは違うでしょう。それなら『別に』で何年か干されたときに辞めてるはずだし」
「いや、でもあれは計画的犯行じゃないじゃない。虫の居所が悪くてポロっと言っちゃっただけでしょ。そういうのがきっかけで辞めるっていうのはエリカ様はできなかったんじゃないか。自分の意思でで辞めたかったんじゃないかと」

なるほど。一理ある。一理あると頭ではわかっても体が拒絶していた。腑に落ちないというやつ。


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そういえば、沢尻エリカが好きだというと、決まって「あの『別に』はいいの?」と訊かれる。

そりゃ褒められたことではないし、映画関係者や事務所の社長からこっぴどく叱られてしかるべきでしょう。しかし、日本中が寄ってたかって叩くことではない。

だから別に「別に」はいいではないか、というのが私のこの12年間変わらないスタンスだけど、エリカ様はやはり「別に」程度のことで叩かれまくる日本の芸能界に嫌気が差していたのは事実だと思う。

でも、それって芸能界にかぎらない。いまはどんな業界でも品行方正であることが尊ばれる。昔のようにアウトローが喝采を浴びるなんてことはなくなった。

沢尻エリカはそれに反旗を翻したかったんじゃないか。

「いつか絶対ばれることを承知のうえでやっていたというのには同意します。ただ、理由は女優を辞めるきっかけがほしくて、ではないと思う。やってはいけないこと、イリーガルなことに手を染めていたかったんじゃないですか。それが自分の生き方だという」

今朝読んだ記事で、『ヘルタースケルター』に出演したとき、週刊文春で「大麻疑惑」と書かれたらしく、近しい友人がやめるよういくら説得しても「これが私の生き方だから」と固辞したとか。警察の家宅捜索でも潔く「ここにあります」と自分から教えてたらしいし。悪あがきをしないところはさすが肝が据わっている。

それもあってそう言ったんですが、友人は、

「そうか、君は麻薬を『原因』だと捉えるわけね。俺は『結果』だと思うんだけどな」

うーん、ここはちょいとわからなかった。「男が長話をするのもナンだから」と友人は電話を切ったのでそこで話は終わったけれど、「原因」「結果」という言葉は違うんじゃないか。

「手段」と「目的」でしょう。

友人は、麻薬を手段として女優を辞めるという目的を達成した、と主張。

逆に、麻薬そのものが目的だというのが私の主張。やってはいけないことにいつまで手を染め続けられるか、そのゲームを楽しんでいたような気がする。


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「桜を見る会」の目くらましのための逮捕。それはそうでしょう。他にも逮捕候補者はいるだろうに、嫌われ者の沢尻エリカというとっておきの切り札をもってきたのは、「桜を見る会」が相当ヤバい案件であることの何よりの証左に違いない。でも、そういうことが一切話題に出ない「沢尻エリカはなぜ薬物に手を染めたのか」という会話。とても有意義だった。


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さんま御殿で沢尻エリカの本音がポロリ

erikaー沢尻エリカ写真集
橋本 雅司
学習研究社
2004-04-08





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