2017年01月04日

WOWOWの今年の正月特集は『必殺!』シリーズ一挙放送。
ということで、一番大好きな『必殺!Ⅲ 裏か表か』を久方ぶりに見ました。


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見直さなければよかった
いやはや、これがとんだ見当違いでした。
というか、昔見たのは中学生の時分なので、見る目がなかったのかしらん。。。

何かいろんなところが杜撰なんですよね。特に脚本が。

「いまは金が人を殺す時代」という文句はいいと思うんです。現代にも通じるし、そもそも金銭というものが流通し始めたころから金が原因の殺人ってあったと思うし。

だから、前半の伊武雅刀のセリフ「人が金を動かすのではありません。金が動いているから人は生きていられる」というのもすごくいいな、と。

「人が原発を動かすのではない。原発が動いているから人は生きていられる」と替えたら震災以後の現代ニッポンを撃つ言葉になろうし、世界観とか話の導入部はとてもいいと思うんです。

20年きちんと勤めたのにたった一度の間違いで算盤を取り上げられ一家心中に追い込まれる岸辺一徳のエピソードなどもいまに通じますよね。

でも、松坂慶子のキャラクターがよくわからない、行動原理が何なのか。亭主を殺した奴らと手を組みながら、最後に復讐を果たすというのも何だか…。最初からそれが目的だったの? よくわかりません。

昔見たときは、導入からクライマックスまで息も継がずに見て、最後の大立ち回りでは文字通り手に汗握ったもんでしたが、今回は何だかずっとだらだら見てました。

目が肥えたんでしょうか? よくわかりませんが、こんなことなら見直さなきゃよかったとすら思います。あのまま『必殺!Ⅲ』はすごかったという記憶とともに墓に入りたかった、と。


先輩の思い出話
そういえば、この作品は私が働いていた撮影所の作品です。一番近しい先輩がこの作品に助手としてついていたので当時の思い出話を興味深く聞いたことがあります。

あの、藤田まことと松坂慶子が燃える船をバックに会話をする場面。現場を経験したいまならわかりますが、当時はあれが「絶対に失敗が許されないカット」とは知らずに見ていました。

ちょうど、私が撮影所に入って最初の作品の監督が映画版『必殺!』1作目の監督さんだったんですが、その先輩は悪口ばかり言ってましたね。「同じ必殺の監督なのに工藤さんとはえらい違いや。一発勝負の緊張感とかそういうのが少しもない」とかって。

工藤栄一監督とは一度だけ、それも撮り直しだったので一日だけご一緒したことがありますが、とても粋な方でした。

「ホンが書けんかったら監督にはなれへんでぇ」と助監督さんに言っていたのを聞いたことがありますが、この映画の脚本の不備には気づかなかったんでしょうか。

そこが一番不可解なのです。


野獣刑事
緒形拳
2018-07-01


 

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2017年01月03日

ちょっと前にドンキホーテでも思ったことですが、今日はダイエーで同じことを思いました。てことは、流通業界全体がほとんど同じようなことになってるんじゃないかと。

何の話かというと、マンガン乾電池についてです。


ダウンロード 

ドンキホーテにもダイエーにもアルカリ乾電池は置いてますが、マンガン乾電池は置いてないのです。

私自身、つい数年前まで知らなかったので偉そうなことは言えんのですが、世間では「マンガン乾電池は性能が悪い」とか「アルカリのほうがたくさん電気が入っている(つまり長持ちする)」という誤解があるようなんですね。

マンガンとアルカリ。ほんとは用途によって使い分けるべきなのです。 

マンガン乾電池は、休み休み使う電化製品向きで、ずっと使うにしてもごく少ない電流で大丈夫な場合に適しています。だから、時計、リモコン、懐中電灯なんかにいいそうです。いまググってみたら携帯ラジオにもマンガンが適しているとか。

アルカリは、一時にたくさんの電流が必要な電化製品向きです。CDラジカセとか、デジカメ、強力ライトなどに適しています。

適しているものを使ったほうが長持ちするそうです。だから時計にアルカリを使うと逆に長持ちしないし、CDラジカセにマンガンなんか使うのは論外です。

だから、どちらも店頭に置いておくべきなのに、世間の「アルカリのほうが高性能」という誤解のために売れない、売れないなら店頭には並べない。

流通業の言い分としてはそれでいいのかもしれませんが、やっぱりどうも違うと思うんですよね。

だって、時計にアルカリを使ったら逆に長持ちしないわけだから、客のことを考えてませんよね。「時計やリモコンにはマンガンのほうが長持ちするんですよ~」と宣伝して売るのが正しいのでは?

それをしない理由はひとつしかありません。ドンキホーテやダイエーの従業員はマンガンとアルカリの違いを知らないのです。

自分たちが扱っている商品の特性を何も知らない。これって絶対におかしい。

そりゃ、彼らが作っている商品じゃないけれど、売る以上は知っておくべきでは? 客から聞かれたらどうするの?

ダイエーはともかく、ドンキは何年か前にあふれた商品に火がついて大火事おこしましたよね。通路をふさぐほど商品があふれているというのは、売れ筋商品は何かリサーチ→仕入れる→売る/売れ残る→次の仕入れ量を考える→仕入れる→売る/売れ残る→次の仕入れ量を…という循環が延々と続いているわけですね。

そんなの当り前じゃないかと言われそうですが、その循環自体が間違っているとは思いません。

ただ、マンガンを店頭からなくす前、マンガンがたくさん売れ残ったわけですよね。そのときに「なぜ」と問うことをしなかったってことでしょ? 仮に問うて世間の誤解が理由と知ったとしてもその誤解を解こうとは思わなかった。アルカリが売れるんだからアルカリだけ仕入れればよい、と機械的にアルカリの仕入れ量を増やす決定がなされた。
いろいろ複雑なことを考えるより、単純な循環を維持したほうが安く仕入れてたくさん売って薄利多売を実現できるということなのでしょう。

でも、アルカリでは長持ちしない場合があるわけだから、実質的に客に損させてるわけで、それってどうなの? と思うわけです。

これはほんの一例で、おそらく物の売り買いの現場ではこういう怠慢がまかり通っていると思われます。

もうドンキホーテでは買い物をしません。食料品のすぐ隣で化粧品や芳香剤を売ってたりしますしね。ああいうところも「消費者をバカにしている」と思いますし。

(ただ、ダイソーとかキャンドゥとか100円ショップにはちゃんとマンガン乾電池が置いてあるんですよね。いまや最も消費者寄りの店って百貨店でも量販店でもスーパーでもコンビニでもなく100円ショップじゃないかと思う今日この頃です)





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2017年01月01日

今日のワイドナショー元日スペシャル。
まずは「週刊文春」という固有名詞がついに一度も出てこなかったことに違和感を禁じえませんでした。「センテンススプリング」という言葉も出なかった。ヒロミがちらっと「文春砲」とは言ってましたが。


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2、3か月くらい前にベッキーが出演したときは普通に「週刊文春」って言ってたように思うんですが、今日は一度もなかったですね。乙武さんをスクープしたのは週刊新潮だけどその名前も出なかったし、「波乱ばかりの2016年」「不倫不倫で叩かれまくった芸能人」と言い、一番俎上の載せられた二人を出演させ、しかも〝準レギュラー″の松本が「大手事務所の報道規制はおかしい」と言っておきながら、スクープした雑誌の名前を出さない、特にベッキーだけでなく去年破竹の勢いだった「週刊文春」の名前を出さないのは、ベッキーから出さないでというお願いがあったのか、それとも他の出演者が自制しただけなのか知りませんが、どちらにしても規制は規制であって、ちょっとどうなのと。(他の2016年を振り返る的な番組では普通に「週刊文春はすごかった」とかって言ってましたから、よけいにね)

私は常々言っているように、不倫ぐらいで叩きまくる世情のほうがおかしいと思っているし、乙武さんのことを「この手足なしが!」という卑劣極まりない人もいたりするのがとにかく気持ち悪いんです。

いまのこの国では「差別」より「不倫」のほうが罪が重いらしく、それっておかしいでしょ?

とは思うけれども、「ジャニーズがSMAP解散の真相(キムタクの裏切りなど)をテレビでは報道させない」ということを暗に批判しながら、自分たちの番組出演者には配慮するというのはあまりよくないんじゃないでしょうか。

でも、もっと大きな不満はワイドナ高校生が海老沼さくらさんじゃなかったことですね。元日スペシャルだから期待してたのに。もう毎週あの子を出してもらいたい!


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それはともかく、でも、今日の2時間スペシャルはなかなか面白かったですよ。

特に、2017年を占うコーナー。これが私の場合、大当たり!

こういうふうに占うそうです。

占う年(2017)と自分の誕生日の○月×日のすべてを足す。つまり、2+0+1+7+○+×。二桁になったらその二つの数字を足して最終的に一桁の数字にする。

私の場合、今年は2でして、「出会い、人脈づくり」の年らしいんです。

それが当たっているかどうかはまだまだわかりませんが、去年以前がすごい!

去年は1だったんですよね。で、おととしが9。

9が何かというと、けじめ、断捨離で、1は、スタート、種まき、と。

おととしは脚本家の夢をついにあきらめた年だし、去年は新たな人生のスタートだったし、これは怖いほど当たってます。

しかも、3年前や4年前はともかく、コンクールで受賞した6年前が5で、これは「転機、チャレンジ」を意味するそうです。

うーん、あのときもっとチャレンジしておけばこんなことにはならなかったか…。
いや、私に声をかけてくださったプロダクションの社長さんがいたんですがね、プロットを送りまくりましたが、何か「たくさん送らないと」と粗製乱造してしまったんですよね。で、見放されてしまった。量より質という基本的なことを忘れてしまっていた憾みが残ります。それでもダメだったかもしれませんけど。(笑)

話をベッキーに戻すと、「2016年は大波乱だったけどあれは序章にすぎない」らしく、「ベッキーや乙武さんはラッキー」なんだそうです。今年スクープされる人のほうが大変なんだとか。

てことは、また文春砲が炸裂してバッシング合戦を見せられるの? 勘弁してくださいよ。ちょっとくらいいいじゃないですか。何も問題ない人間なんかいるわけないんだし。


 

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