聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

合祀か分祀か以前に「神を信じているか」のほうが先では?

今日、アルタから生放送だった「週刊リテラシー」の半蔵門世論調査ならぬ新宿世論調査の質問は、

「靖国神社の英霊を合祀のままにすべきか、分祀すべきか、どちらがいいと思いますか」

というものでした。

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そもそも、神道では合祀というのは炎を一つにすることで、それを分けることなどできないのだから、質問そのものがナンセンス極まりないと思うんですが、それはまあいいとして、この問題についてはいろんな人がいろんなことを言ってますけど、普段「神」を信じてない人までがいろいろ論じているのがそもそもおかしいと思うんですよね。

靖国問題は政治問題だ、外交問題だ、いやいや外交問題じゃない、いやもとは外交問題じゃなかっただろうがいまはもう外交問題になっちゃってる、といろいろかまびすしいですが、やっぱり死んだ魂を神として祀っている神社の問題なのだから、外交問題になってるとしてもまずは宗教の問題だと思うんですよね。

でね、私の周りでもいろんな意見が飛び交ってるんですけど、普段から「俺は神なんか信じてない」と言ってる奴が、「分祀すべきだ」とか「A級戦犯のA級というのはAレベルという意味ではなく、A群、B群というグループ分けにすぎないから合祀でよい」とか言ってるんですけど、これってめちゃくちゃおかしいと思うんです。

だって、神を信じていないのであれば、死んだ軍人たちを神として祀るという行為そのものが彼らには「どうでもいいこと」のはずなのだから、「合祀でも分祀でもどっちでもいい」でなければおかしい。どうしても合祀か分祀かを論じたいのであれば、そもそもその人は「神を信じている」ことになります。

だから、靖国問題を論じる際に大事なことは、まず「あなたは神を信じますか?」と問うことから始めなければいけない、ということです。政治問題である前に宗教問題なのだから。

別に八百万の神々でなくてもいいと思いますよ。ヤハウェでもアッラーでも大日如来でも何でもいい(全部一緒か)。とにかく「信仰心」があるかどうかをまず明らかにして、靖国問題を論じる資格があるかどうか確認すべきです。

そうです。靖国問題は論じる資格のある人だけが論じられる問題なのです。

「神なんか信じてない」とか「神を信じてるなんて恥ずかしくて言えない」という人にはこの問題から退場してもらうべきです。

まずは信仰心の有無を確認することから始めないかぎり、靖国問題は永遠に解決しないと思います。



お祭り騒ぎ!! スーペル・コパ1stレグ ビルバオ4-0バルサ

昨季リーガを制したバルサと、バルサが国王杯でも優勝したため準優勝のビルバオが対戦するスペイン・スーパーカップ第1戦。

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まずはビルバオのホーム、サン・マメス・バリアでの試合だったんですが、何とビルバオが4-0の大勝。もうお祭り騒ぎ。素晴らしかった。

バルサはスタメンからして変でしたよね。イニエスタもラキティッチも使わずにセルジ・ロベルトとラフィーニャがインテリオール。で、ブスケツではなくマスチェラーノがアンカーで、センターバックにはピケも使わずバルトラとヴェルマーレン。ネイマールの代わりにペドロと。

ネイマールはしょうがないとしても、やっぱりイニエスタもラキティッチも使わないとなると攻め手がないですよね。

逆に、ビルバオは新加入の左サイドハーフ・サビンとトップ下の5番の選手(名前忘れた)がものすごくチームにフィットしてるだけでなく、個人としての能力が高い。サビンがダニエウ・アウベスを抜き去ってクロスを上げてアドゥリスがヘディングで決めた2点目なんて半分以上サビンの点だと思うし。
5番の選手もなかなか気の利いたパスを出したり、ここぞというときは最前線まで飛び出してゴールを狙ったりと、面白い選手がビルバオに入ってきたなぁという感じ。

バルサは、センターバックが経験値が低い者同士だし中盤を完全に封じられていたので、前線の3人にほとんどボールが入らなかったですね。肝心要のメッシはやる気すら感じられなかった。ペドロも移籍が近いからなのか解説者が言っていたように、いつもの献身的な動きがなかったですよね。

しかし、それにしても4-0というスコアは予想できなかったな。うれしい大誤算。

そりゃまぁ、レアルがバルサの6冠を阻止するのが一番気分がいいんですけど、二番目に好きなクラブ、ビルバオが阻止してくれても充分気分がよろしい。

これで2ndレグ、カンプ・ノウでの試合がどうなるのか、ますます楽しみになってきましたな。

つーか、やっぱり他の国と同様にスーパーカップは中立地での一発勝負にしたほうがいいんじゃないの? リーグ戦開幕前とか開幕戦を挟んで2試合とかしんどいでしょう。

国王杯も決勝だけじゃなくてすべての試合で一発勝負にしたらいいと思う。そのほうがジャイアントキリングが起こりやすくて面白いと思うんだけどな。

とにもかくにも、このアドバンテージを活かすためにも、2ndレグでは、ビルバオには点を取りに行ってほしいですね。守るなんて意識があったらやられちゃうのはもう世界中の誰もが知ってるから大丈夫だとは思うけれど。1点取ったらほぼ優勝でしょうし。

頑張れビルバオ! バルサの6冠を阻止してくれ~~~~~~~~~~!!!!!



史上最高のアメリカ映画?! 『ゴッドファーザーPARTⅡ』

昨日(史上最高のアメリカ映画!? 『ゴッドファーザー』)の続きで今日は『ゴッドファーザーPARTⅡ』です。

世に続編映画は数あれど、ここまで完璧な続編というか、これは正確には続編ではないんですよね。マイケルのその後、マイアミのドン、ハイマン・ロスとの闘いなどより、それと対比された若き日のヴィトー(ロバート・デ・ニーロ)を描くことが主眼ですからね。だから今風に言えば、『エピソード0』ですかね。PARTⅠの前日譚をやるのはこの『ゴッドファーザーPARTⅡ』が嚆矢でしょう。すぐれた発明です。

このPARTⅡではデ・ニーロの芝居が何といっても素晴らしいんですよね。

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とはいえ、上の場面を選んだのは、デ・ニーロだからではなく、ここにこのPARTⅡのあらゆるドラマの種が潜んでいるからです。


街のガン・ファヌーツィ
ヴィトーはパン屋でまじめに働く好青年でしたが、ある日、街を牛耳るファヌーツィというドンが甥っ子をこの店で雇ってくれとやってくる。店主はファヌーツィにだけは逆らえない、逆らったら恐ろしい目に遭うということで、しょうがなくデ・ニーロをクビにします。店主の気持ちが痛いほどわかるのであっさり店を去っていくヴィトー。

ファヌーツィは街のガンでした。誰も彼もがファヌーツィのために苦しんでいる。ひょんなことからすでに闇の稼業に手を染めていた、後年彼の右腕になるクレメンツァと知り合ったヴィトーは、同じく将来の右腕テシオと3人で裏の商売を始めます。が、ファヌーツィから法外な金を要求される。ヴィトーは誠心誠意を込めてファヌーツィにもう少し負けてはくれまいかと頭を下げますが、金の亡者ファヌーツィはビタ一文負けるわけにはいかないと去っていきます。

そこでヴィトーは決心します。ファヌーツィを殺そうと。あいつを殺さなければ街のみんなは幸せになれない。


マイケルのために初めて人を殺す
そして、あの名場面です。祭りで賑わう街をよそにヴィトーはファヌーツィを見事に殺します。ヴィトーにとって初めての殺人です。そして、拳銃をバラバラにして始末したあと自分の家に帰ります。家の前の階段に座っていたのは他でもない、幼少時のマイケルでした。ヴィトーは「マイケル、マイケル」と、おまえのために俺はやってきたぞ、という感じで抱き上げます。

ヴィトーは金の亡者であるファヌーツィを殺して新たなドンとして街を支配しますが、決してファヌーツィのように法外な金を要求したりしません。払えない人の願いでもちゃんと聞いてあげる。PARTⅠで金のことばかり言う葬儀屋を叱責するのは俺はファヌーツィにはならないと決意したからでしょう。

でもヴィトーは悪人です。暴力で問題を解決する以上しょせん薄汚れた悪人にすぎない。ヴィトーはそれをよくわかっています。だからPARTⅠで「マイケル、おまえにだけはこの仕事はさせたくなかった」と言うのです。

俺は薄汚れた悪人だ、でも俺のような悪人がいなければ苦しまねばならない人がいる。とヴィトーは汚れ役を買って出るのです。納得のいかない理由で仕事をクビになったことがその原因ですね。だから上の画像を選んだわけです。

街のみんなのために、家族のために、かわいい三男坊マイケルのために初めてヴィトーは人を殺します。

PARTⅠでマイケルも中盤で初めて人を殺します。マイケルは戦争の英雄ですから、すでにたくさんの人を殺してるはずです。だから初めての人殺しではないものの、非合法の人殺しはあの場面が初めてです。トイレの貯水槽に隠した拳銃で殺す場面ですね。

ヴィトーはマイケルのために、マイケルはヴィトーのために初めて人を殺すのですが、それを契機にヴィトーとマイケルの運命は真逆の方向へ変わっていきます。ヴィトーが誰からも敬愛されるドンになっていくのに対し、マイケルは誰からも愛されない、金しか信用できない孤独なドンに成り下がっていきます。

マイケルのために金の亡者ファヌーツィを殺したのに、そのマイケルがファヌーツィと同じ金の亡者になってしまう。

壮大にして完璧な悲劇です。ここまで完璧な悲劇は映画の世界では他にないんじゃないでしょうか。

PARTⅠで描いた「父親を乗り越えられなかった息子」の物語を、父親の若き日を描くことでその悲劇性をさらに高める。PARTⅠとPARTⅡではほとんど同じことを語っているんですが、PARTⅡでより深化してるんですね。Ⅱのほうが好きという人が多いのもうなずける出来栄えです。

実はこの次、『PARTⅢ』は封切の時に1回見たっきりなんですが、これをいい機会に見直してみようかな、と思っています。
PARTⅡのブルーレイの音声解説で最後にコッポラが「Ⅲでは、善人になった元悪人と悪人になった元善人の対決が描かれる」と言ってるんですよね。

そんな話でしたっけ??? 見なくては。



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  • 『スキャナーズ』(顔と芝居に賭けたクローネンバーグ)
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