聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

『海街diary』(現代映画を象徴するビニール傘)

是枝裕和監督の最新作にして、綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが姉妹を演じる話題作『海街diary』を見てきました。


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いい映画でした。正直申しまして、是枝監督の映画って苦手なので寝ちゃうんじゃないかと思いましたが、素晴らしかったですね。

女にだらしない父親をもった四姉妹が、父親が「ダメだけどやさしい人」だったのか、それとも「やさしいけどダメな人」だったのか、どちらだったのか考え、結論に至る物語なんですが、女優がみな素晴らしい。もともといい女優さんたちなんですけど、是枝監督の演技指導がいいのか、それぞれこれまでのキャリア最高といえる芝居を見せてくれます。

しかし、そういうことは私にとってはどうでもいいことです。この映画の素晴らしさについて語るくらいなら、四の五の言わずにもう一度見ればよろしい。私がこだわりたいのはもっと別の細部なのです。

後半の中盤くらいでしょうか、綾瀬はるかが母親役の風吹ジュンと家の近くの墓地まで一緒に歩いていく場面があります。雨が降っていて傘を差していくのですが、ここで綾瀬はるかはビニール傘を差すんですね。このビニール傘に私は徹底的にこだわりたい。

「雨が降るから傘を差すのではない。傘を撮りたいから雨を降らせるのだ」

とは蓮實重彦の名言ですが、この場面での雨は見事です。というか、人工的に降らせてるというより実際に降ってるときに撮ったんじゃないでしょうか。いい感じに降ってるけれど、あそこまで小さな雨粒は人工的に作ることは不可能ではないかと。
だから、是枝監督が「傘を撮りたいから雨を降らせた」のではないとは思います。

しかし、ここでなぜ主役の綾瀬はるかは安物のビニール傘を差すのでしょうか。
(↓こういうコンビニなんかで売ってるやつです)
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風吹ジュンはきれいな水色の折り畳み傘を差します。彼女は母親とはいえ同居しているわけではないので、雨模様だからと鞄に入れておいた傘なのでしょう。よそ行きのきれいな傘です。対して綾瀬はるかはその家の住人だから、しかも一緒に行く相手が母親という身近な人だから、さらに目的地がすぐ近くだから安物のビニール傘を選んだ、という物語的必然としては理解できるのですが、作り手である是枝監督がなぜあの場面で綾瀬はるかにビニール傘をもたせたのか、私は理解できかねるのです。

蓮實の傘についての至言は、ヒッチコックの名作『海外特派員』を指して言われたものでした。


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『海外特派員』の有名な傘の場面。
ここで、ヒッチコックはまさに傘を撮るために雨を降らせているのですが、見事なまでにすべて真っ黒な傘です。モノクロだから全部黒に見えるだけかもしれませんが、現場でどういう色かは問題ではなかったはずです。観客の目に「すべて真っ黒な傘」に見える必要があった。白い傘や柄物や薄い黒は一切なく、すべて等しく真っ黒に映る傘である必要があった。

物語的には、この場面では老若男女いろんな人がいるはずだから白い傘や柄物などいろんな傘があっていいはずです。しかし究極の審美主義者ヒッチコックはそれを許さなかった。リアリズムなどくそくらえ! すべて真っ黒な傘が蠢くほうがよっぽど美しいではないか、と。

『海街diary』では、そういう審美性がないのですね。ないからダメだと言っているのではないのです。いまという時代は、ヒッチコック全盛の時代なら嗤われたであろう「くそリアリズム」の時代なのだと痛感するだけなのです。

ヒッチコック全盛期とは映画全盛期のことです。あの頃なら、主役の役者に安物のビニール傘などもたせなかったでしょう。あそこで高価な傘をもっていくのもちょっと不自然ですが、ただ、周りの景色や綾瀬はるかの美しさとビニール傘はどうしても釣り合わないのです。だからごく普通の美の基準から考えてかつての映画界なら主役にあんな傘はもたせなかったでしょう。

でも、是枝監督はもたせたのですね。それは、上述したように、綾瀬はるかが演じる女性の「内面」を考えた場合、あの傘が「自然」であろうという考え方だったのでしょう。

昔なら、外面からくる「不自然だけど美しい」を選んだはずが、いまは、内面からくる「美しくないけど自然」を選ぶ時代なのだなと、クラシック映画が大好きな私はため息をつかざるをえないというだけの話。

それは裏返せば、「美しいけど不自然」を嫌う風潮でもあるのかなとも思います。

「不自然だけど美しい」か「美しいけど不自然」かの間で揺れるこの映画が、「やさしいけどダメな父親」か「ダメだけどやさしい父親」かをめぐる物語を語っていることを考えると、複雑だけれど何だか楽しくなってくるのも、また事実なのでした。


海街diary
綾瀬はるか
2015-12-16



リーガ第13節 エイバル0-2レアル(復調の兆し?…いやいや)

クラシコで大敗したレアル・マドリードが格下とはいえ勝ち点差4のエイバルのホームに乗り込んでやっとこさ勝ってきました。

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モドリッチのショートコーナーをハメスが戻してそこからダイレクトで上げたクロスにベイルがヘディングで見事に決めた直後の場面です。

何か「やったぜ!!」というより、「あー、ホッとしたよ…」みたいな表情ですね、みんな。

そりゃ、まだ1部でプレーするのが今季で2季目というクラブを相手に、前半終了間際まで得点できなかったんですからね。

クラシコで大敗したので、直後のシャフタール戦からトリプルボランチに戻したようですが、どうもそこがぎこちない。エイバルのまずい攻撃に助けられました。あれがもっと強いチームだったら負けてましたよ。

救いは、PKとはいえクリスティアーノ・ロナウドに久々のゴールが生まれたことですかね。しかしそれまでミスしすぎ。でも得点したからここから復調してくれるのでは?

わからないのは、典型的10番のハメスをウイングのポジションで使っていること。少しも持ち味が活かされてないじゃないですか。やっぱり彼はトップ下。同じメンバーでやるとしても、4-3-3じゃなくて4-3-1-2でやるべきではないかな。

ベンゼマは大変なことになってるみたいですが、どうなんでしょう。かぎりなく黒に近いみたい。もし実刑なら選手生命終わりでしょうね。

しかし、今日の試合で調整のために終盤に投入するくらいならクラシコでそれをやってほしかった。私もベンゼマ先発を希望してましたけど、あんなに絶不調とは思わなかったんでね。一番そばにいる監督がなぜ気づかなかったのか。

モドリッチは最後までよく走りましたよね。見ててもかなり疲れてる感じでしたが。しかしそれならルカス・バスケス投入時にハメスじゃなくてモドリッチと替えてあげてほしかったな。それじゃ守備が崩れる? じゃあ先にカゼミーロを入れてからにすればいいのでは? 何か采配にいちいちムカついてしまうんですよ。

とにもかくにも勝ち点3。とりあえず追撃態勢に入れる感じでしょうか。

巷では、CL決勝はバルサとバイエルンとか盛り上がってるようですけど、そんな簡単にいくかな。レアルだって去年のいまごろはそう言われてたんですよ。史上初の連覇か、とかって。それが年明けから失速。ピークがあまりに早く来すぎたのでした。

いまのバルサもそうじゃないとは誰にも言えないでしょう。



あたため整体学「希望に起き、感謝に眠る」

ものすごくいい本を読みました。

宮川整体/整体・健昂会という団体の代表で宮川眞人氏による『あたため整体学』という本です。



実は私、もうだいぶ前から低体温に悩まされていまして。

平熱が35.6度くらいしかないんですよ。がん細胞の一番好きな体温が35度台らしく、えらいこっちゃとしょうが紅茶を飲んだりストレッチや運動したり、みかんやニンジンなど暖色の食べ物は体を温めるらしいのでそういうものをたくさん摂ったり。

でもぜんぜん体温が上がらないのでこの本を手に取ってみた次第。

すると…

いろいろ漢方医学に基づいた「肝」「腎」「心」「肺」が四肢のどこに当たるか、どこを伸ばせば体温が上がるか、冷えを解消できるか、なんてことが書いてあるわけです。

で、イラストと説明に従ってすべてのストレッチをやってみました。できたということはそれなりに体が柔らかいわけでそんなに冷えてないのでは? と思ったりもしましたが、結構汗をかいたのでだいぶ体温上がったのでは? と測ってみると何と35.9度…。

ぜんぜん上がってないじゃんか!!!

それはさておき、この本の非凡なところはそのストレッチの詳しさや新しさにあるのではなく、冷え解消や体の歪みを直すことに対する根本的な考え方なんですよね。

著者は言います。

「ある牛丼屋に入ってみたところ、帽子を脱がずに食べてる人がいる。携帯をずっと眺めたまま食べてる人がいる。茶碗をまるでコップをもつような手つきで食べてる人がいる。そんなことが体を温めることと何の関係があるのかと思うかもしれませんが、私は食べ物そのものの成分を考えるより、まず第一に食べ物に対する態度や食事に対する姿勢から見直すことから始めるべきだと考えるのです

お、何だかただの整体本ではないぞ、という雰囲気が漂い始めました。

「食べ物に関して本当に大事なことは、食べ物に対する感謝の念です。粗末な食べ物でも、心がこもったものを食べたときのおいしさはこの上ないのです。心が温まれば体の冷えなど吹っ飛ぶのではないでしょうか」

なるほど。ますます深くなってきたぞ。

著者は続けます。

「テレビでは、うんざりするくらいの種類と量のサプリメントやダイエット食品が宣伝されています。しかし、やたらそういう商品に飛びつくのは、体の欲求でなく心の飢えからくるものではないか。そういう人にかぎって飢えたり腹を空かせた経験がない」

「この症状には何とかの成分が足りないとか、年齢とともにこの成分が失われるからと強迫観念に駆り立てられている人たちに本当に足りてないのは食事から得られる幸福感ではないか」

そして、ここから驚くべき言葉が出てきます。

「食事は栄養補給ではない」

えええーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!!!!!?

しかしこれは考えてみれば当たり前のことです。
食事は、家族と語らう場であり、人とつながる場であり、そういう人生の楽しさを与えてくれる場なのですから。

だから「肉食ではなく穀物と菜食だけのほうがいい」とか「一日一食がいい」とか、そういうのは「宗教」にすぎないと著者は断じます。それを信じるのは構わないが、他の人に押し付けるのはナンセンスだと。

なるほど、だから全部のストレッチをやっても私の体温が36度に上がらなかったのは幸福感が足らないからなんですね。

それはさておき、あとがきを読むと、なるほどこの著者を根幹から支えているのは「宇宙観」なのだと判明しました。

人間の体を考えるとき、いつも著者の頭にあるのは、

「なぜ地球上に生命が誕生したのか」

ということなんだそうです。

うん、素晴らしい。その疑問には永遠に答えは出ないでしょうが、永遠に答えが出ないところからしか真理は見えない。

この著者とは会えばすぐ友達になれる気がします。

「希望に起き、感謝に眠る」

著者が薦める生き方です。そのような生活を目指します。


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やはり我々日本人にとっての「食事」とはこれですな。



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