聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

看護師? 看護婦?(『嘆きの天使 ナースの泪』を見て)

城定秀夫監督の『嘆きの天使 ナースの泪』を見ました。

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取り立てて面白いという映画ではありませんでした。城定監督の作品なら、例えば『女の犯罪史』とか『悦子のエロいい話 ~あるいは愛でいっぱいの海~』とかは傑作と思いますが、この映画はそれほどの作品とは思えません。主演の神咲詩織さんはよかったですけど。

さて、この映画を見ていて「お」と思ったのが、主役のナースが、「看護婦さん」と呼ばれて、「あ、いまは看護師さんですよね、すいません」と言われたとき、「看護婦さんでいいですよ。看護師って何かあたしイヤで…」と言っていたシーン。

これは、主人公の気持ちとして描かれているけれど、おそらくは脚本を書いた城定監督か貝原クリス亮さんのどちらかの、あるいはお二人ともの思いなんだろうなぁ、と思いました。

私も「看護師」という言葉が大嫌いでして。いつからでしたっけね、看護師と言わねばならなくなったのは。もう10年ぐらいたつんでしょうか。

よく、最後の「シ」がきつく冷たい印象を与える、と言われますが、まったくそのとおりかと。「カンゴシ」と「カンゴフ」では圧倒的に後者のほうに温かみを感じます。

でも、いまは非常にうるさい時代になってまして、文字にするときに「看護婦」だと女性差別になるんですってね。スチュワーデスをキャビンアテンダントと言い換えなければならなかったり、世の中のいったいどれだけの人がそれを望んでるのか知りませんが、おそらくごく少数だと思います。

さて、看護婦がダメならやっぱり看護師しかないのか、というと事態は簡単でして。

女なら「看護婦」、男なら「看護夫」と文字にするときだけ書き分けて、発音するときはいずれも「カンゴフ」でいいと思うんですよね。

いかがでしょうか?



陸上自衛隊幹部が隊員に遺書を書かせたことについて

数日前の新聞に、「陸上自衛隊の幹部が隊員に遺書を書かせた」と否定的な論調で記事が載っていました。

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昨日、与党の強行採決で成立してしまった解釈改憲による集団的自衛権を認めた戦争法案に私は断固として反対ですが、自衛隊に所属する人間がいつ死んでもおかしくないようにしておくことが間違っているとは少しも思えないんですよね。

記事では、これから日本は戦争できる国になってしまう、それを踏まえたうえでの措置でまことに嘆かわしい、という論調でした。

戦争できる「普通の国」になってしまうのは本当に嘆かわしいことです。これまでの70年間はいったい何だったのかと虚しくなるばかりです。

でもね、集団的自衛権は昨日認められたばかりですが(私は認めませんが)個別的自衛権はもともともってるじゃないですか。

つまり、他国から攻撃を受けたら自衛隊のみなさんには防衛のために命を懸けて戦ってもらわなくてはならない。そのために私たちの税金から給料もらってるわけでしょう? だから「いつ死ぬかわからない」「いつ戦争に巻き込まれるかわからない」という意識は、集団的自衛権云々に関わらず自衛隊員である以上、常にもっていてもらわないといけないものです。

確かに、戦争法案を与党が強行採決にもっていこうとしているときにこういうことが明らかになったというタイミングの悪さはあるでしょう。でも、遺書を書かせること自体が悪いことだとは少しも思いません。

湾岸戦争やイラク戦争のときも、自衛隊員の奥さんにインタビューすると、「いつ死んでしまうか…」みたいな答えが返ってきて、マスメディアはそれを「あってはならないこと」とセンチメンタルに伝えてましたが、軍隊に属する人間がいつ死んでしまうかわからないなんて当たり前のことでしょう。それがいやなら自衛隊員と結婚なんかしなきゃよかったんですよ。

そして、あろうことか、当の自衛隊員までもが「困ったことになった」とか言っていて、アホかと思いました。

国を防衛する役目を担っている者が「いつ戦争に巻き込まれてもおかしくないからつらい」なんて、それこそ「あってはならないこと」ですよ。彼らは自衛隊員が安定した「公務員」だから志願しただけなんじゃないの、と邪推してしまいました。

積極的平和主義とかまったく意味不明だし、そういう他国を侵略したり武力で干渉することはやめてほしいけれど、専守防衛までもがダメみたいな論調はやめてほしいもんです。



『ターミネーター/新起動(ジェニシス)』(がっかり拍子抜け!)

前回までの記事
『ターミネーター』第1作(アクション映画の古典!)
『ターミネーター2』(最後がいまだにわからない!)

で、今日はTOHOシネマズデーということで、見てきましたよ、『ターミネーター/新起動(ジェニシス)』。

しかし、これがとんでもない代物で・・・(以下ネタバレあります)

無題今日のこの日のために『1』と『2』を復習したんですけど、『1』も『2』もやっぱり物語の構造がかなりシンプルなんですよね。

『1』は、サラ・コナーを殺そうと未来からやってきたターミネーターから、サラの息子ジョンに遣わされたカイルが彼女を守る。

『2』は、ジョン・コナーを殺そうと未来からやってきたターミネーター=T-1000から、サラと未来のジョン自身が遣わしたT-800がジョンを守る。

で、この続編は、というと、カイルがジョンの命令で84年の世界に行くところまではいいんですよね。
しかも、すでにその世界には老いたT-800がいてすでにサラを守っているという設定。そしてT-1000もすでにその世界に存在し、未来からやってきたカイルを殺そうとする。


なかなかいいと思いましたよ。アクションもキレがよくって、特にT-1000を演じるイ・ビョンホンが素晴らしい!

のだけど、そのあと、時間軸がどうだこうだとか何だかんだとややこしい背景説明ばかりのあと、何と! ジョン・コナーがターミネーターとして両親であるサラとカイルを殺そうと刺客としてやってくるという最悪の展開に。

そりゃ、いろいろ過去を変えたから未来が変わるのはわかるけど、救世主になるはずだったジョンがターミネーターというのはいくら何でも「そりゃねーよ!」と言いたくなります。

それに、肝腎のシュワ演じるT-800はいったい誰の手で9歳のサラのもとへ送られたのか、何も説明なかった気がするけど。続編まで待てということか。そういうことやってるからアメリカ映画に客が入らなくなっちゃったんじゃないんですか!?

それに、ジョンはなぜ両親を殺そうとするのか。スカイネットが起動してターミネーター・ジョンが生まれたとか言ってたから、もうサラとカイルは両親じゃないのか。うーん、そのへんも複雑すぎてわからないんですよ。もっとシンプルにしてくれないと。

ジョンをターミネーターにするんじゃなくて、スカイネットの開発者にしたらまだしもだったのでは、と思います。昨日、『ターミネーター2』の感想で「スカイネットの真の開発者は誰なのか」と書きましたが、結局、何も明らかになってませんよね。だから救世主になるはずだったジョンがスカイネットの開発者になってしまう皮肉ならまだ何とか受け入れられたと思うんですが、やっぱりターミネーターとして出てこられたのでは、これまでのすべてを台無しにしてるとしか思えません。


Terminator-Genisys-HD_sとはいえ、シュワルツェネッガーは「映画スター」の顔をしているな、と改めて思いましたよ。シュワが出てくるとホッとしたんですよね。他に「映画の顔」がいないから。J・K・シモンズも映画の顔で良かったですが、出番少ないし。

サラを演じるエミリア・クラークという女優さんはまだしもですが、カイル役のジェイ・コートニーとかジョン役のジェイソン・クラークとか、ひどい顔でした。大画面でテレビドラマ見てるみたいでした。



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