聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

『クール・ランニング』(途中で見るのをやめたわけは…?)

問答無用で面白い映画を見たい! ということで、ジョン・タートルトーブ監督による1993年アメリカ映画『クール・ランニング』を見ました。

いや、「見た」というのは正確ではありません。見始めたけど途中でやめたんです。それも4分の1ぐらいで。

大好きな映画なのになぜ???


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これは実話ですが、主人公たちの行動の動機に納得がいかないんですよ。

陸上でオリンピックを目指していたのに不運な事故が原因で代表メンバーに選ばれなかった者たちが、伝説のボブスレー選手にコーチを頼んで念願のオリンピックに出場する話で、私は大好きで最初に見たときなんかはボロ泣きしたし、これまで何度も見て胸を熱くしてきたんですが、今日はなぜか「陸上がだめならボブスレー」という安易な方針転換にまったく乗れませんでした。

君たちの陸上への情熱ってその程度のものだったの?
オリンピックなら何でもいいの?
見境なさすぎるんだよ!!!

…と、こんな感じで、大好きな映画を偶然見返したばっかりに好きじゃなくなったりすることがあるのがたまに厭になるんですよね。逆に昔はそれほどと思わなかった映画がやたら好きになることもあるから映画は、いや、人生はわかりません。

こういうときは先の読めないところへ身を任せましょう。

そう、パトリシア・ハイスミスの『キャロル』の続きを読もう。ちょうど第一部を読み終わったところなんですよ。楽しみ楽しみ!



嫌中派への言い分(漢字を使ってはならない)

どうも最近よく思うのは、「ネトウヨの人たちって、中国が好き、韓国が好き、を即『反日』と捉える」ということですね。

別に、中国が好きで日本も好きって人もいるでしょうし、韓国は好きだけど中国は嫌いって人もいるでしょうし、三つとも好き、あるいは三つとも嫌いという人もいるでしょう。いろんな人がいて当たり前なのに、嫌中・嫌韓=愛国者で、親中・親韓=反日なんですって。おかしいですよね。


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前々から思っていることなんですけど、嫌韓派の人は関係ないですが、嫌中の人(ネトウヨさんは嫌中でもあり嫌韓でもあるのかもしれませんが、とにかく嫌中派)に対して言いたいのは、ネットで中国の悪口を書くのは絶対にやめるべき、ということです。

なぜなら、日本人が使っている文字である、漢字・ひらがな・カタカナはもともとすべて中国の文字だからです。漢字は言うに及ばず、ひらがな・カタカナだってもとは漢字なんだから、中国のことを悪く書きたいのであればそれらの文字を使わずに書くべきだ、ということ。

当たり前でしょう。
中国が嫌いで中国人が作ったものは買わない・使わない、のであれば、中国人が作った文字も使ってはならないはずです。

漢字のなかには日本人が考え出した「国字」というものがありますが、漢字のうちのほんのちょっとしかない国字だけを使うのであればOKですがね。それで意味が通じるのであれば。

それか、嫌中派の人たちだけで頑張って独自の文字を作り出してください。作り出したとしても嫌中派以外の人には通じないのを覚悟のうえでね。

上記は「書く」ことだけにしか通用しません。路上でヘイトスピーチするのは止められません。何かいい方策はないものかと思案中です。

あと、嫌韓派に対して「禁じ手」は何かないものかと…。



流行語大賞への提案

もう数日前になりますが、毎年恒例のユーキャン新語・流行語大賞が発表されました。

「爆買い」
「トリプルスリー」

この選考結果にかなり納得のいかない人たちが多いようです。かくいう私もその一人。爆買いはまぁわかるとしても、トリプルスリーって流行しましたっけ? 確かに偉業ではあるしセ・パ両リーグで同時達成というのも何十年ぶりのことらしく記念されるべきことだけれど「トリプルスリー」なる言葉が流行したとはとても思えない。十大ニュースのひとつならわかるけど。

昨日の「アッコにおまかせ」を見てたら、一般市民に調査した今年の流行語はダントツで「五郎丸(ポーズ)」だったとか。

五郎丸
私もそう思いますね。和田アキ子は「あれってついこないだじゃない? 年間大賞にふさわしくない」とか言ってたけど、それはおかしい。じゃあ、2年前の「今でしょ?」は年初しか流行してなかった気がするが? 別に年間通してじゃなくてもその一年で最も人口に膾炙した言葉が流行語なのだからふさわしくないどころか一番ふさわしいでしょう。

この五郎丸(ポーズ)について審査員の鳥越俊太郎に聞いてみたところ「五郎丸さんに授賞式に出られますかと訊いたところダメとのことだったので」との返答だったとか。で、五郎丸(ポーズ)は選ばれなかったと。

もうずっと前から感じていたことですが、ここが流行語大賞の最もおかしいところだと思うんですよ。

授賞式に出られないなら受賞させない、のがいけないのではなく、もっと根本的なところ。

「賞」であるところがダメだと思うんですよね。賞である以上は、受賞者がいて授賞式がある。だからこんなことが起こってしまう。

だから流行語だけ選んだらいいのでは?
これまで、授賞式に出られないとか、そもそも誰が言い出した言葉かわからないという理由で選出されなかった流行語の何と多いことか。言葉だけ選ぶのならそんなこと起こりえない。

それから、ちょうど20年前、阪神大震災と地下鉄サリン事件があった年に、誰もが何度も口にした言葉は「震災」であり、「仮設住宅」であり、「オウム真理教」であり、「サティアン」であり、「ポア」ではなかったか。神戸市民として心が痛むけど、震災関連の前者より全国を震撼させた後者のほうが圧倒的に流行しました。

しかし、「反社会的集団とその行為」を表彰するわけにいかないという理由で選外も選外、「なかったこと」みたいになってしまいました。

それもこれも「賞」だからなんですよ。「今年の漢字」みたいにただ選ぶだけにしたらどうでしょうか。



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