聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

キラキラネーム、キラキラ政党名(「時間」の喪失)

BS日テレの「久米書店」を昨日初めて見ました。前から見よう見ようと思いながらずっと未見だったんですけど、テレビ欄に「キラキラネーム大研究」とあって、かねてよりキラキラネームにめちゃ興味のある当方としてはすぐさま録画予約したというわけです。

で、キラキラネームに関する著書を出した女性をゲストに迎えて、久米宏と壇蜜が議論するという内容。まぁ、議論というか、「こんな名前あり!?」という驚きと呆れ顔満載の雑談でしたね。

例を挙げると、

「光宙(ぴかちゅう)」
「苺苺苺苺(まりもね)」(読み方ちょっと違うかも)
「紗冬(しゅがあ=さとうと読めるから)」
「心(ぴゅあ)」
「月(るな)」

という、もうこれぐらいで驚いちゃいけないのかもしれないけれど、やはり驚く。というか呆れ果ててしまいます。

名前に使える「当用漢字」なる概念があって、昔に比べてかなり増えてきてるそうです。これは「こういう漢字も使えるようにしてほしい」という親の要望に応えているかららしいですが、ここで仰天しまくったのは、

「胱」や「腥」という感じを使いたい親がいるそうなんです。

胱って「膀胱」の胱ですよ!
腥の訓読みは「なまぐさい(生臭いは当て字)」ですよ!

でも、胱は「月が光る」、腥は「月と星」という字面がいいんだとか。うーん、字面も大事だとは思うけど、意味だって同じぐらい大事でしょう。

というか、そもそも当用漢字という概念自体が間違ってると思うんですよね。
かつて息子に「悪魔」と名付けた父親がいましたが、ああいう非常識な名前はつけない、というごくごく普通の常識を失った親が多いから当用漢字なるものが必要になってくるわけです。

政党名も同じですよね。


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「減税日本」という政党。あれ、絶対おかしいですよね?

いまのこの国で減税してはたしていいものかどうかという議論は置いといて、仮にあの政党が政権を取って減税を敢行し、景気が回復したとします。でも、そのまま減税し続けるわけにはいかないでしょう。将来何が起こるかなんて誰にもわかりません。5年後、10年後には増税が必要になってくるかもしれない。そのときに「減税日本」という政党名でいいんですかと。いいはずがありません。

みんなの党も同様。野党で居続けるならその名前でもいいかもしれないけど、政権を取ったときに「みんなの党」なんて子どもの遊びみたいな名前でいいの、と。「自分たちが政権を取ったとき」というありうべき未来の時間を少しも想像してないと言わざるをえません。

そう、キラキラネームや減税日本、みんなの党に欠けているのは「時間」の概念です。

いまはピカチュウくんでもかわいいかもしれません。でも、その子が成人したとき、中年、老年になったとき、はたしてピカチュウという名前がふさわしいのかどうか、ということを少しも考えていない。キラキラネームをつける親は「いま」しか見えていないのです。いまこの目の前の子が未来永劫かわいい赤ちゃんのままでいると信じこんでいる。

政府は未来のことを考えていないと嗤うことなどできません。庶民も未来のことを少しも考えていないのですから。

だから、「次世代の党」という政党名は結構いいと思ってるんですがね。橋下徹は大嫌いですが「日本維新の党」という名前はいいんじゃないですか。

子どもにもそういう名前を付けてやってくださいな。

最後に、番組では四股名にキラキラネームが多く、それは昔からだったということですが、あれは「芸名」なのだから議論の対象にならないと思いますね~。



モテたい脳、モテない脳(「人種」の本当の定義とは?)

阿川佐和子さんと脳科学者・澤口俊之さんの『モテたい脳、モテない脳』を読みました。

男も女も自分の遺伝子を残すために、男だったら安産型の女を選ぶ、と。安産型とは、ウエストとヒップの比率が7:10というのが黄金比率なんだそうです。どうしても本能的にそういうふうにして自分の遺伝子を残すのに最適な相手を選んでいくと。

女が背の高い男を好むのは、背が高いとペニスがでかいかららしいです。あと、人差し指より薬指のほうが長いとペニスがでかいとか。(指を見るだけでわかってしまうなんて何かヤだなぁ)

というような話が展開されるなか、すごく興味を引かれたのは、「人種」について。

普通、我々は人種と聞くと、白人、黒人、黄色人種などと想像しますが、それは厳密には人種ではないそうです。

人類の進化の過程を探っていくと、すべてはアフリカに5万年前だったかに生きていた「イブ」と名付けられた女性が現在の全人類の祖先というのは有名な話です。だから「人類みな兄弟」というのは科学的にも正しいのだと。

問題は、そのイブさんはネグロイド(黒人)で、ネグロイドからコーカソイド(白人)に進化し、その後、我々モンゴロイド(黄色人種)に進化したと。

で、なぜこれらの3つの人類がそれぞれ「人種」ではない、もっと正確に生物学的な言葉でいうところの「種」でないかというと、性交したら子どもができるから、なんだそうです。

例えば、人間なのにお猿さんとやっちゃったり、牛さんとやっちゃったり、八木さんとやっちゃったり…




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じゃなかった! 山羊さんとやっちゃったりしても決して子どもができたりしないですよね。こういう場合に、ヒトと猿は違う種である、ヒトと八木は…じゃなかった、ヒトと山羊は違う種だということになるんだそうです。

白人と黒人、黄色人種、どう交わろうと子どもは生まれますから、すべて同じ種なんですね。

ただ、この状態がいつまでも続くわけではなくて、いつの日か、突然変異で新しい種が生まれる、どこで新しい種かを判断するかは、従来の種であるネグロイド、コーカソイド、モンゴロイドのいずれと性交しても子どもができないとわかったときなんだそうです。

そのときはいつか来ると。

ネアンデルタール人も北京原人もジャワ原人もすべて滅びてしまった。イブさんから始まる現人類もいつかは滅びる。それは恐竜のようにある日突然空から降ってきた隕石によってではなく、我々と似てはいるけど「人種」がまったく違う新しい人類が生まれることによって淘汰されてしまうからかもしれません。

いずれにしてもまだまだ遠い先の未来の話。いまを楽しみましょう。



26年ぶりの再読『ベルサイユのばら』

池田理代子さんの『ベルサイユのばら』を26年ぶりに再読しました。

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いやぁ、やはり真の名作は長い長い年月がたっても色褪せないものなんですね。夢中で読み耽ってしまいました。

昔は「なぜ面白いか」なんてことはまったく考えずに読んでましたが、今回、いろいろとわかりましたね。面白さの謎が。

やはりマリー・アントワネットを世間の通念と同じような稀代の悪女として描かなかったことがミソだと思います。

もしマリー・アントワネットをただの悪女として描いたならば、王室の人間が滅ぼされるべき悪で、革命を志す庶民が絶対的な善になってしまい、『水戸黄門』みたいな勧善懲悪ものとして読む者のいっときの清涼剤になっただけだったでしょう。

しかし、池田理代子さんはそうはしなかった。

「パンがないならケーキを食べればいいのに」という言葉がマリー・アントワネットの悪女ぶりを表す象徴的な言葉として伝えられていますが、この『ベルサイユのばら』では、マリー・アントワネットには悪意などなく、庶民の貧しい暮らしを知らなかっただけの本当は純真無垢な女として描かれています。オーストリアの女帝マリア・テレジアの娘として何不自由のない少女時代を過ごし、ルイ16世に嫁いだあともいくら無駄遣いをしても咎める者がいなかった。財政が破綻寸前、民衆の怒りが爆発してから初めて真相を知る哀れな存在として捉えられています。

しかも、マリー・アントワネットの蕩尽生活は、決して彼女自身の欲望を満たすためではなく、横から彼女を通して国王を意のままに動かそうとするポリニャック伯爵夫人や、マリー・アントワネットの名前を騙って超高額の首飾りを詐取するジャンヌという女のせいだというふうにも描かれています。

だから、民衆には「貧しい俺たちから税金を取って贅沢な暮らしをしている。許せない!」という至極まっとうな言い分がありますが、マリー・アントワネットにも「本当に悪いのは私じゃない」という言い分がある。

「善と悪」のぶつかり合いからは決して生まれない、「善と善」のどうしようもないすれ違い、誤解。どちらの言い分にも一理あると思えるからこそドラマが激しく燃え立つのです。

本当にマリー・アントワネットがそういう女だったかどうかはわかりません。池田理代子さんにとってマリー・アントワネットとはそういう女性だったのでしょう。(というか、いくら歴史に材を取った物語であっても、物語である以上はフィクションです。その作者にとっての人物・事件なのだから歴史そのものではない。だからフィクションで歴史を学ぶことほど愚かなことはありません)

この作品は、フランス革命を背景にした、どちらにも言い分のある二つの勢力のぶつかり合いを描いたものです。その二つの勢力の狭間で揺れ動き、どちらの言い分にも加担してしまうのが主人公のオスカルです。だからこそ我々読者はオスカルに感情移入しまくりで読んでしまい、彼女の喜怒哀楽をまるで我が事のように感じてしまう。

見事すぎるほどの大傑作と言うほかありませんね。



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