聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

リーガ第7節 マドリード・ダービーの主役はケイロル・ナバス!!!

今日はマドリード・ダービー。舞台はアトレティコのホーム、ビセンテ・カルデロンということで、引き分けでもオーケーと言いたいところですが、やっぱり勝ってほしかった。

終始、ボールは支配していても、試合は支配しきれてなかった。解説の都並さんが言ってた通り、サイドバックが上がるとトリボーテの両サイド、クロースとモドリッチがその穴を常に埋めていて堅い守りではあったけど、スペクタクルに欠けるサッカーでした。

何かこう、最初から引き分けを狙ってるというか、首尾よく前半9分にベンゼマが千載一遇のチャンスを見事に決めてくれましたが、そこから是が非でも追加点を取る!という積極性はあまりなくて、そのまま逃げ切ろうとしていたのはすごく不満です。

でも、守護神ケイロル・ナバスの大活躍には目を瞠りましたね。

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グリーズマンのPKを止めた場面しかり、最後の最後、ジャクソン・マルティネスの決まってもおかしくないシュートを止めたスーパーセーブの場面など、今日のレアルのメンバーで一番輝いてました。というか、最近はこの人がほとんど一番輝いてますが。

カシージャスが「聖イケル」と言われていたころ、チームは低迷していました。今期も7試合終わって4勝3分け。無敗なのはいいんだけれど、引き分けが多いのが気になる。バルサもビジャレアルも負けてくれたしセルタも引き分けということで順位が上がったわけですが、何だかすっきりしないなぁ。

めちゃ面白い試合ではあったんですけどね。特に最後の数分はスペクタクル!!! 

ああいうサッカーを全面的に展開してほしいんですけどね。少々失点してもいいから常に3点以上取るぐらいの。

贅沢? いやいや、昨季までのアンチェロッティはそういうサッカーをやってましたよ。いまは負けないけど勝ちきれないし、無得点のときも多いし。

ハメスが帰ってきたらまた違うんでしょうけど。



福本伸行×かわぐちかいじ『告白<コンフェッション>』

『カイジ』の福本伸行さん原作、『沈黙の艦隊』のかわぐちかいじさん作画による『告白<コンフェッション>』(講談社文庫)を読みました。(以下、ネタバレあります)


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「聞いてしまったあいつが悪いのだ…!!」

という不気味なモノローグで始まるこの物語は、登場人物が二人だけ、そしてまったく同じモノローグで幕を閉じます。

ここで問題なのは、「あいつ」とは誰で、この言葉の主は誰かということなんですが、最後のフレーズにおける「あいつ」が誰で、発語の主が誰かは明白なんですが、最初のフレーズのほうは結末まで読んだいまでも、あいつが誰で主語が誰なのかははっきりとわかりませんね。
おそらく、最後とは真逆なんでしょうけど、もしかしたら最後と同じなのかもしれない。読む人の数だけ答えがあるように思います。

物語は、遭難した二人の男のうち大怪我をしたほうが、大学時代に同級生の女を殺したという告白をするのが発端なのですね。もう一人の元気なほうは驚愕しながらも見捨てることなどできるはずもなく、どうしようかと途方に暮れる。

ここで、私は「ははぁ、この話は殺人者の友人を見捨てるか否かという話なのだな」と予想したんですが、見事に裏切られました。

何と霧が晴れるとすぐ目の前に山荘がある! そこで暖を取りながら救助を待つことになります。

しかし、殺人者の男は、もう死ぬ直前だと思ったから告白したのであり、死なないとなるとさっきの告白はかなり不都合なことになってくる。聞いてしまったあいつが悪いのだ、死んでもらおう、殺してやる!

と、もう一人が心の中で推測するのですね。

ここからしばらく、推測の悪魔に憑りつかれます。俺を殺そうとしているのか、いや、そうではないのか、奴の心の中はどうなっているのかと。

ちょうど中盤で、読者にも「殺意」が明らかになり、今度はどうやって逃げるかが物語の主眼となります。

ここからの追う者と追われる者との腹の探り合いは『カイジ』の作者らしい、ロジカルな推測がベースになっていて読ませてくれます。

結局、追う者の罠にかかった追われる者があと一撃で殺されそうになる。ここで新たな「告白」が行われるのです。

実は、あの女を本当に殺したのは俺なのだと。おまえが首を絞めたあと、息を吹き返したあの女を俺が石で殴って殺したのだ、と。(なぜ殺したのかは、『アメリカの悲劇』というかそれを映画化した「陽のあたる場所』と同じと思ってもらえばいいです。あれをパクった『青春の蹉跌』でもいいですが)

というわけで、立場が逆転。

俺は殺してなかった! と偽殺人者が歓喜のあまり陶酔しているところを本当の殺人者が口封じのために殺してしまうという結末。お見事!

強烈なシチュエーションとまったく矛盾のない展開。物語の結構は堅牢で、少しの穴もないんですが、穴がないがゆえに、ちょっとした不満もあるんですよね。

何というか、もう二度と読む気が起こらないだろうな、というか。面白かったんですけど、あまりに完璧すぎてすべて憶えてしまったんですよね。

憶えたんならいいじゃないかと言われそうですけど、私はあまり好きじゃないんです。面白かったのは憶えてるけど細かい内容はあまり憶えてない、というほうが二度三度鑑賞するにはもってこいじゃないですか。

一度で憶えてしまって二度目以降を楽しめない作品の代表が『インファナル・アフェア』ですかね。あれも物語の結構が完璧すぎるほど完璧な映画でした。

楽しませてもらったのにこの程度のことで不満を言うのは筋違いかもしれませんが、私的にはそこがちょっと残念だったなぁ、と思いましたです。



クラシコはなくならない(カタルーニャ独立をめぐる「フィクション」について)

カタルーニャ独立の是非をめぐる住民投票で、独立賛成派が反対派を上回ったらしく、私はカタルーニャともスペインとも何の縁もゆかりもない人間なのでどっちでもいいんですが、サッカーファンとしては大いに気になるところでして。

というのが、カタルーニャが独立すれば、その州都のビッグクラブ、バルサもリーガ・エスパニョーラから脱退することになり、現在のリーガにおける2強クラブ、レアル・マドリードとバルサによる「エル・クラシコ(伝統の一戦、英語で言うところの「ザ・クラシック」なのでしょう)」が消滅するんじゃないか、という見方が支配的だからです。

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私の見立てでは、クラシコはなくなりません。

理由は簡単。世界中が注目する試合が少なくとも年に2回はあるわけで、チケット収入だけでもかなりのものになるうえに全世界へ売るテレビ放映権収入を考えると文字どおり莫大なカネになる。そのようなカネをマドリーもバルサも、そしてスペインサッカー機構も手放すはずがありません。

でも、カタルーニャが独立したらスペインじゃなくなるんだからリーガ・エスパニョーラから脱退せねばならないのでは?

でもね、ちょっと考えてみましょう。

オーストラリアなんか地政学的には「オセアニア」なのにサッカーの世界では「アジア」じゃないですか。サッカーにおいてはオーストラリアはアジアである「ということにしておく」というフィクションなのですね。

そのようなフィクションはサッカー以外にもたくさんあって、例えば「時間」。

日本ではすべての時計が東経135度の時間に合わされています。明石など東経135度の土地の時計は実際の時間と時計の時間がぴったり合ってますが、その他のほとんどの土地では、実際の時間と時計の時間は合ってないのです。だから釧路で日の出が5時ちょうどでも、沖縄で日が昇るのが6時(←数字は正確ではありません)とかになる。

明治維新のあと、列車が走るようになってから人々は時計の時間に縛られて生きるようになったというのが定説ですが、いまじゃ飛行機も飛んでるし、テレビの時間もあるし、すべてたったひとつの時間に合わせないといけないから「こういうことにしておく」というフィクションがまかり通っているのです。

日付変更線なんかもね。
ロシアとアラスカの間を通ってずーっとまっすぐ下りて、ニュージーランドの東を迂回して、と「現実の日付変更線」は変なふうに曲がってますが、実際は東経(西経)180度1本の直線であって、でも、同じ国のなかで日付が違うと不都合がありすぎるから「こういう変な線にしておく」というフィクションがまるで現実であるかのようにまかり通っている。

上記は生活するうえでそういうフィクションを導入しないと不都合がありすぎるという「生活の知恵」みたいなものですが、例えばサマータイムなんていうのは、はっきりカネが目当てですよね。時間を1時間早めることでアフター5の時間を長くしてカネの巡りがよくなるようにしている。表向きは「労働者の余暇の時間を長くすることで疲れを取り勤労意欲を増すため」とかおそらく言ってるんでしょうけど、結局はカネの問題。

オーストラリアがサッカーの世界でアジアなのは、カネというよりは、ワールドカップに出場しやすくするためですが、これだってワールドカップに出るか出ないかでは入ってくるカネが違うというところに帰結する気がします。

だから、クラシコはなくなりません。

上記のような理由や他の例があるのだから、何だかんだ理屈をつけてクラシコは続きますよ。表向きは「クラシコを楽しみにしている全世界のファンのために」みたいな美辞麗句を並べてね。もちろんカネのことなんか言うはずがありません。

「サッカーの世界ではバルセロナはカタルーニャではなくスペインである」というフィクションがまかり通ることはほぼ間違いありません。そして、人々がそれを大歓迎するであろうことも。かくいう私もその一人ですがね。ウシシ



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