2016年06月20日

クドカンの最高傑作『ゆとりですがなにか』がついに昨日で終わってしまいました。

①問題作『ゆとりですがなにか』の問題とは何か
②怒涛の第8話を振り返って
③島崎遥香の役名を「ゆとり」にしたクドカンの熱き想い

これまでこのドラマについていろんなことをつらつら書いてきましたが、今回の最終回は8話、9話に比べるととても落ち着いたものでした。

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9話までで「ゆとり世代」に関するテーゼをしっかり打ち出したからでしょう。最終話はそのためにとっ散らかった人間関係を整理するための回でした。

といっても、そこはクドカン。いろいろ面白い趣向を見せてくれました。

わからなかったのは、冒頭で酒瓶を倒し、そこで吉野家で酒瓶を倒す岡田将生の姿がフラッシュフォワードで見せたこと。何度かあのカットはフラッシュフォワードされてましたが、いったい何のためだったんでしょう?

松坂桃李の性教育の翌日が結婚式で、二つのシーンを交互に見せていたのは、あれはフラッシュバックでもフラッシュフォワードでもなく、時間を超えたカットバックですよね。

思春期とは何か、から始まって、心は死ぬまで思春期です、と子どもたちに教える松坂桃李が、上司と一夜かぎりの関係になったことで破談になりそうな岡田将生と安藤サクラを温かく見守るいいカットバックでした。なるほど、童貞教師の性教育って単なる下ネタじゃなくてこういうふうに使うつもりだったのかと、クドカンの深謀遠慮にはまたしても唸らざるをえませんでした。

あそこは脚本の段階からああいう構成だったのは明白ですが、岡田将生が酒瓶を倒すフラッシュフォワードはもしかして撮影のあとの編集でああなったんでしょうか。気になります。いずれにしてもあまり効果がなかった気がするのでちょっと残念でした。

しかし、岡田将生と安藤サクラはめでたく結婚できたし、松坂桃李は童貞卒業&吉岡里帆と恋仲になったし、柳楽優弥の中国人妻は吉野家で見つかったうえに(吉野家はすべての中国人の見方です!)強制送還されずにすんだし、柳楽も植木屋として何とかやっていけそうだし、島崎遥香は旅行会社で何とか頑張ってるし、最初はどうしようもないゆとり野郎だった太賀は自分で自分のことを笑いのネタにできるようになったし、最後までダメなのは吉田鋼太郎演じるレンタルおじさんだけですかね。(笑)

とにかく、このドラマの主題は前回までで描き尽くされてるのでほぼすべて丸く収まったのならもう何も言うことはありません。







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2016年06月15日

舛添が行き過ぎたバッシングの末に辞任するようです。
小林麻央がどれぐらいの病状か、テレビでは娯楽として報道されています。
ツイッターで女子大生に執拗にコメントして挙句の果てにめった刺しにした男もいました。アメリカでもまったく同じ経路で歌手が射殺されました。同じアメリカで前代未聞のヘイトクライムが起こりました。

このようなトチ狂った現代世界において、「とにかく逃げろ」というメッセージを送っているのが、阪本順治監督の最新作『団地』です。



(以下、ネタバレあります)

主人公の藤山直美と岸辺一徳は、一人息子を運送会社のトラックに轢かれて亡くしています。そのトラックの運転手は一度も謝罪に来ず、会社の部長がマスコミを引き連れて謝りに来た。マスコミからはほとんど尋問のような取材を受け、泣きたくても泣けなけなかった毎日。やっと落ち着いて泣けると思ったら疲れ果てて泣けない。で、天職だった漢方薬局を閉め、いまの団地に引っ越してきた。というのがファーストシーン以前の設定です。

不条理ですね。理不尽ですね。世の中は理不尽さに満ちている。とわかってはいても、やはり被害者を追いかけ回すのは理不尽を通り越してただの暴力だと思う。闘病生活を娯楽のネタにされている小林麻央や海老蔵ほか家族の方々がいまその理不尽さを一番感じている人たちじゃないかと思います。

藤山直美と岸辺一徳も行き過ぎたマスゴミの餌食になった夫婦です。だから誰も知り合いのいない団地に越してきた。しかしこの夫婦はまたも行き過ぎたマスゴミの餌食になってしまうのです。

町内会長選挙で、現会長の妻が岸辺を他薦で推すという。旦那は不倫してるから応援したくないし、何より岸辺一徳は引っ越してきたばかりだから逆に私たちに見えないことが見えるんじゃないかと持ち上げる。なのに実際の選挙では現会長のボロ勝ち。「案外あの人、人望なかったんやねぇ」の一言を岸辺が聞いてしまい、以来、家に引きこもる。息子のことであらぬ噂を立てられたであろう岸辺一徳には隣近所の噂話にもう耐えられなかったんですね。

すると、しばらく岸辺の姿を見ていない隣人たちは、「奥さんが殺したんじゃないか」と噂を立て始め、あろうことか、隣人の一人にテレビ局勤めの男がいて、その局から「旦那さんを殺したんじゃないかという声があるんですが」と藤山直美が取材を受ける。同じ息子を理不尽な暴力で亡くしていても、やはり女は強いのか、馬鹿笑いで答える。これがまたさらなる噂を呼んで…

というのが前半までです。

マスコミをマスゴミにしてしまったのは他ならぬ私たち一般大衆なのです。藤山直美の隣人の噂話によってテレビ局が来る、というのは脚本も書いた阪本順治監督が同じように思っているからこそでしょう。

しかしこの映画はここからものすごい展開を見せます。

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岸辺一徳の漢方薬の得意客である斎藤工は何と宇宙人なのです。同じ星の人たちのためにあなたの漢方薬が必要だ、と岸辺一徳に頼んでくる。
岸辺と藤山は必死で薬を調合する。なぜそんなに必死かというと、報酬として、死んだ息子に会わせてもらえるから。
同時に、義父から虐待を受け、『ガッチャマン』の歌を歌って何とか日々をやり過ごしている少年も、「本当のお父さんに会いに行く」と藤山・岸辺夫婦と一緒に宇宙船に乗ります。

で、ラストシーンで藤山直美と岸辺一徳は本当に息子と再会する。

いや、再会というのはちょっと違いますね。
あれはあの世なのかどうか。少なくとも斎藤工の星ではないでしょう。同じ団地に住んでますから。

息子が好きだったというすき焼きの準備を二人でしていると、「ただいま」という声がして息子が帰ってくる。「おかえり」と普通に迎える夫婦。息子と一緒に暮らしていた時間と空間を取り戻している。

あれははたしてあの世なのか、この世でそういう奇跡を斎藤工が起こしてくれたのか、定かではありません。何が現実で、この世とあの世がどう違うのか、人間にはわからないのですから。

あの結末を見て、おそらく「ファンタジーにしか逃げ場がないように謳うのはいかがなものか」と疑問を呈する人がいるような気がします。それはそれでわからないではありません。

が、私はそうは思いません。
劇中、「世の中がおかしいからまともなあんたがおかしいって言われんねん」というセリフがありました。

まともな奴ほど生きづらい世の中だと阪本順治監督は考えているのでしょう。

それなら逃げろ、と。ファンタジーでも何でもいい。逃げた先で幸福になれたらそれでいい。それが「この世」の「現実」と呼ばれるものでなくても別にいいじゃないか。

「逃げる」というネガティブな行為がこの映画ではとてもポジティブな意味をもつ行為として描かれているのが印象的です。いまのこの世は闘う価値がない。藤山直美がマイクを突き付けられて馬鹿笑いしたのも、闘うだけアホらしいからでしょう。

逆にいえば、この世の価値が下がっている。この社会はどこか狂っている。そしてほとんどの人がその事実に気づいていない。

それなら逃げたらええやん。『ガッチャマン』の世界に逃げたらええやん。

この『団地』という映画は、そう言ってくれている気がしました。

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2016年06月13日

いやぁ~、前回からがぜん面白くなってきた『ゆとりですがなにか』。
昨日の第9話もやたら面白かったですね。7話目までその凄さに気づけなかった自分を恥じます。

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①『ゆとりですがなにか』の問題点とは何か
②第8話を振り返って(チャイ! チャイチャイ!)

に続く第9話を見ての感想です。

前回の最後では、柳楽優弥が逮捕され、安藤サクラと結婚して会社を辞め実家の造り酒屋を継ごうと決めた岡田将生に試練が訪れます。

岡田将生の試練はともかく、柳楽の逮捕にはちょっと違和感があったんですよね。このドラマにはたして国家権力の介入って必要なんだろうかと。

しかも、柳楽の中国人妻も不法滞在のために警察に追われ行方をくらます。おいおい、そんなのゆとり世代という主題と何の関係もないじゃないかと。

でも関係あるったんですね。いや、不法滞在は関係ないにしても国家権力の登場は必要だった。

このドラマがユニークなのは、そして並大抵の才能では絶対無理なのは、ゆとり世代を否定することなく世代間闘争せよというメッセージを打ち出しているところだと昨日初めてわかったんです。

普通、世代間闘争といえば、上の世代が下の世代を否定するところから始まりますが、上の世代は少しもゆとり世代を否定しない。いや否定してるんだけど面と向かって否定しない。そこから始めろよ、とクドカンは言ってるんだと思います。

大人たち世代はLINEで辞めると言ってきたり、仕事を頼むといやだとダメ口で返事するといったエピソードを聞くと、「ゆとり世代っていったい何なんだ? 少しもわからね~」とどうしても匙を投げてしまうんです。彼らは自分たちとは違う別の日本人なんだと。私もつい最近までそういう人間でした。

それって、ゆとり世代を否定しながらも最初から闘争を拒否してるんだとこのドラマを見て気づかされました。なぜなら面と向かって非難しないから。わからない生き物だから関わり合いにならないでおこうと距離を置く。世代間闘争ではなくもっと深刻な世代間断絶が起こってしまっている。

クドカンは「それでいいのか大人たち!」と疑問を投げかけます。

ゆとり世代にも上の世代と下の世代があり、第一世代の岡田将生は第二世代の後輩・太賀を叱り飛ばしたり妹の島崎遥香に説教したりする。
ここで大事なのは、第一世代と第二世代はちゃんと世代間闘争できてるってことなんですよね。太賀を叱ったら逆にパワハラで訴えられたり、島崎遥香に説教したら、反発した彼女が内緒でガールズバーで働くことになったり。

でも、第一世代は上の世代から叱られることがない。「これだからゆとりは…」というセリフが象徴的ですが、呆れられることはあっても叱られることはない。

そのために吉田鋼太郎が女癖が悪く妻に逃げられた情けない男という設定が必要だったわけですね。
吉田鋼太郎は「自業自得」という言葉が一番嫌いと言いながら、逮捕された息子・柳楽に「自業自得」と言いかけて自分にはそう言える資格がないと謝る。柳楽は「何で謝るんだよ。俺を叱るのはあんたしかいねーじゃねーか!」と怒り、吉田は叱り飛ばします。なるほど!と唸りましたね。

しかも、叱られた柳楽がすぐに「おまえにそんなこと言えんのか!!!」と逆上して殴るんですね。世代間闘争ですね。本物の。こういうことが現実社会ではできてないことにクドカンは苛立ってるんだと思います。大人たちはもっとゆとり世代とちゃんと向き合えよと。面と向かって否定しろと。

そして、クドカンのゆとり世代をめぐる想いはもっと深い。

島崎遥香の名前が「ゆとり」なのはなぜだろうとずっと不思議だったんですが、ついに昨日の第9話でその理由が明かされました。


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兄二人がどういう名前にしようかと決めるとき、「かば」「ばか」などの変な名前とともに「ゆとり」も交えて、「どれにしようかな、神様のゆうとおり」で決めちゃうんですが、「ゆうとおり」と言いながら幼い日の岡田将生は強引に「ゆとり」を選ぶんですね。それで決まったと。

でも名づけたからには責任をもたなくては。生んだからには責任をもたなくては。というのがこのドラマの最も大事なメッセージ。

第6話だったか7話だったか、松坂桃李が小学生たちに「ゆとり世代とは何ぞや」という授業をしますが、そこで「先生たちゆとり第一世代は勝手に国がゆとり教育をして勝手にゆとり世代って名づけられただけなんだ」といいます。

なるほど、だから国家権力の登場が必要だったのかと。しかも柳楽の妻が不法滞在の外国人という設定もこのためだったのかと。
柳楽の恐喝容疑は主題と関係ないですが、不法滞在で登場する日本政府の手先たちは「なぜ在留許可を出さなかった」と柳楽を責めます。そんなこと知らねーもん、そっちが先に教えてくれなきゃと柳楽は反発。中国人をはじめ経済成長のためにビザの発給要件を緩和しておきながら、どうすれば在留期間を長くできるかということを少しも教えない日本政府に対する非難ですね。

そのエピソードと、島崎遥香の役名「ゆとり」の由来とが相俟って、ゆとり世代を生んだ国家に対し「名づけたからには責任もてよ。生んだからには責任もてよ」という激烈な主張へと発展する。うーん、深い! 隅々までよく考えぬかれています。

さて、来週は最終回ですが、どうなるんでしょうか。

予告編によると結婚式の場面があるようですが、結婚はゴールではなく人生の墓場だと頻繁に言われるようになった今日において、最終回に結婚式をもってくるクドカンはどのようなG難度を見せてくれるのでしょうか。着地はピタリと決まるのか。

楽しみでなりません。




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