聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

『64 ロクヨン(前編)』(佐藤浩市がすごすぎ!)

横山秀夫氏の原作は未読ですし(『半落ち』『動機』など数冊読んでますが好きになれないものばかりなのでもう読まないと思います)NHKで連ドラ化された作品もどういう理由だったか見逃してしまいまして、実はこれが『64 ロクヨン』初体験。

最近の日本映画は前後編ものが多く、若者向け恋愛ものだけでやってくれるぶんには別にかまわんのですけど、ついにこういう大人向けのものにまで病魔が忍び寄ってしまったんですね。よっぽど抗議の意味もこめて見に行くのやめようかと思ったんですが、誘惑に抗うことができず、見てきちゃいました。


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いやぁ~、めちゃくちゃ面白かったですね。見に行ってよかった! そりゃまだ半分しか終わってないんだから全体の評価なんてできませんが、この前編だけ見るならもう100点満点の300点あげたいくらいで、満腹すぎてどうしようってな大傑作でございました。

たった7日間しかなかった昭和64年に起きた誘拐事件≪通称ロクヨン≫。天皇崩御の大ニュースのためほとんど報じられることもなく忘れられた事件が14年後に息を吹き返す。

その事件とはまったく関係ないひとつの交通事故で加害者を匿名報道にするか実名報道にするかで記者クラブと一悶着起こす群馬県警広報官を演じる佐藤浩市が主役です。

ロクヨンの背後で何があったか、少しずつ明らかになる新事実と、佐藤浩市と記者クラブとの対立、キャリア組とノンキャリア組との対立と警察内部のさまざまな対立葛藤があってドラマは進行するのですけど、はっきり言ってこの映画、というか、この前編に関してはそのような物語がどうとか脚本がどうとか演出がどうとか、そういうことはもうどうでもいいのです。

いや、ほんとはどうでもよくなくいんだけど…いやいや、やっぱりどうでもいい。

「あのシーン」を見てしまったからには…



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記者クラブとの対立を解消するために土下座しましょうと部下たちから進言される佐藤浩市は謝罪を拒否、独りで喧嘩腰の記者たちと話をすることを選びます。

この場面の佐藤浩市の芝居がすごいんですよ。

そりゃ、それまでのドラマの組み立てが巧みで見てるほうの感情が盛り上がっているというのがまずあるし、セリフのひとつひとつだって別に佐藤浩市が考えたわけじゃない。脚本家が書いたセリフを憶えて、瀬々敬久監督の指示通りに感情を乗せて喋っているだけ。役者は台本にあるセリフを演出者の指示通りに喋る。のだけど、この場面の佐藤浩市はそういう「映画とは実はこうやって作られている」という小賢しい物言いをすべて蹴散らすほどに素晴らしいんです。

例えば『フレンチ・コネクション』のジーン・ハックマンとか、『エイリアン2』のシガニー・ウィーバーとか、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のレオナルド・ディカプリオみたいに「映画全体を俺が一人で支えてみせる!!!」と言わんばかりの名演なんですね。ほんとに目の前に存在しているかのような圧倒的迫真性。あれは「うまい」とかそういうことじゃなく「気持ち」ですね。サッカーでもそうですが、うまいチームが勝つのではなく気迫の勝ったチームが勝つのですよ。

私は、映画に泣いたのではなく、佐藤浩市に泣かされました。

あれはすごい。あのシーンは今後語り草になると思います。

「瀬々敬久監督作品」ではなく、「横山秀夫原作作品」でもなく、「佐藤浩市主演作品」として、この『64 ロクヨン(前編)』は後世に語り継がれていくべき映画です。

すごかった。本当にすごかった。思い出しただけでまだ膝が震えます。



プラトン『メノン 徳(アレテー)について』(勉強と創作の意外な関係!?)

光文社古典新訳文庫からプラトンの著作が刊行され始めてからもうだいぶ経つというのに、いままで一冊も読んでなかった。不勉強を恥じます。

さて、まず最初に読んだのは『メノン 徳(アレテー)について』という、プラトン初期の著作です。



「徳(アレテー)は教えることができるか」と問う若造メノンに対して、「無知の知」の看板を掲げるソクラテスが「そもそも徳(アレテー)とは何か」と問い返すところからこの問答は始まります。

というか、メノンとソクラテスが最終的にどういうところへ着地するかは、プラトンの本文と、翻訳者・渡辺邦夫さんの懇切丁寧な解説、つまり280ページ余の本書を通読すればそれなりにわかります。

というか、ここで語られていることを私が解説したり、感想を述べたりできるものではありません。あまりに深すぎるから。それ以前に難しいし。

ただ、どうしても言っておきたいのは、「探求のパラドクス」に関してソクラテスが返す言葉についてなんですね。

メノンは、そもそも最初から知らないものを探求などできはしない、とパラドクスを投げかけるんですが、それに対するソクラテスの返答が「想起説」なるもの。

これは、私たち人間は生まれる前からこの世のあらゆる知識をもって生まれてくる。しかし、生まれた瞬間に忘れてしまう。だから学ぶということは、生まれる前の記憶を想起することなのだ、というものなんです。

これ、何かに似てるなぁ、と思っていたら、アレでした。

仏像の彫り師が、木の塊から仏像を彫るとき、「仏像はこの木の塊の中に既に存在している。私の仕事はその周りの余分なものを払いのけるだけだ」と。

つまり、木を彫って仏像を作り上げるのではなく、仏像という作品は既に存在していて、その存在を「発見」してやるだけだ、ということですね。創造とはそういうものなのだ、というとても奥深く、ありがたいお話。

ソクラテスの「想起説」というのも同じだと思うんです。探求すべき知識はすでに全部もっている。内なる知識を発見するだけだ、と。

古代の哲学者と、いつの時代か知りませんが仏像の彫り師がまったく同じことを言っていることに大いに感動した次第です。

おそらく、これは人生におけるあらゆることに通じるオールマイティな考え方なのかもしれません。

プラトンの他の著作も読んでさらに勉強を深めたいと思います。



『イニシエーション・ラブ』小説と映画(ネタバレ含みます)

ある方面から「小説も映画も面白いから読め、見ろ」と言われたもんで、小説を読み、映画化されたものも見てみました。しかし…

つまらなすぎる。



著者の乾くるみさんという方は何でも推理作家さんらしく、なるほど、と合点がいきました。

確かに、「最後の二行ですべてがひっくり返る」という前評判はその通りだと思いましたよ。私もまんまと騙された口です。

だけど面白いですか、これ。

A面と題された前半では、ある男性が自分には不釣り合いなかわいい女性との初恋が綴られ、B面と題された後半で、その男性の後日の姿とおぼしき男性が、その女性との遠距離恋愛がうまく行かず別の女性に乗り換える顛末を描いています。

と、思わせておいて、前半と後半の男性は実は違う人物なんですね。要は、前半と後半は時系列ではほぼ同時進行で、後半のほうが時系列順では少しだけ早い。で、最後の二行でそれが暴かれる、という組み立て方は見事なんですが、どうも釈然としないのです。

もし最後の二行がなければ、男も女も苦い結末ですよね。男は他のもっときれいな女に乗り換えたとはいっても、最初の女が忘れられないし、女のほうも子どもを堕ろすことになったりいろいろつらい目に遭って、最終的に男に捨てられる。

が、実は前半と後半の男が違う人物だとわかった日には、男への哀惜の念は増しますが、ヒロインへの共感は完全になくなってしまいます。

遠距離恋愛からくる寂しさなのか、どうせばれないだろうという遊び心なのか、彼女は彼氏がいるにもかかわらず、独りだとウソを言って前半の主人公と急接近するんですが、二股かけて喜んでる女に対して腹が立つだけです。

なぜ前田敦子をキャスティングしているのかはよくわかったんですが(適役!)、小説でも映画でも、「登場人物への愛情」を感じることができませんでした。

通常、物語の語り手というのは、登場人物と一緒に泣いたり笑ったり喜怒哀楽を共にするものですが、この作者がそのように大切なものとして登場人物と向かい合った形跡がありません。

ただ、最後であっと驚かせよう、という「欲望」しか感じられないんです。

どんでん返しのためにキャラクターがあるんですね、この作品は。

だからほんとは推理作家だというのが腑に落ちたんです。

私はあまり好きじゃないから推理小説ってあまり読んでませんが、たまに読むと「名推理のために事件がある」みたいなところが好きになれない。「事件があってそこから名推理が導かれる」ならば好きになれるんですが。すべては最後であっと驚かせるため。小道具ならまだしも人物まで謎解きの「道具」にしてしまうというのは、まったく好きになれません。(やっぱり推理小説より犯罪小説!)

この『イニシエーション・ラブ』も同じでしょう。どんでん返しのためにすべての登場人物たちが作者の「駒」として用意されてしまっています。特に前半の主人公である男性なんか前半だけで完全に使い捨てにされてしまっています。

それじゃあ共感などできるはずもありません。

同じ叙述トリックでも筒井康隆氏の『ロートレック荘事件』にはそんな嫌な臭いはまったく感じませんでした。

やっぱりあれは名作ですよ。




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