聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

春の新ドラマの感想(『民王』2本に『トットてれび』『奇跡の人』)

4月から新しい連続ドラマが始まりましたが、今回は前クールほど見まくっていません。

テレビ雑誌見てやたら気になったものだけ見てます。

まずは単発ドラマでは、昨年スマッシュヒットを飛ばした『民王』の続編『民王スペシャル ~新たなる陰謀~』


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総理とその息子の脳が入れ替わる物語ですが、なぜ入れ替わるのかとか、誰の陰謀とかがわかった以上、総理と息子の脳(というか脳波)を入れ替えるだけではもう展開がもたず、他のすべての閣僚たちの脳が幼稚園児たちと入れ替わってしまうという「物語のスケールアップ」が行われるんですが、スケールはアップしても面白さはダウンしちゃうんですよね。だって、シンプルさがなくなったから。

総理と息子の脳が入れ替わり、息子の無垢な思いを聞いて総理が初心を取り戻すというこのドラマ本来の面白さがどこかへ行ってしまい、単に悪をやっつけるだけの話になってしまいました。残念!

この『民王』で高橋一生演じる貝原という秘書がやたら印象的なんですが、『民王スピンオフ ~恋する総裁選~』ではこの貝原を主人公として、本編の5年前の出来事が描かれます。


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これがやたら面白かった! 
恋する総裁選というのは、総裁選を闘うにあたり、貝原が仕える政治家(升毅)を当選させるためのコンサルタントか何かの役で貝原の初恋の人(相武紗希)が出てくるからなんですが、こっちのほうははっきり言ってどうでもよくて、貝原がなぜ升毅に仕えているのか、その真意をめぐるドラマのほうがよっぽど面白い。

貝原の父親は升毅の秘書だった男で、升毅が起こした不祥事を自分がやったこととして死ぬんですが、貝原は父の仇敵に仕えてるんですね。で、最後になぜかが明かされます。父親の遺書には「責任をかぶって死ぬのも秘書の仕事だ。だからおまえもあの男に仕えてほしい。しかし、もしあの男が国民の敵になった場合は、ためらわずに刺せ」と。

升毅はある法案を通そうと考えていて、それが国民を不幸にすると思った貝原は父親の遺言どおり総裁選最終盤で升毅を裏切るんですね。それも、父親から刺すための道具として託された、升毅と暴力団幹部が一緒に酒飲んでる写真を使って。

で、升毅の秘書を辞め、私物を入れた段ボールを抱えてウロウロしていると、遠藤憲一演じる武藤から声がかかる。「うちへ来い。ただし、俺は裏切るなよ」「いえ、裏切るべきときが来たら裏切ります」「なかなかいい根性してるな」という最高の会話が二人の出逢いの場でなされていたことがわかってエンドマーク。

もうお腹いっぱい。

「裏切るべきときが来たら裏切ります」と胸を張って明言する誇り高き男、貝原。
そんな男を「見どころがある」と笑顔で言う武藤。

人と人との本当の出逢いとはこういうものなんだろうな、としびれましたぜ。ああいう信頼関係ってなまなかなことでは崩れないだろうし、現に昨年のテレビシリーズではびくともしなかった。なるほどね。


さて、連ドラでは今クールで見始めたものは3本だけ。


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『トットてれび』

原作は読んだし、若手実力派No.1の満島ひかりが黒柳徹子を演じるというのは興味津々だったので見始めたんですが、どうにもつまらなくて2回目の途中で見るのやめました。

やはり、あのとき何があった、とか、あの出来事の裏にこういうことがあった、とかいうのは「情報」としては面白いんですが、致命的なことに「ドラマ(劇)」になってないんですよね。主人公と葛藤対立する存在がいませんもの。
あと偉い人の役で武田鉄矢が出てますけど、他に誰かいなかったんですかね? 武田鉄矢が画面に映るだけでドラマ自体がダサく感じられるのは私だけではないではず。


『奇跡の人』

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岡田惠和さん脚本ということで見始めました。内容も面白そうだったし。
確かに面白いんですけど、一話一話が長くないですか。各シーンが長いというか間延びしてるというか、もっとスパスパスパッと展開してほしいんですが。
次で見るのやめるかもしれません。

さて、あともう1本、クドカンの『ゆとりですがなにか』も見てるんですが、この傑作なのか凡作なのかよくわからない問題作についてはまだまだうまく言葉にできないので、また後日に。



リーガ第37節 レアル3-2バレンシア(何とも奇妙な試合)

イングランドでレスターが奇跡の初優勝を遂げ、ドイツではバイエルンが史上初の4連覇、イタリアではユベントスが5連覇と、各国リーグで優勝争いが集結してきてますが、リーガ・エスパニョーラは残り2試合で3チームが1ポイント差でひしめく大混戦。

数字上はバルサの優勝が決まる可能性もある今節、結果はどうなったのでしょうか。

10試合同時キックオフのため、レアルの試合を見ながら随時入ってくるバルサとアトレティコの途中結果に一喜一憂する、毎年のことながら忙しい見方でした。

まずはアトレティコが2分に先制。フェルナンド・トーレスの2008ユーロ決勝を思わせる右斜め45度からのループシュート。お見事。
しかし、マドリーが優勝するためには首位バルサだけでなく、アトレティコにも勝ち点を落としてもらわないといけないので、これはちょいと落ち込む情報でしたね。最終節で何が起こるかわからないとはいえ、2チームともが同時に勝ち点を落とすのはあまり期待できない。昨日のうちにどちらかが落としてもらわないと。

と思っていたら、8分にメッシのFKが決まってバルサも先制。嗚呼、やっぱり優勝は無理か…。

しかし!!! またしてもこの男がやってくれました。


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マルセロのパスを受けたクリスティアーノ・ロナウドがDFを軽くかわして右へ打つと思わせて左へ。あれはジエゴ・アウベスでも取れないでしょう。見事なゴール。

キックオフから激しいプレスをかけ、攻守の切り替えが速く、見ていてすごく楽しかったですね。ただ、バレンシアも最近好調なのがよくわかるいい攻撃をしてました。前半に追いつくビッグチャンスがありましたが外してくれた。助かった!

前半途中に最下位レバンテが堅守を誇るアトレティコから同点弾を奪ったと聞いて欣喜雀躍。そのまま終われ~~~と天に祈りました。

ただ、昨日のレアルは何か変でしたよね。

ベンゼマのゴールがオフサイドだったというのは確かにその通りだと思うし、あれを見逃した副審に「この弱虫」と言った選手が一人退場になったから最後の猛攻もしのげましたが、あのゴールがなく、退場もなければ引き分けか負けてたかもしれません。

いや、その前に、ケイロル・ナバスの怪我で出番が回ってきたカシージャがスーパーセーブ連発で救ってくれなかったら負けてたでしょう。前線では厳しいチェックを怠らないのに、ゴール前でのチェックが甘いというのは、いったい何なんでしょうか。逆ならまだわかるんですが。

それはバレンシアも同じで、ジエゴ・アウベスの好セーブがなければ5-4ぐらいの試合になってたんじゃないかと実況の山田さんも言ってましたけど、いや5-4は生ぬるいでしょう。8-7ぐらいになっててもおかしくなかった。それくらい両チームともクロスを上げさせすぎ。シュートを打たせすぎ。

ダニーロは何なんでしょうね。鳴り物入りで入団してきたのに、攻撃も中途半端なら本職の守備はもっとダメ。あんな簡単に抜かれてばかりじゃダメでしょう。
今季かぎりで退団するアルベロアのほうが数倍よかったじゃないですか。攻撃でも奮闘してたし。ダニーロいらない。カルバハルの控えはアルベロアでいい。

とか言ってる間に、バルサは5-0にしてしまい、アトレティコはというと、何と終了間際にレバンテに勝ちこされ敗戦。引き分けならまだ可能性が残ったのに、負けてしまったために優勝は不可能に。

こんなことがあるんですねぇ。これでバルサとレアルに絞られました。バルサは勝ちさえすればいいんだから絶対有利。レアルはバルサが引き分け以下に終わってくれることを期待して勝たなければなりません。

しかし、最終節を待たずして自分たちの負けで優勝を逃したアトレティコと、最終節まで勝ち続けた(場合の)レアル。後者のほうが例えリーグ優勝を逃したとしても2週間後のチャンピオンズリーグ決勝にいい準備ができるでしょう。だから次も勝って。

はっはっは。

そりゃまぁ、リーガとチャンピオンズリーグの2冠となればウハウハですけどね。あまり期待はせず、とにかくあと2試合。どちらも勝って有終の美を飾ってほしいもんです。

そのためにもゴール前の守備をもうちょっと何とかしてください、ジダン監督!



『アイアムアヒーロー』(「いつ誰を撃つのか」という極上のサスペンス)

ヒッチコック/トリュフォーの『映画術』で、当時世界中に林立し始めた映画の専門学校や大学の映画学科についてトリュフォーがヒッチに質問を投げかけます。「映画作りというものは教えられるものでしょうか」。ヒッチの答えは簡潔明瞭。

「サイレント映画の作法を教えないかぎり、どんな教育も無意味だ」



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脚本:野木亜紀子
監督:佐藤信介
出演:大泉洋、有村架純、長澤まさみ
2015年 日本映画『アイアムアヒーロー』

この映画が何よりすごいのは、セリフの意味が一言も理解できなくても物語を把握でき、楽しめてしまうことですね。(ラストシーンの会話の意味がわからないと感動も薄れるかもですが)

つまり、この映画は徹頭徹尾サイレント映画の作法で作られているわけです。映像だけで語る。行動が、仕草が、表情が、血が、汗が、小道具が、すべてを説明してくれます。

この、英雄と書いてヒデオという名の気弱な男が本当の英雄(ヒーロー)になるまでを描いた映画を、私は「決定的瞬間」をどうやって見せてくれるんだろうと期待して見ていました。

①ヒデオが「君は俺が守る」をいつ誰に向けて言うのか
②いつ誰に向けて猟銃を撃つのか

①については、最初のほうだったので少々驚きました。

ゾンビ、というか、劇中の言葉を使えばZQN(ゾキュン)の出現で大混乱になった街中で偶然知り合った女子高生・有村架純と富士山に逃げることになります。(ゾキュンは空気の薄いところでは生きられないから、とか)

その有村架純に下心を抱くヒデオは、いとも簡単に「君は俺が守る」と自分の売れなかったマンガの決め台詞を言うんですが、最初は「え、ここで言っちゃっていいの?」と思いました。
が、よく考えればそれでいいんですよね。まだまだあの場面でのヒデオはヒーローになる覚悟も何もないただの負け犬ですから。マンガ原稿の「君は俺が守る」は、ますます「あー俺はダメだ」と自己嫌悪に陥らせるための伏線だったんですね。うまい。

ならば、ヒデオがヒーローになる覚悟を決める場面はどこかといえば、富士山中のショッピングモールで知り合ったヤブというあだ名の長澤まさみに「助けて!」と電話で言われて「いまから助けに行く!」と答え、それまで逃げてばかりいたヒデオがついに戦いの場に身を投じるわけですが、「え、君は俺が守るは言わないの?」と思いました。

が、それでいいのでした。これはサイレント映画の作法で作られているのだから、セリフの意味がわからないと面白味が伝わらないのではダメなんです。だからただ「助けに行く」でいい。



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さて、決定的瞬間の二つ目「いつ誰に向けて猟銃を撃つのか」ですが、これもかなり工夫が凝らされていました。というか、いつヒデオが引き金を引くのか、という作劇術的サスペンスのほうが、彼らは生き延びられるのか、という物語的サスペンスよりも強かったですからね。

まず、ヒデオは趣味で猟銃をもっている。それをもって奥さんに家を追い出されるんですが、その奥さんがまずゾキュンになります。まさかここでは撃つまいと思ってました。それじゃもうずっと撃ちまくるしかないですもんね。

街中で知り合った有村架純と一緒にタクシーに乗ると、偶然一緒に乗った政治家・風間トオルがゾキュンに変貌。運ちゃんも噛まれてゾキュンに。ここで撃つのか? でもまだ序盤だぞ。と思ったら、ここでも撃たない。よかった。

すると、有村架純がゾキュンになっちゃうんですよね。まさか、と思いましたが、首に噛まれた痕がある。この傷痕の設定が絶妙でして、赤ん坊に噛まれたらしいんですね。母乳を介して感染するとしたらその赤ん坊もゾキュン。だとしたら自分もゾキュンだと。しかし、間接感染だから彼女だけ完全にゾキュンにならない。ゾキュンだけどゾキュンじゃないという微妙な存在になります。他のゾキュンからヒデオを守ってくれたり。

だからヒデオはここでも撃ちません。ならば、いつ撃つのか。

ヒデオは、有村架純を連れて富士山を登っていくのですが、別に置き去りにしたくないという理由だけではなかったでしょう。この子が俺を守ってくれる、という計算もあったはず。

そして、くだんのショッピングモール。そこではたくさんの人間がゾキュンと戦っていました。

しかも、そこではゾキュンだけでなく「俺が法律だ」と豪語する吉沢悠というボスに殺される可能性もある。この人間同士の殺し合いは面白かったですね。身内にも敵がいる。そして吉沢の手下たちは有村架純を犯そうとする。

ここか! ここでとうとう撃つのか!?

と期待したんですが、ここでも撃たない。そればかりか猟銃を奪われる。どこまでも情けない。

ところがこの展開のおかげで、いつ撃つかというサスペンスががぜん面白くなるんですよね。というか、どうやって猟銃を取り返すか、というサスペンスに置き換わる。

主人公ヒデオが「いつか誰かを撃つ」のは明確です。そうでなければ少しも面白くない。この映画では簡単に撃たせない。引っ張りに引っ張る。その作劇術的サスペンスが、ヒデオのダメ男っぷりをさらに大きくする。つまり、ついに発砲する瞬間へのハードルをどんどん上げているんですよね。志の高い作劇です。発砲するときのヒデオのヒーローっぷりが上がりますから。

さて、他の勝手な連中にこき使われ、みんな戦って死んでいくのに自分だけ何もできず、独りロッカーに隠れるという情けない主人公ヒデオが、長澤まさみからかかってきた電話でヒーローとして覚醒するんですが、その直前の、ロッカーから出たらすぐゾキュンに噛まれるという妄想につぐ妄想が面白い。

しかし、長澤まさみの言葉によって主人公が覚醒するというのはどうなんでしょう? サイレント映画云々は別にしても、「映画」として、主人公の行動の契機がセリフというのにはちょっとガッカリしたのも事実です。

でも、ゾキュンになって長澤まさみをレイプしようとした吉沢悠に向けてついに最初の発砲! 「は~い」という掛け声が最高で、ついにこの瞬間が来たかという感動がありました。
その発砲によって覚醒したヒデオは撃ちまくるんですが、覚醒してしまったヒーローというのは無敵ですね。「地上7メートルのセーフティフィールド」でさえ一瞬で地獄にしてしまった元走り高跳び選手のラスボス・ゾキュンでさえ、何度もやられそうになりながら最後の一発で射殺ですからね。


しかし、長澤まさみといえば…


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ヤブというあだ名は、看護婦なのにゾキュンも人間もみんな置き去りにしたから藪医者のヤブなんですが、『アイアムアヒーロー』というタイトルはヤブのテーマでもあると思ってました。彼女もまたヒデオと同様ヒーローとして覚醒するんだろうと。でも、何かただの添え物になってしまった感が強いですね。ヤブはヒデオの覚醒を促しただけで他には何もしていない。もったいない。まぁ有村架純を決して置き去りにせず、おんぶしてヒデオのところまで行こうとはしますが、もひとつキャラクターが活かしきれてない憾みが残ります。

有村架純の半ゾキュンという設定も、もう少しドラマに絡めてほしかったし。

とはいえ、そういう不満も含めてあばたもえくぼ。

ヒーロー覚醒の瞬間を描いたこの映画が大好きです!




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