聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

コパ・デル・レイ決勝をめぐる「政治とカネ」

我がレアル・マドリードに緊急事態発生!

何とモドリッチと並んで代えのきかない選手、左サイドバックのマルセロが右肩脱臼でCLローマ戦の出場も微妙だとか。本人は強行出場も辞さない考えらしいですが、セルヒオ・ラモスが同じ脱臼を完治させずにクラシコに強行出場して長引いたし、ここはしっかり治してから戻ってきてほしい。

いずれにしても明日のビルバオ戦はマルセロがいないわけですが、さて、ジダン監督は誰を使うのか。マルセロが怪我したときはベイルを左サイドバックに、というのも一つの案ですが(元々のポジションだし)しかしそのベイルが怪我をさらに悪化させてローマ戦どころかダービーにすら間に合わないとか。

どうなってるんだ、最近のメディカルスタッフは! と怒ってみたところで怪我が治るわけでもなし、ベイルもマルセロもいないなかで戦うしかありません。

私は、左サイドバックにはナチョ、ベイルに替わる右ウイングにはハメスでなくヘセを希望します。前監督のベニテスはダニーロを左サイドバックで使ってましたが、どうも彼は好かん。本職の右サイドでも迫力ないのに左をやらせてもね。アルベロアも手堅い守備をしてくれるけど、好青年でいい選手なのに出場機会に恵まれないナチョ君を抜擢してほしいな。

ハメスを使わないのは前節を見ての判断。ヘセのほうがよっぽどよかったですもん。私は以前からハメス派を公言してますが、どうも最近の彼はおかしい。ベニテスだけでなくジダンにも嫌われてしまったようでプレーにもキレがないし守備での貢献度が低すぎます。

さて、明日の話はともかく、今日のお題はコパ・デル・レイです。
決勝カードが決まりました。

バルセロナvsセビージャ

うん、いい組み合わせですね。カップ戦に異常に強いセビージャが相手だとバルサも安穏とはしてられないでしょう。

とはいえ、バルサが決勝に進んだことでまたもや同じ問題が起きてますね。

決勝をどこのスタジアムで開催するか。

一発勝負だから中立地が望ましい。バルセロナからもセビージャからも等距離に位置するのがマドリードだ、ということでサンティアゴ・ベルナベウがまたぞろ候補に挙がったようですが、おそらくまたぞろ改修するからとか何とか理屈をつけて貸さないのでしょうね。


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日本人ならそういうこと絶対言わないし言ったら非難囂囂でしょうが、欧米ではそういう子どもじみた言動が当たり前のように通るらしく、面白いといえば面白いけど、でもやっぱり大人げない。ジダンまで「ここでバルサが優勝するのを見るのは嫌だ」と発言したとかで、そりゃレアルの監督としちゃ容認するわけにはいかないんでしょうけど、ジダンよ、おまえもか、という気がしないでもない。

で、結局バルサのホームスタジアムであるカンプ・ノウに決まりそうな気配なんですが、それではバルサにホームアドバンテージがあるから不公平だと。去年がそうでしたもんね。いくらチケットはホームとアウェイ半々ずつ販売するといっても、いつもプレーしているスタジアムのほうがやりやすいに決まってます。

しかしながら、問題はサンティアゴ・ベルナベウを使わせないことにあるのではありません。ここで問題なのは「政治とカネ」なのです。

マドリードでいいならアトレティコのホームスタジアム、ビセンテ・カルデロンはダメなの? という当然の疑問が湧き起こります。ただ、サンティアゴ・ベルナベウとビセンテ・カルデロンの収容人員は3万人も差があるようで即座に却下される模様とのこと。

なるほど、やはりカネの問題かと。3万人も差があればチケット収入にもおのずと差が出てしまいますもんね。しかし、両者がマドリードでの開催を望んでいるのであればそれでいいのでは? アトレティコは別にバルサに対するライバル意識はレアルほどじゃないんでしょうし。でもやはりカネが…ということですか。

セビージャのウナイ・エメリ監督は「カンプ・ノウでやるくらいなら中国でやるほうがいい」と言ったそうですが、中国という国名に「カネ」を感じ取ってしまうのは私の悪い癖でしょうか。

しかしながら、もっと大きな問題があります。

チャンピオンズリーグなら、何年も前から「20××年の決勝は△△で」とあらかじめ決めてしまいます。だからたまたま勝ち進んだチームのホームスタジアムで決勝なんてことがあります。これだと「もう何年も前に決まってることなんだから」とホームアドバンテージはチャラにされます。ラッキーだったと。

なのにコパ・デル・レイでは同じ問題がこれまで何度もありながらも、いつも決勝のカードが決まってから開催地を決めています。これってなぜ?

私はここに「政治」の匂いをかぎ取ってしまうんですよね。あらかじめ決めておくとお偉方たちの不利になる政治的思惑の匂いを。そしてその背後にはやはりカネが…?

いっそのこと、貧しいどこかの国で恵まれない子どもたちを無料で招いてチャリティーでやったらどうでしょうか。

ま、いくら何でもそれは冗談ですが、少なくともあらかじめ開催地を決めておくぐらいのことはやってもらいたいもんです。



『王様のレストラン』大解剖①(「ヒーロー」は千石さんではない?)



年明けからBSフジにて再放送されている『王様のレストラン』。第6話まで再見しましたが、やはり何度見ても面白い!!!


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以前、三谷幸喜という脚本家は大嫌いだと言いましたが、この作品だけは別です。三谷作品の中で別格というだけでなく、すべての物語形式の作品の中でも別格と思うくらい私はこの『王様のレストラン』が大好きなのです。

その理由としては、「神話の構造が生きているから」と、ひとまずは言うことができましょう。

神話とは何ぞや。

ジョーゼフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』をもち出すまでもなく、英雄の旅=ヒーローズ・ジャーニーですね。
最初は恐れを抱き尻込みしていた人間が、己の弱い心に打ち克って戦いの旅に出、見事、悪を打ち倒す道程を描いたもの。

まず、登場人物を整理しましょう。以下は俳優のビリング順です。

松本幸四郎…伝説のギャルソン千石
筒井道隆…オーナー禄郎
山口智子…シェフしずか
鈴木京香…バルマン政子
西村雅彦…ディレクトール範朝(総支配人)
小野武彦…メートル梶原(食堂担当ギャルソン)
梶原善…パティシエ稲毛
白井晃…ソムリエ大庭
田口浩正…スー・シェフ畠山(シェフの助手)
伊藤俊人…コミ和田(平のギャルソン)
杉本隆吾…プロンジュール佐々木(皿洗い)
ジャッケー・ローロン…ガルトマンジェ:デュヴィヴィエ(オードブル担当)

全11回の物語で語られるのは、一言で言ってしまえば、「甦った伝説のギャルソンが暗黒面に堕ち、そして再び甦る」というものです。

私は、この物語のヒーローは、その伝説のギャルソンたる千石さんだとばかり思っていました。しかし今回見直してみて、第1話からどうもそれは違うのではないかと思うようになりました。

そして、第2話、第3話…と見進めていくにつれて、その思いは確信へと変わりました。

伝説のギャルソンが傾きかかったフレンチレストランを復活させる、という物語だと思っていましたが、違ったのです。

さて、では、この『王様のレストラン』の本当のヒーローは誰なのでしょうか。そしてこの物語を一言で語るとするならいったいどういうものなのでしょうか?

続き
②ヒーローはオーナー禄郎である!
③シェフしずかは「ヒーロー」ではないのか
④ディレクトール範朝から千石さんへと至る道
⑤アンチヒーロー千石武
⑥最低だが素晴らしい!
番外編 オーディオコメンタリーが面白い!



『残穢 住んではいけない部屋』(ちっとも恐くない!)

中村義洋監督というところがちょっと引っかかりながらも、現代に残された最後のジャンル映画たるホラーということで期待して竹内結子&橋本愛主演の『残穢 住んではいけない部屋』を見に行ってきました。

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新居で暮らしていると変な音がする。調べてみると、前住人が変な死に方をしていることが判明したり、そのマンションが建つ前は空き地でその一角にはゴミ屋敷があってその住人も変死体で見つかったことが判明したりするなど、「戦慄の新事実」が次々と出てきて、恐いといえば恐いです。

しかしながら、「戦慄の新事実」の「事実」という言葉から明らかなように、すべてが因果関係で結ばれてしまっているのですね。

数週間前の「ホンマでっか!? TV」で、「運は本当にあるのか。あるとしたら運を引き寄せる術は?」という特集をやってましたが、その中で生物学者の池田清彦先生がこんなことをおっしゃってました。

「人間は何でもかんでも脳が物語をこしらえようとするんだな。こういうことがあったからこうなった、こうなったのにはこうこうこういう理由があるというふうに。で、何も悪いことしてないのに早死にしたとか、すごくいい人なのにひどい目に遭ったとか、因果関係でどうしても結べないことを『運が悪い』というようになったんだね」

つまり、因果関係で結ぶことのできない、脳がどうしても了解できないことを「運」というのだと。

脳は因果関係で結べることができるものだけを「事実」として認定します。了解可能だから。しかしながら、「真実」のほうはどうかというと、人間が真実だと思っているものは実は脳が事実と認定したもの、つまり「事実」だけであって、神ではない人間に真実は永久にわからないのです。

しかし、映画が扱うのは事実じゃなくて真実のほうですよね? というか、事実を通して真実に迫らなきゃいけない。見える事実を見せながら、見えない真実を観客の心の中に映じてこそ「映画」なのであって、この超常現象にはこういう理由があった、という恐い事実をいくら並べられても「こんなことが実際に遭ったらいやだな」とは思っても、「見てはいけないものを見てしまった」という、ホラー特有の見終えた後も何かがねっとりまとわりついてくる独特の感覚からは程遠いのです。

『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスやその家族がなぜあんな凶業を営んでいるのか、少しも説明されないですよね。因果関係など存在しないから恐いんですよ。そう、「理不尽」という言葉が一番適切でしょうか。

そういう本当のホラーは脳髄ではなく腹を直撃してくるものなんです。いや、ホラーにかぎらずすぐれた映画、すぐれた芸術作品はすべてそうでしょう。でもこの映画はひたすら脳髄にしか訴えかけてきません。

そうか、なるほど。で? というのが偽らざる正直な気持ちです。(竹内結子が相変わらずきれいなので金返せとまでは言いませんが)



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