聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

リーガ第30節 レアル4-0セビージャ(聖ケイロル!!!)

前節は超格下ラス・パルマス相手にふがいない勝ち方しかできなかった我がレアル・マドリード。今季まだアウェイで勝ったことのないセビージャ相手に4-0で快勝、ホッと胸をなでおろしました。

何といっても素晴らしかったのはキーパーのケイロル・ナバスですね。

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ベンゼマの素晴らしいハーフボレーで先制したあとバランの軽率なファウルでPK献上。これを読み切ってストップすると、それからビッグセーブの嵐でした。

特に後半、味方DFに当たって変化したボールを防いだ場面などは白眉でしたね。普通ならパンチングでコーナーに逃れるのがやっとでしょう。それをファンブルしたとはいえきっちり押さえたし、何よりファンブルするということはキャッチしに行ってる証しであって、あれをキャッチできる確信をもって捕りに行けるってすごいと思います。

数シーズン前まで守護神だったイケル・カシージャスをファンは「聖イケル」なんて呼んでましたが、これからはナバスのことを「聖ケイロル」と呼んでも一向に差し支えないのでは? いや、もう今季の半ばですでにそういう存在だったと思いますが、あのアホな会長はいまだにデ・ヘア獲得をあきらめてないというし、いったい何を考えているのかと。どちらが優秀かは微妙でしょう。デ・ヘアだってかなりすごいキーパーだし。しかし、すでにチームにとってかけがえのない存在になっている選手を放出してまで獲るべきだなんて少しも思いません。思っているのは移籍市場で主役になることばかり考えているアホ会長だけです。

1週間ほど前に、ナバスとデ・ヘアのどちらがいいかとファンにアンケートを取ったところ、マルカ紙では68%がナバス支持で、それって低すぎない? と。アス紙では80%を超えたらしいですが、それでも低いと思います。

カシージャスがビッグセーブを連発しながらバルサの黄金時代を横目で見ることしかできなかった時代、カシージャスがいなかったらチャンピオンズリーグの出場権すら得られなかっただろうと誰もが言ってました。

今季のケイロル・ナバスも同じじゃないですか。彼がいなかったら3位に留まってるなんて不可能ですよ。昨日だって負けてたかもしれない。そもそもキーパーが大活躍ということはその前の守備が甘いということなわけで。昨日はバランとナチョという普段の二人じゃなかったとはいえ、これがペペとセルヒオ・ラモスでも事態はあまり変わらない。

カゼミーロが入ったことでだいぶ安定しましたが、これが次節クラシコでバルサ相手に通用するかどうか。しかしそのカゼミーロがイエロー累積だそうじゃないですか。これでクロースがまたアンカー? また大量点喰らって大敗するんじゃなかろうか。

希望は、昨日のビジャレアルとの試合でバルサが引き分けてくれたことですかね。あれぐらいアグレッシブにやれば2点のビハインドくらい何とかなると教えてくれたことに感謝しましょう。しかもバルサはピケのハンドを見逃してもらったわけで、あれで10人になってたら負けてたかもしれないし、確実なのはピケがクラシコで出場停止になっていたこと。くそぉ。

行けるぞ! という気持ちと、やはりダメだろうという気持ちが交錯します。引き分けられたら儲けもの、ぐらいに思ってたほうがいいかな、と。

問題はクリスティアーノ・ロナウドのPK失敗率がちょっと高くなってることですかね。左に蹴る癖があるのを見抜かれてしまって昨日は真ん中に打とうとして変な力が入ってふかしてしまった。

でも、BBCが揃ってるし(怪我だけはしないで!)チームとしてまとまってきた感があるし、期待はしてます。

そして何より聖ケイロルがいますから!



プレミア第31節 クリスタルパレス0-1レスター(夢の初優勝は実現するのか)

今シーズン、プレミアリーグで快進撃を続けている岡崎慎治が在籍するレスター・シティ。

前節は岡崎の劇的オーバーヘッドで勝ちました。ダイジェストで見ましたが素晴らしかったですねぇ。
レスターにまつわる夢物語がヨーロッパ全土、いや世界中で話題になっているのを見ると、「下剋上」とか「判官贔屓」って日本人だけの特性じゃないんだな、と思います。
ただ試合そのものを見れなかったので、今日は見ましたよ。

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面白かったなぁ。

岡崎とアデバヨール以外ぜんぜん知らない選手ばかりだったからか、純粋にサッカーというスポーツを久しぶりに堪能しました。いつもブログに感想書くという前提で見てるもんだから小賢しい目で見てると反省しました。

岡崎と2トップを組むバーディというセンターフォワードが素晴らしかったですね。彼のエリア内での縦への勝負から素早いクロス、走りこんできたマフレズは合わせるだけ。半分以上バーディが獲った点ですね。岡崎も相手を引きつけてディフェンスラインを押し下げる役目をしていて素晴らしかった。

全体的に岡崎は体を張って相手にボールを渡さない泥臭さがよかったですね。ゴール前で守備をしてるかと思ったらもう相手ゴール前でクロスを待ってたり、運動量も半端じゃない。でもやっぱり解説者が言ってたとおり得点を見たかったなぁ。

レアルが狙ってるというボランチのカンテという選手もよかったですよ。全体のバランスを考えたポジショニングと読みが素晴らしい。インターセプト回数がプレミア最高というのもうなずけます。守備だけじゃなくて行くときは最前線まで顔を出すし。当たり前だけど。

クリスタルパレスも鋭い攻撃を何度も繰り出してましたね。特に名前忘れたけど左サイドの黒人選手が最高。何度も抜け出してはクロスorシュート。その奮闘は報われなかったけど、そのうちビッグクラブから誘いがあるような気がします。

でも最大のハイライトは、レスターの前半18分のカウンターでしたね。奪って、ワンタッチでスルーパス。キーパーと一対一になる絶好のゴールチャンスでしたが好セーブに阻まれました。しかしあの場面はまさに胸のすくようなカウンター攻撃で思い出しただけでお腹いっぱい。

これであと7試合を残して2位トッテナムと勝ち点差8。トッテナムは明日試合があるから実際は5か。でもあと7試合ですよ。これはほんとにほんとに夢が実現しますよ。今日の戦いぶりを見るかぎり、簡単に落ちることはなさそうです。

レスターに優勝させろ!!!



『サウルの息子』②(脚本上の問題について)

前回の日記は『サウルの息子』の 演出上の問題について でした。

問題といっても、読んでくださった方はおわかりと思いますが、明確な問題があってそれを批判しているわけではありません。「問題らしきもの」があるんだけど、本当にそれは問題なの? という、まぁ私にもよくわからないことなのです。

で、今回の「脚本上の問題」というのも同様です。何しろ私はこの『サウルの息子』を飽きることなく楽しんで見た人間なわけで、基本的にこの映画が好きなのです。が、何か引っかかてしまうことがあるんですね。間違ってるかもしれないけど、その引っかかったことを正直に言うと…

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この「ゾンダーコマンド」という役目のユダヤ人を主役にしたのは素晴らしいと思います。少なくとも私はアウシュビッツでそういう任務に就いていたユダヤ人がいたなんて知らなかったですから。同胞をガス室に送り、そして自らも数か月後に処刑される。何という悲運な…。

主人公をゾンダーコマンドにしただけで『サウルの息子』という映画の存在価値は高いとさえ思うんですが、問題は主人公じゃなくて彼の敵、すなわちナチスのほうにあるような気がするんです。

これまでナチスを極悪人として設定した映画は数限りなくあります。そもそも歴史的事実として世界中の人たちが知っています。

別に『眼下の敵』みたいに、ナチス将校にもまともな神経をもっていた人がいただろうからそういう人物を描くべきだとか、ナチスだって同じ人間だなんていうつもりは毛頭ありません。

ただ、「ナチス=極悪組織」という世界中の人が知っている歴史的事実に、この『サウルの息子』は依拠しすぎではないか、と思うのです。

ヒトラー総統の号令のもと、ヨーロッパ各地からユダヤ人を連行してアウシュビッツ強制収容所に監禁したうえ、数百万人もの無辜の人々を毒ガスで死に至らしめた。だから極悪組織なのですが、それに依拠しすぎというのは、ナチスを「問答無用で悪い奴ら」という「記号」として扱っている、ということなのです。

『サウルの息子』で描かれるナチスに人間味など皆無です。『将軍たちの夜』のピーター・オトゥールや『シンドラーのリスト』のレイフ・ファインズみたいな「ユニークな悪人」は一人も出てきません。

これは演出の問題ともかかわってくることなのですが、徹頭徹尾カメラが主人公に張りついているため、ユニークなナチス将校を描きたくても描けない、ということもあるにはあったんでしょう。あの地獄絵図を主人公と一緒に観客に追体験してもらうためには、ナチスは記号でかまわない、という潔い決断をしたのかもしれません。

しかし、いずれにしても、それは「魅力的な悪の創出」という脚本家の大きな役目を自ら放棄していることになります。

とはいえ、わからないのです。

放棄したから、というか、カメラはずっと主人公だけを追い続ける、だからナチスは記号でいい、と判断したからこそ、あのような迫真性の高い映画が生まれ、私も楽しめたのかもしれません。ナチスを記号として処理したのは英断だったのかも。

でも、どうも腑に落ちないのです。本当にこれでいいのか、という思いを拭いきれないのです。

確かに、ゾンダーコマンドという「アウシュビッツものにおける新しい主人公」の創出はありました。でも、あの悲劇を生み出したナチスという極悪組織を記号として扱ってしまったら、「いまなぜアウシュビッツなのか」という映画製作のモチーフが薄まる結果になってはいないか。

もっと深読みするなら、全編長回しで主人公だけを追いかける前例のない映画を撮りたい、だから周りで起こっていることとその原因については誰もが知ってることを記号として扱えばいいと考えたのだとしたら、この『サウルの息子』を作った作者たちを私は決して許しません。それはあの惨劇で亡くなった人たちへの冒瀆以外の何物でもありませんから。

しかし、作者がどう考えてこの脚本、この演出に至ったのかわからないので何とも言えません。ただひとつ確かなことは、『サウルの息子』という映画を私は確かに楽しんだけれど、『将軍たちの夜』や『シンドラーのリスト』のほうがずっと好きだ、ということです。



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