聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

林修×小泉義之の幸福論、あるいは不幸論

先日、『ヒメアノ~ル』という映画を見てきました。

この映画の素晴らしさについては何も言うことがありません。すごすぎて何も言えないのです。分析したって意味がない。考えたって何にもならない。ただ黙って感動に浸ることしかできません。

さて、昨日久しぶりに「映画芸術」を立ち読みしたんですが、小泉義之という哲学者がこの映画について論評していました。

この小泉さんという方は私はお名前すら知らなかったのでもちろん著作も読んでませんし、どのような考えの持ち主なのかも知りません。
映画評を読むかぎりでは、前々から薬物依存症の人たちの心性に並々ならぬ関心があって、そこを土台に『ヒメアノ~ル』について語っています。


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主人公の森田(森田剛が演じていますが役名も森田)は薬物依存症として描かれてはいませんが、原作のマンガではそれを匂わせるような描写があるらしいんですね。

で、小泉さんはこの映画を見て薬物依存症や快楽殺人者の心性がわかった気がするといいます。

それは、薬物依存は快楽のためではなく苦痛を得るためであり、快楽殺人も殺すことを楽しむのではなく不幸になりたいからやるのだ、ということらしいんです。

薬物って普通に考えたら快楽を得るためにやるものじゃないですか。快楽殺人は文字通り快楽のために人を殺す。でも小泉さんの説では「そのような快楽は一時的なものにすぎない」というところから論を展開します。

『ヒメアノ~ル』の森田が快楽殺人者かどうかは議論があるかと思いますが、それはともかく「彼らは快楽を希求しているように見えて実は一瞬の快楽の前後にある苦痛を求めている」と小泉さんは言います。

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話は変わって、数日前に「今でしょ」の林修先生が女性芸能人を論理的に叱り飛ばす『グサッとアカデミア』という番組を見ました。ゴミ屋敷アイドルや菊川玲をはじめとした東大卒なのに幸福になれない女性たちに「ここがダメだから幸せになれない」とグサッと来る授業をしてあげるというなかなかの好企画でした。

林先生は、仕事を四分割します。

①やりたくてできる仕事
②やりたくないけどできる仕事
③やりたくなくてできない仕事
④やりたいけどできない仕事

①が最高だけれど、多くの人は④に陥ってしまうと。林先生自身は作家になりたかったけどその才能がなく、その次にやりたかったIT企業を立ち上げたけど多額の借金を抱えてしまった。その借金を返すためにやりたくもない予備校の講師になった。するとやたら授業がうまいことに気づいた。で、今日に至っていると。

④に陥る人は、やりたい仕事に就くために必死で頑張る。努力に努力を重ね、艱難辛苦に耐えて幸福になろうとする。(ここが薬物依存者や快楽殺人者と同じなんですね)

仮にその仕事ができるようになっても、世の中には何の努力もしないでその仕事ができる奴がいることを忘れてはならないと。そういう奴には絶対に勝てない。

幸福になるためには②を選べと。「自分が楽にできることを探す」それが幸福になる近道だといいます。「苦難に耐えた先に幸福があると多くの人が誤解している」と。

これに対して菊川玲が「やりたくない仕事だったら喜びがないでしょ。喜びがなかったら幸福とはいえないのでは?」と疑問を投げかけますが、林先生は「それは間違いです」と即答します。

①のような自己実現型の幸福が最高ですが、そんなのはよほど恵まれた人だけ。普通の人は自己尊厳型の幸福を見つけなさいと。それは、できる仕事をやることで周りから感謝される、給料が増える、そこに喜びを見出せばいい、と。

というなかなか深い話で、土屋アンナが「天才ですね」とやたら感心してたのが面白かったですが、それはともかく、先述したように、薬物依存者と同じ思考回路をごく普通の人たちももっているということがすごく興味深かったんです。

小泉さんの説では、薬物依存者や快楽殺人者は快楽ではなく快楽の前後の苦痛を無意識的に欲している、ということでした。

ということは…

やりたい仕事を探し求める人は不幸を希求しているということになりますよね。(あー、まさに私自身がそうなんですよ。やりたい仕事に就きたい就きたいと願って努力を続けてきましたが、結果、いまは少なくとも幸福ではありません。不幸の一歩手前です)

やりたい仕事に就くために頑張るのは幸福への道かと思ったら、実は不幸への道だった。
私たち日本人の多くは、実は「不幸になるために頑張っている」。

愕然となりました。



『リベリオン』(映画で「感情のない人間」を描くことは可能なのか)

2002年、カート・ウィマー監督作品『リベリオン』を見ました。
カート・ウィマーという名前にはいい印象がないためにいままで食わず嫌いしてたんですが、ネット上でえらくほめてる人たちが多いんで騙されたつもりで見てみようと。ちょうどWOWOWでやってたし。

allcinemaに載っているレビューを読むと、「内容的にはつまらないが、アクションはすごい」という意見が大勢を占めています。
が、私は『華氏451』の焼き直しにすぎない内容にも、編集でごまかしているだけとしか思えないアクションにも特に関心はありません。焼き直しなんて映画はたくさんあるし、編集のマジックで魅力的なアクションシーンに見せかけている映画なんてごまんとありますから。

この『リベリオン』で私が興味を惹かれたのは、「はたして映画は〝感情のない人間”を描くことは可能なのか」ということなんです。

舞台は近未来。第三次世界大戦を経た人類が第四次世界大戦を未然に防ぐため、すべての人間から感情を抜き取ることにした。感情そのものがなければ怒りも憎しみも湧かないから戦争が起きないだろう、と。

感情がないから芸術作品は禁じられます。というか、作品なるものは生み出されていないはずですが、やはり過去の芸術は残っているわけで、感情を消し去る注射をせず、詩集を読み、絵画を楽しむ地下組織があったりするわけです。

主人公はそれらを取り締まる特高警察みたいなもので、「ファーザー」(オーウェル『一九八四年』のビッグブラザーですね)と呼ばれる権力者の命令に従って違反者を容赦なく射殺するのが職務。

そんな彼が、同僚がイエーツの詩集を読んでいたために殺さざるをえなかったり、奥さんが違反者として投獄されていたり、さまざまな要因が絡んだ末に、あるきっかけで注射ができず、慌てて打とうとするも、少し芽生えた感情がそれを拒否し、彼もまた違反者になってしまうわけです。

あとはお決まりの展開というか、違反者を取り締まる組織の人間なのに違反者になってしまった主人公の悪戦苦闘が描かれるわけですが、その過程で、主人公の奥さんが火刑に処され、彼は号泣してしまうんですね。それを相棒に見咎められて逮捕されてしまう。

ですが、何だかんだの末にその相棒自身が逮捕、主人公は釈放されるのです。が、それもまた組織の策謀で、実は相棒が主人公を罠にはめていたことが明らかになります。

ここで大きな問題が見えました。

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(適当な画像が見つからなかったのでこんなのですみません)

その相棒とは画像の右側、上から2番目の黒人です。
彼、笑ってますよね。主人公を罠にはめて喜んでいるんです。

おかしい!

違反者以外は何の感情ももたない人間ばかりのはずなのに、なぜ喜ぶという感情が出てくるのか。激怒するシーンさえあります。

芝居のつけ方を間違っている、と思いました。最初は。

最初は、というのは、ここからが本題なのですが、「感情のない人間を演じることはできるのか」、もっと言えば「映画において感情のない人間を描くことは可能なのか」ということなんです。

最初はこうすればいいと思ったんです。

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主人公がまだ違反者になる前の表情です。見事なまでに無表情。ここから感情を読み取ることは不可能です。
違反者以外の人物にはすべてこういう鉄面皮のような顔をさせればいいんじゃないかと思いました。が、すぐにそれも間違いだと悟りました。

上の画像は静止画像=写真ですから問題ないとしても、映画はさまざまな映像がモンタージュされてできています。


HAL

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2001002

これは『2001年宇宙の旅』で暴走し始めたHAL2000が、人間の唇を読んで、何事か考えているシーンです。

しかし、これはまさに映画のマジックでして、HAL2000というのは物語上は「感情をもち暴走し始めたAI」ですが、上の画像を見れば「ただの赤い光」にすぎないことがわかります。

「HALは唇を読んでいる」、そして「何事か考えている」あるいは「怒っている」あるいは「ふふふ、人間どもめ、俺が唇を読んでいるとは夢にも思っていまい、とほくそ笑んでいる」と感じるのは観客ですよね。そう感じられるように作者がモンタージュしているんですが、逆にいえば、モンタージュによってただの赤い光が何事かを考えているように感じられてしまうということです。

ただの赤い光ですらそうなのだから、無表情の人間に「感情が宿る」のは無理もないことなのです。宿しているのは見ている者のほうなんですが、どうしたって他の映像と組み合わされると「そういうふうに見えてしまう」。

「クレショフ効果」という言葉をご存じの方もいらっしゃるでしょう。無表情の人間が前後の映像に何が来るかでどういう感情を抱いているか、見る者が勝手に感じてしまうのです。

ゆえに、感情のない人間を描く、感情をもつことが禁じられた社会を描く、という企画自体が映画においては禁じ手だったわけです。どうあがいたってできない。

脚本やアクションの演出ではなく、この『リベリオン』では、映画人なら本能的に避けるべき「企画」にこそ問題があった、というのが私の結論です。



舛添バッシングの陰で…(マスゴミなのはテレビだけ?)

最初はあまりのせこさにいくら叩かれても仕方なかろうと思っていた舛添要一ですが、その陰で目にすることのない可能性があったニュースを新聞から仕入れてきました。

とにかく、舛添バッシングがあまりに加熱しすぎで、ここまで来るともうほとんど弱い者いじめ。というか、甘利問題から国民の目をそらすために官邸から「舛添問題にできるだけ時間を割け」との指令がテレビ局幹部に出てるとしか思えなくなってきました。

他にいろいろニュースあるだろうに、と、さっき図書館で新聞を数日分読んできたのです。

まずはマクドナルド。

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あれは去年でしたかね、鶏肉偽装だけでも大問題なのに、カサノバとかいうすごい名前の社長の謝罪の仕方が悪いとかこれまたひどいバッシングの嵐で、大幅な減収減益に陥りました。

そういえば今年になってからどうなってるかぜんぜん情報に触れる機会がなかったんですが、何と5か月連続で増収増益になっているそうです。

知らなかった!

しかも、5月の増収率は前月同月比で20%を超えるとかで、いやぁ~、ほんと知りませんでした。

でも、これ、かなり小さい記事だったので、最初に増収に転じた月は結構大きなニュースだったんでしょうね。てことは私がニュース見るのを怠っていただけか。 



次は、マクドの隣にあったもう少し大きな記事で、明治のおいしい牛乳の話。

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私はいつも1本165円の超激安牛乳しか買えない人間なので、メーカー希望小売価格が270円~292円らしい明治のおいしい牛乳とはまったく無縁なんですが、これの何がニュースかというと、1リットル入りの容器が900mlに変わるらしく値段は変わらないので実質値上げだと。

しかし、明治の言い分はそうではなく、画像右側のいままでの容器から左側の新しい容器に替えるのはあくまでも「もちやすさ」「注ぎ口の工夫」らしいんですね。
カルシウムを取るべき年寄りや子どもにとって、左側の新容器のほうが幅が5ミリ細いために筋肉への負担が1割減ると。

でも、それじゃあ、細長くして容積は1リットルのままでいいのでは? と思うけれども、「ライフスタイルの変化により、開封してから飲みきるまでの時間が長くなってきている。容量を少なくしキャップ付きにすることで最後まで無駄なく衛生的に飲める」ということらしいんですが、まぁ普通に考えて値上げのための方便でしょう。

とは書いてませんけどね。これもほんと知らなかった。生乳の値上がりはよほど深刻なのか!?


次は、ニュースというよりコラムに書いてあったことなので、ニュースというには古い情報なんでしょうけど、鳥取情報。


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今度の参議院選挙で、鳥取と島根が併合されて、両県から合わせて一人しか選ばれなくなったというのは聞いたことあります(しかし、徳島と高知も、というのは知らなかった!)が過疎率は面積の大きい島根のほうが高いが人口の多い少ないだけを見れば鳥取のほうが少なく、というか全国最少とかで(ほんとに? 沖縄より少ないの? あ、でも沖縄は確かちょっとずつ人口増えてるんでしたよね)これからは鳥取県の代表を参議院に送り込めなくなると鳥取県人は気が気でないんだとか。

そこまでは言われなくてもわかるけど、へぇ~~~と驚いたのは、鳥取と島根の因縁浅からぬ関係というか歴史。

以下、ウィキペディアからのコピペです。

  • 1871年(明治4年)7月14日 (旧暦) - 廃藩置県により、旧因幡国の8郡(岩井郡邑美郡法美郡八上郡八東郡智頭郡高草郡気多郡)、旧伯耆国の6郡(河村郡久米郡八橋郡汗入郡会見郡日野郡)、旧播磨国の3郡(神東郡神西郡印南郡)の一部が鳥取県となる。

    11月15日 (旧暦) - 旧播磨国の領域が姫路県に編入される。
    12月27日 (旧暦) - 島根県より旧隠岐国が編入される。

  • 1872年(明治5年) - 1月、県下を112の区に分け、戸長・副戸長を任命する。7月、郵便取扱所を設置する。
  • 1873年(明治6年) - 6月、会見郡に徴兵制反対の一揆勃発する。12月、大区・小区制施行される。
  • 1874年(明治7年) - 8月、地租改正着手する
  • 1876年(明治9年)8月21日 - 鳥取県が島根県に併合される。鳥取に支庁を設置する。
  • 1881年(明治14年)9月12日 - 島根県のうち、旧因幡国の8郡、旧伯耆国の6郡が鳥取県として分立・再置される


  • つまりは、島根にいったん併合されて、すぐにまた復活するわけですが、結構な領地を島根に奪われたわけで、鳥取県人の島根に対する恨みつらみはかなりのものがあるそうな。ちなみに、なぜ島根に併合されたのか、そしてまた分割されたのか、はっきりした理由はわかっていないそうです。

    こういうこともテレビでやってくれたらいいのに。やってるの? 私が知らないだけですか?



    さて、最後は海の向こうのニュースです。

    Map_of_Switzerland_and_neighboring_countries


    スイスでベーシックインカムの導入をめぐる国民投票が行われたというのはうっすらと聞いた記憶があります。反対多数で否決されたとか。

    驚いたのは、ベーシックインカムの投票の前に、最低賃金を時給22スイスフランにするかしないか、という国民投票が行われたってことなんです。経済面を開いて確認すると、1スイスフランが約110円なんですね。てことは、22スイスフランは約2420円。

    何だ、ベーシックインカムを導入するかしないかという国の話だから5000円とかそれぐらいかと思ったら。

    でも、日本では東京ですら確か1000円超えてないですよね。それにスイスとは物価も違うだろうし、1時間2420円も稼げるならベーシックインカム並みの恩恵があるのかしら。

    さて、そのベーシックインカム導入を推進しようとした賛成派の人たちの言い分の第一が、

    「AIに仕事を奪われるから」

    だったというのにも驚き。

    確かに囲碁で人間に勝ってからのAIの進化/深化はすさまじいものがあります。

    と思ったら、ページをめくると投書欄。そこにある50代女性の文章が載っていました。

    「便利だからとここ数年はネットでばかり本を買っていました。それがクール=かっこいいことだと思っていました。でも、最近のAIの進化は恐るべきもので、私の購入履歴からAIが計算して弾き出したおすすめ本を買うことにためらいを感じるようになりました。やっぱり近所の本屋がなくなって困るのは私たち人間ですから。私はAIに薦めてもらうのではなく、本屋に足を運んで自分で選びたい。本好きの友人から薦めてもらいたい」

    というような意味のことが綴られていまして、何だかうまい具合に同じ日の同じ紙面に関連したことが載ってるなぁ、と。やはり日々のニュースもネットからばかりでなく、新聞や雑誌からも得なくては、と思った次第です。

    少なくとも、「マスゴミ」といっていいのはいまのところテレビだけですね。いくら何でも舛添バッシングだけでは来月10日の選挙までもたないでしょう。安倍官邸はいま誰を何を生贄にしようか考えているんでしょうね。

    少なくとも、今日の7時のNHKニュースでは甘利問題はまったく触れられませんでした。



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