聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

東京マラソンのチャリティー枠における「悪循環」について

今日の『5時に夢中!』のゲストはホリエモンこと堀江貴文。
さすがはホリエモンですね。どういう話を振っても最後はカネのことに着地してしまう。

そのへんは司会のふかわりょうも同感のようで、司会者としていじりがいのあるおいしい奴という計算もあるんでしょうけど、おそらく腹の中ではホリエモンを嫌っているのでしょう。そのへんは、中尾ミエもミッツ・マングローブも同じだと思いますな。

で、そのホリエモンが東京マラソンに出るという話になって、一般枠は抽選じゃないんですか、と訊かれると、いや、チャリティー枠というのがあって10万払えば出れるんですよ、と。


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カネのある奴は羨ましいですね。

って、そういうことじゃなくてですね、え? チャリティー枠??? そんなものがあるの。

と調べてみたらば、公式HPにちゃんと書いてある。

慈善団体に寄付されるみたいだからチャリティーには違いない。でも私はこの制度は撤廃すべきだと思います。

だって、最終的に慈善団体にその金が渡るといっても、出す人はただマラソンに出たいから出すんでしょ。主催者の懐に入るわけじゃないから商売とは言いません。でも出すほうは出場するための対価として出すんだからそれは寄付とは言わんでしょう。

動機に純も不純もない。たとえ何かの対価であってもそれで恵まれない人が助かるのなら寄付ではないのか!?

うん、それはその通り。寄付ではないとの言葉は取り下げましょう。

でもね、じゃあなぜ10万という下限が設けられているの? 寄付なら1円でも100万円でも同じ寄付では?

「いや、下限を設けないと結局みんな抽選ということになるから」ということなんでしょう?

できるだけ金もってる奴から吸い上げたい、吸った分を恵まれない人に還元したい、その気持ちは理解できます。

でもね、10万も払えない一般大衆は抽選に当たらないと出れないんですよね? その人たちはいったいどうなるの?って話なんですよ。

カネさえあれば普通は出られないところに出ることができる。そういう制度がホリエモンみたいな拝金主義者を生んでいるという事実になぜ気づかないのか。

カネがないばかりに普通の生活ができない人たちがいる。だから募金してください。それはわかります。だから私も少額ながら毎月ある団体に寄付しています。10万なんて大金と比べたら笑っちゃうくらい少額ですけど。

でもね、もっともっと募金が必要だ、だからカネさえ出せば東京マラソンに出場できますよ、と言ってしまったら拝金主義者たちの思う壺というか、カネさえあれば何でもできるという誤った考え方が社会にさらに蔓延してしまい、金がないだけで普通の生活ができない恵まれない人たちを再生産することになってしまいます。

東京マラソンのチャリティー枠はそういう「悪循環」を生んでるだけだと思いますが、いかがでしょうか。

この悪循環が進めば、下限が20万になり、30万になり…ということになっていき…そうなるともう「商売」ですよね。チャリティーではない。というか、現時点ですでに商売でしょう。

本から正さなきゃ。カネさえあれば何でもできるという拝金主義そのものをなくすことを考えずに、金がほしいばっかりに新たな拝金主義者を生むのは馬鹿げています。寄付金を募集するのはいいですが、その先にあるべきは「寄付金がないと生きられない人間をなくすこと」のはず。

かつてホリエモンは、「金で買えないものはない」と豪語しましたが、東京マラソンの出場権ってそうなっちゃってませんか?

だから、東京マラソンのチャリティー枠は即刻廃止すべき!!!



岡潔の『春宵十話』など2冊を読んだが納得できなかった件について

『数学する身体』で引用されていた岡潔という数学者にとても興味をもったので、早速読んでみました。

『春宵十話』(光文社文庫)
『春風夏雨』(角川ソフィア文庫)




確かに、思わず膝を打つ名言が多々あって、心酔する人たちがたくさんいるのはよくわかります。

特に、「創造とは、科学的に何かを発明したり芸術的な作品を作ったりすることだけを言うのではない。一日一日をしっかり生きることが本当の創造なのだ」

みたいな意味の言葉が一番グッときましたね。こんなことを平然と言える岡潔という人はただものではないな、と。

それに、新しく読み始めた『心はすべて数学である』という本でも岡潔の名前がデカルト、スピノザ、カントなんかと一緒に挙がっていて、相当な影響を与えた人なんだなと、いままでほとんど知らなかったことを恥じました。

とはいえ、ことあるごとにもち出すのが「戦後、進駐軍は3つのSを巷間に流行らせようとした。セックス、スクリーン、スポーツである」

といっていて、この3つを蛇蝎のごとく嫌う発言が相次ぐんですが、やはり「スクリーン(映画、テレビ)」が人間にとっていけないものだ、という言説には納得できかねます。

テレビはまだわかりますが、それでも良質の番組もあるし(いまなら『新・映像の世紀」とか)映画にいたっては、それを否定されたら私の人生はすべてダメだったってことになっちゃうじゃないですか。

セックスなどは本能、岡さんの言葉でいえば「無明」だからダメなんですって。で、人間の顔に動物性が出てきたのがダメだとおっしゃる。

確かに、子どもたちの顔の無機質さというか、どれを見ても同じような顔というのは私も思います。それは岡潔の時代よりいまのほうがさらにひどいでしょう。岡さんが教育こそ大事だ、いまの教育がダメだから子どもたちの顔がダメになったんだ、という主張には同意します。

が、「動物性」がいけないというところに納得できないんですよ。

人間だって動物じゃないですか。

何か、この2冊を読んでいて強く感じたのは、「人間は他の動物とは違うんだ。他の動物は下等な生き物なんだ」という歪んだ自然観なんですよね。

無差別智とか無分別智とか、仏教用語のせいもあるんでしょうけど、ひとつひとつの言葉もいちいち抽象的で頭では納得できても腹に落ちてきません。最大のキーワードである「情緒」しかり。

一度は読むべき本であることは間違いないですが、この2冊で頭を熱くするより、『仁義なき戦い』でも見て血沸き肉躍らせるほうがよっぽど健全じゃないだろうか。 

と、強く思った次第です。



『王様のレストラン』大解剖③(シェフしずかはヒーローでないのか?)



『王様のレストラン』大解剖シリーズ

①「ヒーロー」は千石さんではない!?
②ヒーローはオーナー禄郎である!

に続く第3弾です。

前回のラストで、『王様のレストラン』のヒーロー、つまり問題を解決する人物は、筒井道隆演じるオーナーの禄郎だと仮説を立てました。

が、その前に確認しておきたいことは、前回の最後で引用した「一流のレストランに必要なのは、シェフとギャルソン、そしてオーナーです」という千石さんのセリフです。

伝説のギャルソン千石さんはヒーローでない、そしてオーナー禄郎こそヒーローだと仮定するなら、なぜ「オマール海老のびっくりムース」を開発したシェフしずかはヒーローなのか否かという疑問が起こります。

神話とは「英雄の旅=ヒーローズ・ジャーニー」のことですが、このしずかもまたヒーローなんですね。

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え? どういうこと?

この物語は群像劇だし、連続11回の物語なのでヒーローが各回に一人ずつ、全部でたくさんいるんです。

いや、ヒーローはたった一人のはずだから、それぞれはプチ・ヒーローでしょうか。

例えばわかりやすいのは、メートル梶原が元妻に「俺はディレクトール、総支配人なんだ」とウソを言ったためにウソの上塗りを重ねなければならなくなる、という第6話。
あのエピソードのヒーローは梶原その人でしょう。自分で問題を作っておいて自分で解決するなんてマッチポンプですけど、自分が作った問題以上の問題(本物のディレクトール範朝に用があって来た借金取りの出現)を解決してしまうのですから。

第7話では、まったく話のはずまない外交会議が描かれますが、これを解決したのは「一番この店の役に立ってない」と自分で思っていたバルマン政子でした。

寄り道をすると、この第7話がちょっと異色なんですよね。前々からこのエピソードだけ好きになれないと思っていて、その理由は「淀んだ空気を描こうとするあまりドラマ自体が淀んでいるから」と思っていたんですが、今回再見して本当の理由がわかりました。
政子は「早く食べなさいってフランス語でどういうの?」と千石さんに聞き、教えられた言葉をフランス人たちに言って問題を解決するんですが、実はその言葉の本当の意味は「坊や、お口動いてまちぇんよ」と母親が赤ん坊に言う言葉だと最後に明かされます。

つまり、第7話で問題を解決するのは政子でも、後ろで糸を引いているのは千石さんなんですね。ここが他のエピソードと違うところです。どう違うかは後述します。

さて、シェフしずかは彼ら各回のプチ・ヒーローとはちょっと違います。

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昨日放送された第8話は非常に印象深いラストシーンがたまらないんですが、彼女の旅は「一流の自覚がなかったシェフがその自覚をもち、最高のシェフになるまで」となるでしょう。

もし、「最高のシェフは恋をしているシェフ」というミッシェル・サラゲッタ氏の言葉が正しいなら、第8話においてしずかは最高のシェフになりました。

彼女に一流の自覚を促したのも、最高のシェフに押し上げたのも他ならぬ千石さんです。ならば千石さんがやはりヒーローでは?

いやいや、それは違います。千石さんはしずかのヒーローズ・ジャーニーにおいて、例えば『スターウォーズ』におけるルーク・スカイウォーカーに対するオビワン・ケノービの役どころです。ヒーローを手助けする助言者ですね。

一流への旅に出ることに臆病だったしずかを強引に旅へ出してやるのは千石さんです。第2話で無理やり作ったことのない料理を作らせ、「あなたはコンダクターになる」と命令とも予言とも取れる発言でしずかをその気にさせる千石さんは完璧な助言者です。

そして、しずかはオマール海老のびっくりムースという独創的な料理を作り、店への客足はかつて先代オーナーシェフが存命だったころの勢いを取り戻します。

そして、千石さんへの恋心を募らせた挙句、パリでも五本の指に入るという超一流レストランからの誘いを蹴ることで、逆に最高のシェフへと変容する。

じゃあ、しずかがヒーローじゃないか。オーナー禄郎はしずかの旅に何も関わっていないどころか、最初からしずかのことが嫌いだったぞ。店に引き留めようと画策はしてたけど。

確かにその通りですが、やっぱり、しずかはこの連続ドラマの「本当のヒーロー」ではないのです。

なぜなら、しずかの英雄としての旅はこの第8話で終わってしまうからです。全11話を通してのヒーローではない。彼女もまた梶原や政子と同じプチ・ヒーローだったのです。

では、なぜオーナー禄郎こそが全11話を通したヒーローと言えるのか。

それは千石さんの役割とは何かを考えればおのずと答えが出ます。

続き
④ディレクトール範朝から千石さんへと至る道
⑤アンチヒーロー千石武
⑥最低だが素晴らしい!
番外編 オーディオコメンタリーが面白い!




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