聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

『陸軍中野学校』(ためらいと言いよどみの禁止)

星川清司脚本、増村保造監督の名作『陸軍中野学校』を再見しました。(ネタバレあり)

やはり素晴らしいですね。まったく色褪せない。

しかしながら何となく変なのはこの映画、戦争を題材にしてさらには主人公が恋人がスパイと知って殺すという哀しい運命を描いているにもかかわらず、少しも「反戦」というメッセージがないことですね。

脚本家も監督も、主人公たちスパイとして養成された者たちに一片の同情も感じていません。かわいそうだとか「もし自分だったら…」などという感傷とはまったく無縁なんですよね。そこが素晴らしい。

142429018297921599177_PDVD_008



中野学校創設者を演じる加東大介は、陸軍から「これは」と目をつけた男たちを一堂に集めて、これからは本名も捨ててもらう、スパイとして国に尽くしてもらう、と半ば強制的にスパイとして養成されることを受け容れさせます。

そして、養成の過程で神経衰弱になった男が自殺します。市川雷蔵はじめ他の者すべてが「俺もスパイなんて嫌だ」と言い出す。ここで加東大介がスパイとして国に尽くすことの意義を説き、全員が前言撤回して「俺はやります」と口々に言うんですが、冷静に考えると、このシーン、何か変です。加東大介の説得がうまいからといって、えらくみんな簡単に気持ちを変化させすぎじゃないかと。

この次のトピックは、女に溺れて盗みを犯した者(女体に関する授業があるというのが実に面白い!)を生徒全員で恫喝まがいの説得をして腹を切らせる場面。ここも、本気でスパイになろうとしているからといって、あまりに仲間を殺すことにためらいがなさすぎる。

そう、ためらいがないんですよ。この映画では登場人物が大きな決断をする場面が多々あるにもかかわらず、ためらったり言いよどんだりすることがまったくない。ほとんどないんじゃなくてまったくありません。心の中では様々な葛藤があるんでしょうが、映画の作り手たちはそんなものには少しも興味がないようです。


10e28a2241954bc51ed40d5707aea648


最後、婚約者が英国のスパイだと知った主人公が彼女を毒殺するんですが、ここでの市川雷蔵もあまりにためらいがない。
加東大介に「おまえが殺せ」と言われても悩むということがない。

淡々と会話をし、淡々と酒に毒を盛り、淡々と飲ませ、淡々と遺書を偽造し、何事もなかったかのように去っていく。

「スパイとして養成された男が、恋人が他国のスパイと知って殺す物語」において、そこに潜む複雑な感情を捨象しすぎじゃないか、と思うのですが、これはおそらく、そういう愁嘆場の多い日本映画が嫌いだった増村保造監督の要請だったのでしょうね。主人公が泣きながら恋人を殺すような映画にだけはしたくないという。

この映画は異様なまでにハードボイルドです。ヘミングウェイやハメットがペンで映画を書いたらこういう湿り気のない乾いた映画になるんじゃないかと思われるぐらい、どこまでも感傷を排した、それゆえに異様なまでに物事が淡々と進む映画になっています。

だから、主人公がひどいとも、そういう運命を与えた戦争に対して怒りを感じる、ということもありません。中野学校に批判的だった参謀本部の待田京介が女に機密を漏らしていたことを理由に最前線で死んでこいと命令されても、見てるこちらは快哉を叫ぶことがない。ただ粛々と命令を受け容れる待田京介の姿を呆然と見ているしかありません。

ただ素朴に「行動」だけを描く。これがこの映画の哲学です。

これは真似しようと思っても簡単にできるものではありません。
人間と時代を見つめる冷静すぎる目(いや、冷酷な目と言っていいかもしれない)が作り手に備わっていなければ絶対に作れない傑作だと思います。



ピーター・ハイアムズ監督『カプリコン・1』(『サイコ』との意外な類似性)

1978年製作のアメリカ・イギリス合作映画『カプリコン・1』を久しぶりに見ました。
脚本も書き、撮影もこなすことのある(今回はやってませんが)職人監督ピーター・ハイアムズの個性が出たアメリカ映画らしいアメリカ映画です。

c-1


allcinemaでは、「初の有人火星探査船カプリコン1に打ち上げ直前トラブルが発生、3人の飛行士は国家的プロジェクトを失敗に終らせないため、無人のまま打ち上げられたロケットをよそに地上のスタジオで宇宙飛行の芝居を打つ事になる……」とあらすじが紹介されていますが、「3人の飛行士が芝居を打つ」んじゃなくて、国家の命令によって「芝居を打たされる」んですよね。小さいけれど大きな違い。

当然、国家の命令ですから逆らうことなど到底不可能。最初はしぶしぶ芝居を打ちますが、だんだんと反抗心が芽生えてきて脱走します。
ここまでは、陰謀を暴きかけたNASAの職員が消されたり、どうもおかしいと探り出した新聞記者が消されそうになったり、いかにもな陰謀サスペンスの展開なんですね。「陰謀顔」のハル・ホルブルックが黒幕でなければここまで盛り上がらなかったんじゃないかと思えるほど、ハルさんの顔が活きてますね。あの陰謀顔はこの映画以前には『ダーティハリー2』で活用されてましたし、後年ではトム・クルーズ主演の『ザ・ファーム 法律事務所』でもいかんなく発揮されていました。ここまでは本当に面白いんですよ。
                                                                                                     が、後半は国家が差し向けた軍のヘリコプターとのアクションシークエンス満載のB級アクション映画へと変貌します。

kapurikon5私は、この展開が何度見ても好きになれなかったんですよね。国家の陰謀が根底に流れている映画なのに、陰謀顔ハル・ホルブルックがほとんど出てこないというのは、やはりどう見てもつまらない。というか淋しい。もっとハルさんを出して!と思ったのは僕だけではないはずです。

オーラスがどうなるかは未見の方のために伏せておきますが、何とも陰謀映画には似つかわしくないほど爽やかな幕切れといいますか、すごく笑えるんですよね。あそこで笑えるかどうかでその人の笑いの価値観が測れると思います。笑わない人はたぶんまったく笑えないでしょう。笑えるからいいと言っているのではなく、あくまでも価値観の違いです。

だから、後半のヘリコプターと農薬散布機(テリー・サバラス特別出演!)とのチェイス・シーンは前半の陰謀サスペンスとラストの喜劇的結末を架橋するための「幕間」のような役目を果たしているのかな、と今回初めて思いました。

譬えるなら、ヒッチコックの『サイコ』で、主人公かと思われていたジャネット・リーが有名なシャワーシーンで殺されてアンソニー・パーキンスへと主人公の座が移りますが、その移行において、アンソニー・パーキンスが殺されたジャネット・リーの死体を始末する場面が異様に長く描かれるんですよね。あの場面を省略を交えて簡単に処理してしまったら「主人公の入れ替わり」というあの映画の一大発明がスムーズになされなかったと思われます。あそこであれだけの時間をかけてアンソニー・パーキンスだけを映し続けたからこそ観客は主人公ジャネット・リーの死を受け容れ、新主人公アンソニー・パーキンスの到来に何ら不自然を感じなかったのだと。

とするなら、この『カプリコン・1』においての、あの不必要なまでに長いと思われるヘリコプターのシーンも、陰謀サスペンスの結末としては少し似つかわしくない、あっけなく、しかもとても爽やかで笑えるラストシーンを観客に受け容れさせるために、陰謀顔のハルさんもほとんど登場させず、時間をかけてじっくり描いたのではないか、とも思えるのです。

この手の映画で、123分という上映時間はすごく長い。かつてのハリウッドなら95分がせいぜいでしょう。しかし、それを言うなら『サイコ』だって90分ぐらいで語れる内容です。それが110分になってしまったのは、ひとえに主人公の入れ替わりを納得させるために必要な場面を入念に描いたからでしょう。(ジャネット・リーが殺される前のアンソニー・パーキンスとの会話も異様に長い)

この『カプリコン・1』も、あのラストシーンを成立させるためにこの長さが必要だったのだと思われます。ヒッチコックはおそらくすべて計算ずくでしょうが、傑作と駄作の落差が激しいピーター・ハイアムズがどこまで自覚的だったかはわかりませんが。おそらくは偶然の産物、と言ったら怒られますかね。



夏の新ドラマ

本当なら、今クールは内館牧子さんの『エイジハラスメント』と北川景子の『探偵の探偵』、そして満島ひかりがピョン吉の声を演じる『ど根性ガエル』を見る予定だったんですけど、どれも手元不如意のため逃してしまいました。

それなら、と少し遅めに始まった次の4本をとりあえず見始めてみました。

『表参道高校合唱部!』(TBS、金曜10時)

うーん、いまどきスポ根ものははやらないのでは? スポーツじゃなくて合唱ですけど、根底の精神はスポ根でしょう? 「さまざまな困難にめげずに健気に頑張るヒロイン」というのはもう見飽きました。
生徒役の役者さんは全員オーディションで選んだということですが、どうにも主役の女優さんに華がないというか。歌はすごくうまいんですけどね。

『煙霞 Gold Rush』(WOWOW、土曜10時)

これはなかなか面白かったです。
大阪が舞台ということで俳優陣をすべて関西出身者で固めるというこだわりに好感をもちます。関西弁がすごく滑らかで自然だし。とはいえ、桂文珍はすごくいい人というイメージがあるので悪徳理事長の役をやられてもそんなに悪い人には見えないんですよね。人選ミスかな、と。
世の人が抱いているブラック企業とは違って、理事長が私物化している私立高校をブラック企業として登場させるというのはすごく意義深いと思います。
理事長を脅迫して待遇改善を図るつもりがその理事長が誘拐されて事件に巻き込まれてしまう、という物語展開も楽しく、あと3回しかないというのがすごくもったいない気がします。

『ナポレオンの村』(TBS、日曜9時)

これはもう何も言う気が起きません。つまらない! の一言。あんな市長がいるかなぁ。

『恋仲』(フジテレビ、月曜9時)

客観的に見るとなかなかよろしいのではないでしょうか。でも、私はこういう「すれ違い」や「勘違い」で葛藤が生まれるドラマが好きじゃないんですよね。でもこれはただ単に好みの問題。『ナポレオンの村』みたいに「悪意」が物語を駆動するのではなく、「善意と善意」のぶつかりがドラマを生むという作劇術は王道ですね。
大人になった現在から高校時代を振り返るフラッシュバック形式にもちゃんと意味があって違和感がないですし、随所随所に小さな意外性があって、ラストには大きな意外性をもってきて次回につなげる、という脚本にはとても好感をもちました。
本田翼の体操服姿を見て、「結構太ってるんだな」と思ったのは私だけではないはず。

とりあえず、『煙霞』と『恋仲』は次も見てみようと思います。


LINE読者登録QRコード
LINE読者登録QRコード
最新コメント
お問い合わせ
お問い合わせは、こちらまでお願いします。