聳え立つ地平線

ありえないものを発見すること、それを写し撮ること、そしてきちんと見せること。

第12節 ベティスのうまさ、満身創痍のレアル

11試合を終えてバルサが頭一つ抜け出ているものの、下位まであまりポイント差がない大混戦の今季。今週は2試合見ましたがどちらも面白い試合でした。


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バルセロナ3-4ベティス

ベティスは今季からポゼッションサッカーを標榜するキケ・セティエン監督のもと面白いサッカーを展開しているという話で「もしや」と思ってましたが、カンプ・ノウでバルサを破るという大金星を上げました。

とにかくベティスのうまさが光ってましたね。相手もポゼッションを重視するバルサだから試合を通しての支配率は5割を切ってましたが、あんなにボールを奪えないバルサは久しぶりに見ました。

特に、前半の2得点の起点になったウィリアム・カルバーリョという選手のうまさに瞠目しましたね。彼がいたからこそ勝てたといっても過言じゃないのでは?

とにかく、常に動き回ってフリーの選手を生み出し、ボールホルダーが奪われそうになってもそこへ出してボールを渡さない。リードしてからはサイドアタックをしても簡単にはクロスを上げない。大事に戻してやり直す。とにかく相手にボールを渡さない。渡さなければ負けることはないというクライフ哲学。それをベティスがやっているという皮肉。

どうしても世間ではバルサが優勝候補筆頭みたいに言われてますけど、そんなことはないでしょう。優勝候補ではあるけど筆頭ではないと思う。その理由は「失点が多いから」。今日の4失点で12試合18失点。失点数だけ見れば下から数えたほうが早いほど多い。

特に今日は名手テア・シュテーゲンの大チョンボが反撃ムードに水を差したということもあり、このミスがシーズンを通して響いてくれるといいなぁ、などとほくそ笑んでしまいました。


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セルタ2-4レアル・マドリード

ソラーリ暫定監督になって3連勝。無失点。11得点。いい流れで難敵セルタとのアウェー戦でしたが、何とか勝てました。

もともとマルセロ、カルバハル、バランなど怪我人続出なうえに、今日はカゼミーロ、レギロン、ナチョと守備の選手ばかりが怪我で交代枠をすべて使い切ってしまうという非常事態。最後はルカス・バスケスを左サイドバックに入れるという間に合わせの守備で何とか乗り切りましたが、ソラーリになって何が変わったかといってミシェルさんの言ってた「選手が常に動いて流れるようにワンタッチでボールが前へ動いていく」という縦に速いサッカーが戻ってきたというのもありますが、何といっても大きいのは「運」でしょう。

今日もポストに救われたり、1点返されてセルタが乗ってきたところでPKの判定。最初は誤審だと思いましたが、よく見ると相手DFが空振りしてその足がオドリオソラの進路を妨害してたんですね。ウンディアナ・マジェンコさん、さすがよく見てる。

クロースの珍しいシュートミスもありましたけど、ダニ・セバージョスのゴラッソもあるなど、ちょっと前まではぎりぎり入らなかったシュートが入るようになった。これも「運」。

とはいえ、今日の勝因は何といってもベンゼマでしょう。
ミシェルさんが「この選手はわからんね、ほんとに」と言ってましたが、私も同様。たぶん世界中がそう思ってることでしょう。簡単なシュートが決められないのに、今日の1点目は何ですか。背後から来るボールをトラップして振り向きざまにニアを抜くというファインゴール。オウンゴールにつながる2人ぬきシュートもあったし、バー直撃の惜しいシュートもあった。攻撃だけでなく、下がってきて守備に奔走してビルドアップに貢献したり、獅子奮迅の大活躍でした。

あとダニ・セバージョス。カゼミーロの代わりにアンカーというのは最初は信じられませんでしたが、ちゃんと相手選手の動きをちらちら見ながらポジショニングしていて、よかったんじゃないですか。マルコス・ジョレンテは冬の移籍市場で放出しちゃうんですかね。かわいそうだけど。

というわけで、首位バルサとは4ポイント差。バルサは次節アトレティコ戦。しかもアウェー。アトレティコもセンターバックが怪我で誰もいないらしいですが、注目してます。

とにかく順位表の真ん中へんまで8ポイント差しかないという稀に見る大混戦。冬の王者はどこのチームか。ちょっと前まで悲壮感ばかりでしたが、面白くなってきました。



『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(禍々しさと可笑しさと)

近くの劇場で急遽上映が決まったらしい『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』。監督はあのジョージ・パン・コスマトスの息子パノス・コスマトス。予告編を見て何とも言えぬ禍々しさが気になったので見に行きました。

いや、もうこれはニコラス・ケイジの新たな代表作というか、私にとっては『ワイルド・アット・ハート』に次いでケイジ兄貴がはじけた映画として記憶に刻まれそうです。


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ニコラス・ケイジって基本的に好きじゃないんです。この顔で主演スターを張ってるというのが私にはよくわからないんですよ。この顔なら普通脇役ばかりでしょ。叔父さんの七光りがなければ絶対スターになれてないと思う。

しかし、この『マンディ』は『ワイルド・アット・ハート』のようにニコラス・ケイジという特異な役者を活かしまくった稀有な映画だと思いました。

さて、マンディというのはニコラス・ケイジの奥さんの名前で、人里離れた山奥で木こりをやっているケイジに深く愛されているのですが、この奥さんがカルト集団みたいなのに惨殺されて、我らがケイジ兄貴が復讐の鬼と化すというのが『マンディ』のあらまし。

カルト集団の頭目も何が目的なのか少しもわからないし、何かヴェノムみたいな怪人も出てきますし(『ヴェノム』は未見ですが)はっきり言ってよくわからないこの映画。

最初はね、途中退席しようかと思ったんですよ。だって、マンディが惨殺されて復讐の鬼と化すまでに75分もかかるんですよ。全体は120分そこそこなのに。クレジット入れたら120分ない。いくら何でも時間かかりすぎ。

でもね、そこまでを我慢すれば実に楽しい時間が待っています。

楽しい? 血みどろの復讐劇が? という声が聞こえてきそうですが、この映画は非常なる可笑しみに満ち溢れているのです。

ちょうど昨日、WOWOWでやっていた『マザー!』というのを見たんですけど、あれもよくわからない映画で、不条理なホラーを目指したのか何なのか。一番残念なのは可笑しみがないことなんですね。笑えない。不条理をやるならブニュエルみたいに笑わせてほしいんですけど、恐がらせようとするばかりで逆に白けました。

でもこの『マンディ』は笑えるんですよ。

まず、奥さんを目の前で惨殺されたケイジ兄貴がトイレで号泣するんですが、いつものようにトチ狂った芝居には定評のあるケイジ兄さんなので、このシーンが異常に笑えるんですね。

さらにヴェノムみたいな怪人をやっつけるところで、どうやってやっつけたのかよくわからないんですけど(この映画はわからないことだらけ!)ヴェノムが血をドバーッと吐くんですね。でニコラス・ケイジがその血を浴びるんですけど、その顔が笑える!

さらにここ。↓↓↓




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復讐を果たしたケイジ兄貴は車を運転して帰路につくんですが、いつもなら助手席に乗って微笑んでいる奥さんを夢想してこんなすごい目で笑うんです。このカットはもう爆笑もんでした。劇場で笑ってたのは私一人だけでしたが。www

とにかく、この映画は本当にわからないことが多すぎるし展開がのろいので、万人向きじゃないと思います。むしろ「何だこの映画は」と眉をひそめる向きのほうが多いんじゃないでしょうか。

でも私は大いに楽しみました。何より、ニコラス・ケイジという役者を使って面白い映画を作った監督はこれまであまりいませんから。

パノス・コスマトス。この先どういう映画を作るのか、目が離せません!
(ちなみにこの記事には「ヨーロッパ映画」というタグをつけていますがアメリカ映画じゃなくてベルギー映画なのでね。念のため)


許せない映画⑤『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』

「許せない映画」とは、面白いのにそれを上回る残念なところがある映画のことです。

カンニングを犯罪映画のように描いてスリリングと話題沸騰の『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』も私にとってはそんな許せない映画でした。

まず、どこがよかったかを言いましょう。

顔のドラマ
まず、『ゴッドファーザー』がアル・パチーノの顔の変化の物語として捉えられていたように、この映画でも主人公リンの顔の変化を如実に捉えているところが素晴らしい。


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実に映画的ですね。


答えは常にわかっている!
次に内容についてですが、受験戦争が過熱しているらしいタイで人もうらやむほどの知性をもったリン、そしてのちに仲間になるバンクという男。この二人の「頭の良さ」に作者たちは少しも疑義をはさみませんよね。そこがいい。

この二人にとっていくら難しい問題でも「答えは常にわかっている」。わからなくてサスペンスが生じて勉強を頑張るならただのお勉強ドラマです。この映画を犯罪映画たらしめているのは二人が正解しか知らないというところにあります。そして100問以上の解答をすべて暗記できるほどの完璧な記憶力の持ち主というところにも。

金庫の中に金があるのはわかっている。どうやってそれを盗むかだ。というのと同じです。強盗団も彼らに感情移入している観客も、その金が誰のどういう金かなんてまったく気にしませんよね。

だからこの映画でも「どんな問題か」「答えは何か」などということにはいっさい頓着しません。「勉強不足で答えがわからない!」なんていう世界の原理には目もくれず、二人は常に答えを知っている、なぜなら二人とも天才だから。という「映画の原理」を採用します。当たり前のようでこういうの結構難しいんですよね。脚本書いているとどうしても世界の原理に引きずられてしまいがちなので。

では、そのような面白さを超える「残念なところ」とは何か。


神話的世界観


超エリートにもかかわらずカンニングというビジネスに手を出し、ダークサイドに落ちてアンチヒーローとなった主人公が、父親の愛情によってヒーローとして再出発するまでが描かれますが、どうもこの結末には違和感を禁じえません。

主人公を助け出す父親が好調に賄賂を贈っていたことが主人公の最初の動機だったわけですよね。この世はすべてカネなんだと。

とはいえ、父親だって愛娘のために喜んで寄付したお金だと主張してるし、あれは嘘ではないでしょう。子どもの目には汚いカネにしか見えないかもしれないが、あの賄賂=寄付がなかったらそもそも彼女はエリート校に入学できなかったわけだし。

私は神話的世界観に彩られた映画が好きだし、そういう観点から映画をいつも見ていますが、こういう「必要悪」を描く場合、神話的な善悪二元論というのはそぐわないと思うんです。

もう一人の天才バンクが、なぜか捕まったにもかかわらずまだまだカンニングビジネスをやる気でリンを勧誘しますよね。でもリンは「すべて喋ってもいいわよ」みたいな感じで父親のもとへ。

うーん、解せません。

まず、なぜ一番及び腰だったバンクがやる気に満ちているのかがわからないんですが、それはこの際どうでもよろしい。私はリンの「物分かりの良さ」のほうが気になります。

犯罪映画の面白いところって、悪人にも善なる部分があったり、善人にも悪人の面があったり、そのあたりの境目が融けあって単純に善悪二元論に還元できなくなるところにあると思うんですが、この映画の作者たちは結局のところ「カンニング=絶対悪」と捉えているようで、カンニング大作戦を見に行った観客としては「それはないよ!」と言いたくなります。

それでは「カンニングに精を出したけど、あれは若気の至りでした」と言ってるようなものですから。そんな映画ダメでしょう。

結局、主人公リンがカンニングビジネスをやる最初の動機たる父親の賄賂。あれについての突っ込み=考察が浅いからこうなってしまったんじゃないですかね?

賄賂でもあり、寄付でもある。
汚いカネでもあれば必要なカネでもある。
善悪二元論では還元できない微妙なところを素通りしてしまった憾みが残ります。

そこを素通りしなければ、

カンニングは悪い行為である。でも必要な行為でもある。

という、まったく新しい地平を切り拓けた可能性もあったと思います。

確かに私は悪人。でも私みたいな悪人がいなければ不幸になる人がいる。そういう受験戦争っておかしくない? という痛烈な社会批判もできたはずなんですが。


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主人公がいい顔してるだけに惜しい!


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